その53・全て偽りの朝(SIDE/B)
▼その53・全て偽りの朝(SIDE/B)
あたしの名前はB。盗賊学校× 都立高校○ の高校生だ。
今日も鶏が鳴く前× 目覚まし時計のデジタル音が鳴る数秒前○ 、部屋のベッドで目を醒ます。
「お早う、出るねー」
そう台所で朝のラジオを聞きながら料理を作っている母に言い置いて外へ。
朝5時。早朝のモヤの中を商店街までランニング、これが往復5キロ。30分ほどで切り上げて筋トレ。スマホでラジオを危機ながらプランク2分、プッシュアップ200、クランチ100。スクワット100。
軽く仕上げてシャワー……毎日これだといいんだけど、たまに寝坊するのは仕方ない。
盗賊の斥候役の中でも× 陸上部のスプリンター△ 女子総合格闘部○ としては試験休みでもこれぐらい動かないとね。
シャワーから出て、髪の毛を拭いて制汗スプレー。ショートヘアはこういうとき便利だ。
下着を着けて、制服の袖を通す。
姿見の前で確認。チェックの柄のスカートと、ブラウスのデザインがお気に入りだ。
そして、昨日試着したコスプレ衣装――――ええ、そうなんです。恥ずかしいけど、あたしはコスプレイヤーをたまにやる。
今のお気に入りはとあるソシャゲの女盗賊。あたしと同じ褐色の肌で白いレザー系の衣装。ちょっと露出過多だけど、鍛えた身体がこういう時に映えるから誇らしい。
コスプレイヤーは自分が生きている内に五人は「ベストフィット」なキャラがいると言うが、多分あたしの最初はこのキャラだ。
「B! 迎えに来たよ」
時間きっかりに、幼なじみのAが迎えに来た。
「今行くー」
あたしは道具の詰まった布袋× 鞄○ を手に外に出た。
Aはあたしの幼なじみだ。子供の頃母親に死に別れたが、その際あたしにその母親は「Aをお願い」と頼んだ。
幼いあたしはうっかり頷き
「わかったおばさん、あたしが立派な盗賊王にしてみせるね」×
「おばさん、判りました。Aをちゃんとした公務員か会社員にして、お婿さんにします。後は何も心配しないで」○
となどと答えた。
我ながらバカだと思う。
「時間ぴったりだねー」
暢気に、そして優しくAは笑う。
あたしよりも頭一つ高く、筋骨逞しい青年で、盗賊の× 高校の○ あらゆる運動部から引く手あまただ。
それなのに、本人は機械いじりが好きで、 機械装備班× 工学部か工専○ にいきたいんだそうだ。
正直……そのまま盗賊訓練校を卒業して盗賊稼業× 短大を出て早くOLとか○ になりたいあたしとしては、複雑だ。
「どうしたの?」
「進路のこと」
「ああ」
こいつは本当に察しがいい。あたしの考えを先回りして呼んでくれて、おかしな空間に話しかけたりしない。スポーツ万能、剣の技にも優れ× 文武両道○。
学校の生徒指導のG先生、あたしの憧れの人にも「もっと高い所を狙って役人になって世の中を変えて欲しい」と期待されている。
でも当人は……その……あたしとの結婚を夢見てくれている。
強引だった。
始まりは。うん。
去年の精霊祭× クリスマス○のことだ。
いきなり学校の屋上に呼び出したあたしの唇をAは奪った。
「こうでもないと言い出せない、好きなんだ、結婚してほしいんだ」
3秒ぐらい、頭の中が真っ白になった。
子供の頃からなんとなく、そうなんとなく思っていたこと、。
そして母親が死んでから一念発起して身体を鍛え上げたAに抱きすくめられて、ときめかない女がいるんだろうか。
いや、ない。
あたしは3秒後「あ、あたしもあなたが好き!」と驚く程正直に告白し……そのままAがアルバイトで溜めていたお金でホテルへ向かい、理想的なロストバージンを行った。
それ以降も、Aは馴れ馴れしくなったり、しどろもどろになったりせず、冷静に、沈着にあたしたちの関係をリードしてくれている。
「進路か……あのさ、僕、諦めてもいいんだ」
「え……?」
「昨日、考えたんだけど、君の為に僕は一生を捧げると誓った。だから、1秒でも離れていたくない」
「…………A」
「B、好きだ、愛してる」
嬉しさが無理矢理胸に満ちてくる。
でもなんだろう、この違和感。
「……」
あたしは、嬉しいと言いたかったのに、制服のジャケットのポケットに手を入れていた。
何かが触れる。
小さな、ナイフなのがすぐ指先の感覚で分かる。
コスプレ用の小道具なんか普段は持ち歩かないのに。
何でこんなもの、持ってるんだろう。
「どうしたんだい、B? 答えておくれよ」
気がつくとあたしは壁を背に、手を突いたAにキスするぐらいの距離で見つめられていた。
これって壁ドン?
「僕は、君の為なら何だってする。人生も何もかも君を中心に考えてセッティングし直すつもりだ」
美しい、死んでしまった母親の美しさを思わせる、アドニスみたいな顔があたしを見つめる。
澄んだ目。
でも、おかしいと思ってしまうのは何故だろう?
あたしのしってるAじゃない気がする。
いや、わかってる。
それは母親が死んだあたりの、小さくていつもおかしな所に向かってブツブツ何かを呟いていて「この世界は僕の世界じゃない」とか言ってた気持ち悪い、女みたいな電波美少年。
そこから、筋トレと努力と勉強で見違えるような美青年に、Aは生まれ変わりつつある。
いや、生まれ変わったんだ。
でも…………なんだろう、この違和感。
「どうしたんだい、B。何か言ってよ」
「…………うん」
「じゃあ、キスをしよう……」
Aの顔が近づく。
「だめ……人が見てる」
「構わないさ、僕と君の仲を、誰に偽る必要がある?」
唇が重なった。
圧倒的な違和感と吐き気が、あたしの中に起こった。
思わず、Aを突き飛ばす。
「どうしたんだい、B!」
「おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしい!」
頭の中で二つの人生が流れた。
ひとつは今の、平凡な、すこしコスプレが好きな高校生の女子総合格闘部員なあたし。
もうひとつは……ああ、あのコスプレ衣装のままの、盗賊都市の申し子、盗賊王に憧れて、電波をあちこちで受信して変なことをいって挙動不審な幼なじみのAと冒険を繰り広げる盗賊少女B。
間違いなく後者はあたしの好きなゲームアプリの中の人生で、普通の高校生でコスプレイヤーデビューしたてのあたしが本当の人生。
でも、違う。
直感。
部活でも、アプリの中でもそれがあたしの指針。
常識から導き出される考えではなく、一瞬で頭の中に閃いた、言語化出来ないものが、あたしの命を救ってきた。
それが囁く。
これは嘘だ、と。
「B、今日はおかしいぞ。何あったのかい?
Aが、優しくて男前で格好良くて、電波なことなんて言わないAがあたしに手を伸ばす。
その指先が触れた瞬間、なぜかあたしはポケットからつかみ出したナイフでその手を斬り飛ばしていた。
そう、切ったのではなく、斬り飛ばしていた。
滑らかな、名古屋ういろうみたいな断面を見せて、Aの腕が飛んだ。
血は、出ない。
「…………!」
呆然とAはあたしを見た。
「なんで、そっちの記憶が強い?」
その瞬間、あたしは確信してAの…………いや、偽物のAの喉を突いた。
ナイフは首を貫通する。
引き抜いた。
これも一滴の血も出ない。
「どうしてだ、僕は君の理想だろ?」
右腕を斬り飛ばされ、喉にナイフで出来た穴を開けたまま、Aは……いや、Aに似たものは問いかけた。
「僕は変なことを言わないし独り言もない、機械いじりもしない。君がなんでも優先で、君の為なら死ねる。セックスだって上手い。実行してみたらきっと、虜になる、そして優しくて、金持ちになる。それに筋骨逞しく男らしい」
あたしは確信した。これは幻術の類いだ。
町も人も風景も、全部。
「やむを得ない、君を無力化してプログラムをアップデートする」
そう言って掴みかかるAモドキをあたしはひらりと避けた
「女心を判ってないわね」
ジャンプして懐に飛びこみ、すぐに背中に蛇のように回った。
格闘戦の教官に教え込まれ、一番誉められた技だ。
逆手に持ち替えたナイフを、Aモドキの脳天に振りあげる。
「バカは三日で慣れるけど、美男は三分で飽きるのよ!」
その頭頂部目がけ、あたしはナイフを突き刺した。
金屑の中に刃を入れるような、かさかさした感触、金属の音。
ぷしゅう、と初めてAモドキから体液が溢れた……紅くない。油のような真っ黒なもの。
あたしはそれを避けて思いっきり後ろへ飛んだ。
ゆっくりとAモドキが倒れる。
「B! どこ!」
振り向くとAが走ってくる。あたしのしってるあの姿。でも学生服だ。
「あんた、銃なんて持ってないでしょうね?」
「持ってるわけないだろ、君が嫌いな……」
あたしは有無を言わせずそいつのこめかみに回し蹴りを喰らわして黙らせた。
Aが、あのAが機械や道具をあたしが嫌いだからって捨てる筈がない。
B、大丈夫? B、今助けるからね!
天空から、竜の声の様な大音声が聞こえて来た。
「A?」
間違いない、とあたしの直感が告げる。
こっちが本物のAだ。
「合図したら思いっきり飛んで」
「どこへ!」
どこでもいい! それで何処へでも行ける! ……えーとそれでいいですよねナビさん?
ああ、この変な言い回し、間違いなくあいつだ。
涙が出そうになった。
この間が抜けていて、機械いじりが好きで、あたしの言うことを聞かない、でも必ずあたしの側にいて、助けてくれる、あたしの初めての相手。あたしの、あたしが選んだ相棒。
結婚なんかしないし、恋人にもならないけど、だからこそ大事な、生涯の相棒。
(盗賊は最後にはひとり)という諺がある。
でもそれには続きがある。
(それまでは相棒と一緒)と。
「判ったわよ、バカ」
じゃあいく、3、2,1……
「早すぎるわよっ!」
いいながら、あたしは地面を蹴って空へ飛んだ。
なんでだろう、理想の相手を殺して、どうしようもないバカの元に返るのに、なぜか、唇に笑みが浮かぶのは




