三.お前はお節介焼きなのか?
前回の続き。解決編です。
四組の教室の前まで戻ってきて、すぐに確認したいことを確かめることができた。思った通り。
口を開く。
「犯人、細草だろう」
「えっ? どういうこと? 花川くん、わかったのっ?」
驚いているというより、喜んでいるみたいな表情をしている真鈴。
「まあ。だいたい」
「どうして、細草くんが犯人なの? どうやって、音を出さずに窓ガラスを割ったの?」
勢いよく迫ってくる彼女を落ち着けるように両手を出して制す。
「ここは順番にいこう。犯人は誰か。これはひとまず細草が犯人ってことでいいだろ」
真鈴が頷く。
「次に動機」
うんうん、と真鈴が首を縦に振る。
「これは……偶然、割ってしまったってことで動機は特になし」
「え? ただの偶然で窓が割れたの? 四組に侵入しようとしたんじゃなくて? 無人の四組の教室の窓を偶然割るなんてどんな厄運……」
「僕の推理通りなら、そうなる」
このことは、犯行方法が裏付けてくれる。
「最後。犯行方法。音を出さずにどうやって窓を割ったか」
これが、今回の最大の謎だったと言ってもいい。
「本当は、細草は四組の窓を割ってなんかいなかった」
「割っていなかった?」
「そう。細草が割った窓は、美術室の窓だ」
「どういう意味?」
真鈴が首を傾げる。
「じゃあ、真鈴。さっき美術室に行く途中でお前が言っていた違和感、何かわかったか?」
僕の予想通りなら、僕がついさっき美術室で気づいたことと、真鈴が思った四組の窓の違和感は同じだ。
「ううん。まだわからない。でもそれが音を出さずに窓を割ったことに関係するの?」
「そうだ。それじゃあ、もう一度他のと見比べてみろ。特に木製のサッシに注目して」
真鈴は僕に言われた通り割れた窓ガラスの入ったサッシを注視する。次に、割れていない窓。暗くなってきているから、わかりづらくなっているかもしれないと思ったけれど、すぐに真鈴は声をあげた。
「わかった! 色だ!」
「そうだな」
窓ガラスが割れた窓のサッシは、割れていないその他の窓のサッシよりも色が濃い。逆に、その他の窓は色が薄いのだ。
「なんで? どうして?」
「日焼けだろうな」
ほんのわずかな差だが、それでも色が違う。これはおそらく日焼けだ。
「え、でもどうしてこのサッシだけ?」
「それと、四組の教室とは逆に、美術室にある細草のすぐ隣の窓のサッシは、そこにあるどのサッシよりも、色が薄かった」
これはつまり。
「細草は、交換したんだ。美術室の割れた窓をサッシごと、四組の割れていない窓を」
この校舎の形が原因で、日光の当たる教室とあまり当たらない教室がある。長い年月をかけて、少しずつ色が変わったのだ。
「細草が割ったのは、美術室の窓ガラスだった。聞こえないのも当然だ。美術室から六組までは距離があるし、廊下が折れている。ドアも閉めていたんだから」
しかし真鈴はまだ納得できないようで。
「そんな簡単に交換できるものなの?」
「ここの校舎のサッシやらドアやらは木製だからな。それに古い。金属製よりは簡単に外せると思うぞ。試してみてもいいけど」
真鈴は口元に手を当てている。
「……なるほど。それじゃあもしかして、窓のネジ締り錠があいていたのは、窓を外したから?」
それとは、ちょっと違うかもしれない。
「そうではなく、錠はいつも開いていた。もしくは壊れていた。それを細草は知っていたのだろう。あいつ四組だし。知っていたから、細草はこれを実行したんだ」
錠があいてないと、窓を交換するのはかなり難しい。偶然、開いているのを知っていた細草は、それを使えば野球部がしたということに工作できると画策したのだろう。別に美術室の窓が野球部にやられたと見せかけてもできないことはないが、嘘だとばれたとき、自分に容疑がかかってこない立ち位置にいたかったのかもしれない。
「窓を運ぶのは男子だから無理なことではないよ。でも、かなり危なかったんじゃないかな。先生達は用のない四階に来ることはないとしても、生徒は少なくとも三人、図書室にいたんだよ? 見つかるか見つからないかの賭けだったの?」
「いや。そこ、防火扉があるだろ」
階段と八組の教室の間の位置にある防火扉を指す。
「あれ、手動だけど、開けば、廊下を防げる。あれを使えば、八組からこちら側を隠すことができる。これで見つかる可能性はかなり下がるはずだ。お前が聞いたと言っていた金属のすれるような音とはこれのことだったのかもしれない」
「でも、そんな普通は開いていないのが開いてあったら、おかしいと思うんじゃないの? それとも某スパイ映画四作目に出てきた便利アイテムみたいに向こうの映像がスクリーンに映り出されるというの?」
何のことだかわからない。
「気にするやつなんかほとんどいないだろう。『あ、なんか開いているな。誰かのいたずらだろうな』で終わる。防火扉の前にある階段を降りれば最短ルートで、下足室に行けるのだから。わざわざ気にするひとなどいないはずだ」
まあ、細草が四組の教室で作業をしているその二つ隣の教室で電灯もつけずに課題をしている生徒がいたんだけど。
「話を続けるぞ。……うまく窓を交換し終えた細草は、美術室でガラスの破片をちりとりかなんかで集めて、四組の教室の中にばらまいた。そして最後に硬球を置き、美術室に戻った」
だから、四組の机の上にはガラスの破片とともに、ほこりがあった。
真鈴は腕を組んだ。
「硬球はどうやって手に入れたのかな?」
「美術室にあったんだろう。真鈴は見ていないだろうが、今日細草が描いた、硬球のスケッチがあったんだ。なのに、あの場には――あくまで見える範囲にはだけど――硬球がなかった。だから四組の教室に落ちていたのは、スケッチに使った硬球だというのがわかった」
真鈴は納得したようだったが、しばらくして言った。
「でも、証拠がないんじゃない? これじゃ、野球部に濡れ衣が」
「証拠か。それなら、この窓を、美術室の日焼けしていない窓と取り替えてみたらどうだ。色がぴったり合うと思うぞ」
それと、今思い出した。
「細草が言っていたこと。あいつ、野球部が打ったボールが当たったのかもしれないね、と言っていただろう……真鈴は教室の外側と廊下側、どちらの窓が割れたかさえも言ってないのに」
まあ、今回は運が良かった。窓の交換などで作業に時間がかかったおかげで、細草が帰る直前に美術室に行くことでできた。もしこの事件が、四組の中に置いてある何かの窃盗が目当てだった場合、犯人を捕まえるのはもっと難しくなっていたに違いない。
「さて。僕の推理は以上。あとは細草に突きつけるだけだが……どうする? 今から急げば、細草が完全に下校する前に追いつけるぞ」
真鈴の性格なら、細草のところまで全力で飛んでいくはず。そして、僕の推理を披露して……失敗して、恥をかけばいい。
しばらく考えて、真鈴は言った。僕の期待を裏切る答えを。
「わたし、人の役に立つのが好きだから、これを秘密にしておくことで細草くんの役に立つのなら、誰にも言わないでおくよ。花川くんを信じるんだったら、故意じゃないらしいし」
え、マジか? それじゃあ、僕の放課後を犠牲にしたこの推理はどうなるんだ。
真鈴は僕の気持ちなど露知らず、うーんと気持ちよさそうに背伸びをする。
「……それじゃあ――」
それじゃあ?
「――後片付けと、いきますか。花川くんも、手伝ってくれるらしいし」
思わず口があんぐりと開く。
「花川くん。最初に言っていたもんね」
言っていた。『別にそれだったらしてやるぞ』と。
そして、真鈴は最後に不敵に笑う。彼女に似合わない意地悪そうな笑みである。
「全て、片付けるんだよ」
真鈴は、しっかりしていた。全て片付けたのだ。硬球も。ガラスの破片も。割れた窓も。――しっかりと、元の位置、つまり、美術室に運んだのだ。美術室まで窓を運んだ(力仕事を女子である真鈴に任せるわけにはいかないので、僕がやった)けれど、美術室はすでに閉まっているので、四組の本物の窓は外すことができなかった。だから、美術室の前に窓を立てかけておいた。四組の割れた窓があった場所は今、大きな口を開いている。明日、登校してきた生徒達は腰を抜かすほどまでにはいかないだろうけど、かなり驚くに違いない。結局、先生にも窓が割れたことを伝えなかったので、先生達も何があったのだと騒ぐだろう。こうやって学校の怪談や不思議は増えていく。細草の役に立ったと言えるのかは疑問だ。
「そう言えば、何の用で、六組の僕がいる教室にきたんだ?」
並んで下校する真鈴に聞く。たまたま今日は特別で、いつもは一緒に帰らない。
「あー。それはね、ちょっと面白いなぞなぞを見つけて」
なぞなぞを見つけた? さぞかし、六組の教室に来る前にこいつがいた図書室にあった本から仕入れたに違いない。どんな本を読んでいるんだ、こいつは。
「お前、図書室で勉強してなかったのか」
真鈴が頬を膨らませる。
「勉強はしていたよ。ただの息抜き」
怪しいものだ。
「それで、そのなぞなぞとやらは、どんなのなんだ」
「聞きたいでしょう」
その言い方に少しイラついたが、素直に頷いた。
「まあ、花川くんにはわからないと思うけど」
「なんだと」
「難しいから」
「やってやろうじゃないか」
「じゃあ……花川くんが負けたら、命令を一つ聞いてね」
「なぜそうなる。いやまあ、構わないけれど。そのかわり、一日期限な」
「それじゃあ、テストが終わったら出題してあげる」
……面倒くさいよ。今出せよ。
「それまで、予習でもしておいてね」
「そんなことしなくても解けるわ!」
しかし数日後、僕はクイズ勝負で完敗することになる。ついでに命令を聞く羽目にもなる。
これはそのころあたりに聞いた話だが、細草は自首したらしい。美術室になぜか置いてあった割れた窓のせいで告白しようと思ったとか思わなかったとか。真鈴の後片付けで、結果的に全て片付いたのだ。
そのあと耳にした噂によると、窓を割った原因は、ペン回しで、思い切り回そうとしたときに手元がくるって、窓めがけてペンが飛んでいったらしい。まさに厄災、それでパリーンと思ったより大きな穴――硬球サイズの――が開いてしまったらしい。まあ、あくまで噂だから、その真偽は定かではないのだけど。
いやいやいや。全て片付けたとは言ったけれど、それは言い過ぎだった。
真鈴の可哀想な友達は、六時になっても来ることのない友人を待っていたらしい。
貴方の貴重な時間をこの小説のために割いていただき、ありがとうございました。




