四.予告日
前回の続きです。
四月三〇日。土曜日で予告日。
楢には悪いが、事件のことが気になって買い物気分ではなかった。途中、何度か彼女に「どうしたの、いつもに増して腑抜けた面をしたりして」とか毒舌を吐かれたりもした。
一日楢に付き合って帰宅すると、リビングで椿がソファーで寝転がって寝息を立てていた。
あまりに気持ちよさそうに寝ているので、張り込みの結果は後で訊けばいいかと珍しく僕は気を利かせて、自分の部屋に向かおうとしたところで、妹の声がした。
「春樹……。デートはどうだった……?」
起こしてしまったか、と振り向くけど、彼女はさっきと同じ体勢で目を瞑っていた。彼女の口だけがゆっくりと動く。
「駄目だねえ、そんなことじゃあ……。だからいつまでも馬鹿なんだよ……」
……寝言か。いつまでも馬鹿、とは僕は夢の中でも酷い言われようだ。
「だからすぐに騙され……痛いっ!」
頭にきたので額にデコピンを入れた。椿は額を押さえながら、寝ぼけたような目で僕を見上げる。
「……あ、おかえりなさい。そちらの首尾はどうだった? チューまでいった?」
「まだ寝ぼけているようだな。普通の買い物だった。そっちはどうだった? 犯人は現れたか」
椿は額をさすりながら言う。
「なんでそんなに偉そうなのよ。人にものを頼んだのだから、もっとぺこぺこするべきだと思うんだけどー。あと何気にデコピン痛かったし」
僕は手にもっていた袋をかかげる。
「お土産買ってきたからそれで許せ」
「わーい! 話す話すー」
いつまでも馬鹿なのはお前じゃないか。
「うん、犯人は現れたよー。ヤマ勘で第二中を張って正解だったね」
お土産のみたらし団子を頬張りながら、椿は頷いた。
「といっても、わたしたちが現地に到着したときにはもうやられたあとだったみたい。体育倉庫らしきところで警備員やら先生らしき人がたむろしていたから。よく見ると焦げたあともあったし。話を聞くと、今回も第三中のと同じスポーツ用具がやられたみたいだよ」
「お前は何時頃に第二中に向かったんだ」
団子をごくんと飲み込み、のんびりとお茶をすすってから、椿は答えた。
「九時くらいかな。まさかもう火をつけられた後だったなんてね。みさぎが悔しがってたよ。『犯人をコテンパンにしてやろうと思ってたのにー』ってさ」
やっぱりみさぎさんひとりに行かせなくて正解だった。
「それで、予告日の暗号は見つかったのか」
質問に答えるかのように、椿は串を掴んだ拳から、ビシッと親指を立てた。
「もうばっちり。わたしが大人たちを引き付けている間に、みさぎが探してくれたのさー。全く、ナイスコンビネーションだね」
あえて訊いてなかったけれど、こいつらいつも無断で持ってきてるんだよなあ、証拠品を。バレたら怒られるじゃ済まないぞ……。
これがそうだよ、と椿は近くにあった彼女のポーチからお馴染みのプレートを取り出した。
「えっと――『0W5K0G3D』。解読すると、次の予告日は」
二本目の団子を平らげ、満足気な椿が先を言う。
「五月三日。憲法記念日だから祝日。……それと、春樹の誕生日だね。おかしな偶然もあるもんだ」
次に坂月第一中学校が狙われるのは多分、間違いない。僕が気にかけているのは、もしかすると次を逃すと、犯人に辿り着くチャンスはないかもしれないってことだ。
それまでに推理を完成させなくてはいけない。
この事件の不可解ないくつかの点。
――どうして犯人はスポーツ用具を狙ったのか?
――どうして犯人は坂月市の中学校を順番に狙うのか?
――どうして犯人は火を使うのか?
――どうして犯人は解読が容易な暗号文で予告日を示すのか?
これらを、筋の通った説明ができれば、おのずと犯人に辿り着くことができるはずだ。
僕ならできるはずだと……信じてる。
自信を持てる牽強付会のような推理を思いついたのは、その日が終わる数分前だった。
あと数分でやってくる明日――五月一日の予定は決まった。加賀屋蓮の家へ向かおう。住所は調べればどうにかなるはずだ。
続きます。




