二.ツバキ
前回の続きです。
二日後の、四月二四日日曜日。
例によって、椿が僕の部屋にやってきた。ただいつもと違うのは、手には何も持ってないということだ。
「お前さ、遊ぶのはいいけど勉強もしろよ? この土日、ずっと外にいたじゃないか」
椿は僕と違って社交的なので、僕より外にいる時間が多い。交友関係が広い人は、友達付き合いが大変だ。僕なんか胸を張って友達と呼べる奴は学校にひとりもいないというのに。
椿は生意気に舌をべーっと出して、
「遊んでばっかりじゃないし。それに今日はゲームじゃないの」
さすがにこいつも飽きたか。
「金曜日に春樹が言っていたボヤ騒ぎのことで」
「ん……、ああ、あれか」
思い出すのに少し時間がかかった。既に過ぎた話だと思ってた。
椿は僕の前に行儀よく正座した。
「わたしの友達が言っていたんだけど」
「おう」
「その友達は転校生なんだけど、こっちに来る前に通っていた学校でも同じようにスポーツ用具が燃やされる事件があったんだって」
「日本は広いからな、たまたま同じことが起きてもおかしくないだろ」
そう言うと、椿はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「さて突然ですが、椿先生から問題です。第一問。わたしたちが通う学校の名前はなんでしょう?」
はあ? なんだ椿先生って。
「……坂月市立第三中学校」
訝しみながらも、素直に答える僕。
「正解です! ――そして、わたしの友達が通っていた中学は坂月市立第四中学校であります」
膝を器用に擦りながら僕に近づく。顔がすぐそこにある。
「そして第二問。この二つのボヤ騒ぎは、全く関係がないのでしょうか?」
「…………」
軽く腕組みをして考えてみる。
椿は百パーセント関係があると思ってこの話をしている。僕が住んでいる坂月市は小さいから、中学校は第一中から二、三、と続いて第四中までしかない。その狭い範囲で類似している二つの事件。うーん……、これだけでは確信することはできないな。
「第四中のボヤはいつだ」
「一月下旬って聞いたから、三か月前」
困ったことにはっきりと答えを出しにくい間隔。
「春樹に頭を使わせているところ悪いけれど、二つの事件が関係しているっていう確実な証拠があるわけさ」
「ほう」
「その友達が第四中のボヤ現場であるものを拾ったの。それがねなんと……」
つばを飲み込む。
「なんとね……」
やけにもったいぶるな。
「驚くことに……」
「早く言えっ」
「ぶったな! 親父にもぶたれたことないのに!」
椿は頬を押さえて訴える。……が、待て。
「ぶってない。やめろそういうの。誰かがもしこの話を盗聴していたら、僕のイメージが悪くなるだろ」
「わあ、初ぶたれを兄に盗られるなんて……。女として失格だわ」
「だから殴ってない。ファーストキスみたいに言ってんじゃねえよ」
閑話休題、話を戻す。
「実を言うと、次の放火――第三中学校のね――を予言するプレートがあったんだ」
なんと。
余程僕が驚いた顔をしているのか、椿は誇らしげだ。
「それが事実なら、その二つの事件は繋がっているな」
だけど。
「わからないことが多い。仮に事件が関係していて、同一犯の仕業だとしても、どうしてそんなことをする? それをして、得することがあるか?」
「それは犯人に訊いてよ。ミステリの動機なんて予想もつかないものばかりなんだし。『事実は小説よりも奇なり』ともいうし。探偵小説嫌いのわたしでも知っている、アガサなんとかさんの『ABCなんとか』も、ただ名前が順番に並んでいるってだけで人を殺していたじゃない」
「お前全然知らないだろ、ABC殺人事件の内容」
「知ってるよ。おじいさんが犯人でしょ」
こいつ、中途半端に知ってるなあ。いや、ネタバレになるから、それの肯定否定はしないけれど。
「まあ、動機はひとまず置いておきましょうよ、お兄さん」
椿は何故か不敵に微笑んでいる。
「さて、第一発見者であり、かつ火を消し止めた勇敢な春樹お兄さん。――この事件を解く上で、絶好のポジションにいると思わない?」
そして続ける。
「春樹ぐらいだよ、この事件を解決に導くことができるのは」
続きます。




