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立ち尽くす

 駅の近くでアルバイトを見つけるというマータの目論見は、なかなかうまくいかなかった。もちろん事前に求人情報で目星をつけてはいたのだ。ところがその目星の小さいスーパーの事務所を訪れて用向きを告げると、そこにいた中年の男の事務員は、梱包材を束ねていた手を止め、マータに目をくれただけで


「もう決まっちまったよ、生憎とな」


と断ってきた。


 本当はまだ募集中なのに彼女のどこだかがこの男の気に食わなくて、体よく門前払いするつもりではないかと、マータはちらりと考えてしまった。しかし、逆らっても仕方ない。


「そう、なら無駄足だったわね」


とだけ言い返して、彼女はくるりと事務所に背を向けた。


 最新の求人情報誌を買ってからカフェでコーヒーを補給し、仕切り直すことにする。広告を検分しても、遠すぎたり、資格が必要だったりするのを除いてみればいくと、これといってめぼしい仕事は見つからなかった。マータは宛てをなくして、冷めたコーヒーをちびちびと飲んだ。広告記事に視線を走らせ、無意識にスペルミスを探しながら考えを巡らせる。


 マータに仕事を選り好みしているつもりはないが、人には向き不向きというものがある。例えばこの店にも店員募集中の貼り紙があったが、人を見る目がある経営者なら、接客の仕事にマータを採用することはないだろう。それに、マージェレには大きな工場があるわけでもなく、わざわざ広告を出すような求人がもともと少ない。求人の多くは、知人や学校の紹介で決まってしまう。例の出版社の仕事も、成人学校の文章教室の講師を通じて紹介してもらったものだ。しかし、今の彼女には、紹介してくれそうな伝手を頼っている余裕は無かった。


 こうなったら、短期アルバイトでも構わないとマータは心を決め、大声で談笑している老人グループにイライラしながら、情報誌をもう一度最初からめくり直した。なんとか、3件の候補を見つけ出す。もしそのどれかに採用されたとしても、引き続き他のアルバイトを探さなくてはならない。この先の長い就職活動を考えて、マータは胃が痛むのを感じた。


 その日、午後一杯かけてマータは3件の求人主に連絡を取り、何とか数日間だけの農機具展示会の設営のアルバイトに採用された。 イベント会社の事務所で面接や手続きを終えた後、マータには、採用された安堵感よりも、次の仕事を探さなくてはならないという懸念が重くのしかかっていた。少しでも進展したじゃない、と自分に言い聞かせながら、アパルトマンの前の通りまで戻ったところで、マータは目にしたものに追加の一撃を食らった。


 秋の夕方とはいえまだ明るい時間で、歩道に立ちどまって語り合っているカップルがミリアムとケイレブなのはすぐに分かった。ケイレブはつなぎの作業服で、仕事帰りのようだ。マータの胸は警報のように大きく鼓動したが、彼女は足を止めることをしなかった。


 こちらを向いていたケイレブが気づいて


「やあ、マータ」


と片手をあげる。ミリアムも振り返り、


「お疲れ」


と笑顔を見せる。マータは


「わあ、偶然だね。二人は仕事帰り?今からどっか行くの?」


と、できるだけ元気そうに声をかけた。ミリアムは肩をすくめると


「ううん、今日もケイレブはお祭りの練習なの、ね?」


と彼を少しにらんでみせる。仲がいいからできる態度だ。マータは


「そっか、もう来週だもんね、大変だ」


と頷き、唇が震えそうなのをごまかした。ケイレブは


「俺、今年、踊り手の先頭なんだよ、下手だと目立っちゃうからさ」


と気さくにマータに説明する。ミリア厶とつき合い始める以前と、何も変わらない口調がマータを悲しくさせた。


「すごいじゃん、ケイレブ。ミリアムは絶対応援しなきゃね」


「そうだけど、あたしより、お祭り優先なんだな、って思っちゃう」


唇をとがらせたミリアムの肩に、ケイレブはなだめるように腕をまわしてから、あの睫毛の多い黒い眼を真っ直ぐにこちらに向けて


「マータも見に来るんだろ?」


と、尋ねた。マータは目を泳がせた。


「あたし、どうかな、多分…」


行きたい気持ちはあるけれど、きっと辛いはずだ。しかし、


「今年も一緒に見に行こ?マータが来てくれなきゃ、あたし、『ばあちゃん』と二人きりだもん、お願い」


と、ミリアムがマータの腕にすがって頼む。


「何、ばあちゃんって」


「俺の親戚。見に来たがってるんだけど、今年はうちの家族は全員、役が当たってて、構ってやれないんだよ。80過ぎてて、歳も歳だから一人にしとくのも心配でさ。ミリアについてて貰おうと思って」


 マータは少し驚いた。ミリアムはそこまでケイレブの身内と親しくなっているのだろうか。しかしミリアムの表情は、どうも歓迎しているようには見えない。


「その『ばあちゃん』だって困るんじゃない?全然知らないあたしたちが一緒にいたってさ」


マータはケイレブを思い留まらせようとしたが、ちょうどその時、傍らの道路を小型の水色のバンが走ってきて、ピッとクラクションを鳴らした。


 ケイレブは


「親父が拾いにきたから、俺、行くわ」 


と、リュックを背負い直し、ミリアムの頬にキスすると、マータに軽く手を挙げて車に向かった。


 彼がバンの後ろを回って乗り込む間に、運転席の窓が空いて、中年の男性が顔を出し、


「よう、いつもすまんね!」


とミリアムに声をかけた。マータは会ったことがなかったが、ケイレブの父親なのだろう。ミリアムはよそ行きの笑みを浮かべて応じている。本当にミリアムはケイレブの家族と親しくなっているようだ。同じ通りに立っているマータだけが立ち入れない、別の世界があるようだった。



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