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つきとめる

 留守宅に届けられた謎の花束について、アンドレ・マロは弁護士事務所に調査を頼んでいたが、その結果もやはり判然としなかった。


 花束についていた送り状から、ターエスト市内の生花店から届けられたものということはすぐにわかったが、依頼した人物については、普通の男性だったとしか、店員の記憶に残っていない。担当の弁護士との面談でそう聞かされたアンドレは、少しばかり安堵した。それが女性だったら、離婚した相手が密かに国内に舞い戻って嫌がらせを続けているのではないかという妄想をかきたてられてしまっただろう。


「やはり、以前の手紙と同じで、誰かに頼んでいるんでしょうか。そのうえで、監視カメラを取り付けられて直接届けにくいから、用心して花屋を通したと。高くつくだろうに」


アンドレは弁護士に同意を求めた。話題にしている対象は、アンドレの離婚した相手と、その愛人である。彼らは現在、ギリシアだか黒海だかの保養地で悠々と暮らしており、アンドレに支払った慰謝料は、たいした痛手にはなっていないようだ。


「いかにもその可能性はありそうですが、残念ながら証拠がありませんな」


初老の弁護士は、書類の端を爪の先で揃えながら、冷静に指摘した。


「花束が一度届いたくらいで警察の捜査は期待できませんし。これが、高額商品を勝手に注文するとか、もっと剣呑な品物で脅迫の意図が明らかだというなら話は変わりますが。ともかく、証拠が見つけられていない現状では先方を告発するというわけには行きますまい」


そこで言葉を切ると、弁護士はアンドレの屈託した表情を見て、慎重に言葉を選びながら続けた。


「証拠がないという点では、先方が、あなたから妙な写真を送り付けられたと主張しているのも同じ程度のものですが」


アンドレは、無意識に弁護士事務所のテーブルの縁を手の甲でこすっていた。弁護士は話を続けた。


「たまたま、対立する両側に同じように物が送られる、というところに、送り主へつながる糸口があるような気が、私にはするんですよ。ユーニスと関係があった男性が、いわば袖にされた恨みから、先方に写真を送り」


「それで、こちらに花を送ってきますかね」


アンドレは弁護士の発言を遮った。弁護士は両手を広げて見せた。


「実際にそのような人物が見当たらない以上、私の推論にすぎません」


アンドレは深いため息をついた。


「先日も申しましたが、私は一人目の相手にすら気付かなかった男です。まだもう一人いようとは思いもつきませんでした」


弁護士は慰めるようなうなり声を立てたが、アンドレは伸びすぎた髪に両手を差し入れて頭を抱えた。しばらく彼の様子を見たのち、弁護士は咳払いして話を続けた。


「いずれにせよ、もう少し事例が重ならないと、私どもとしても動けませんので、しばらくは様子見ということで…」


アンドレは首を左右に振って目を上げた。


「いや、もう沢山です。実は私は、自宅を処分しようと思っています。そうすれば何を送り付けられようが知ったことじゃない」


「なるほど、それもよろしいでしょうな」


弁護士は二、三度うなずいて答えた。


「もちろん先生へのご相談は、引き続きお願いするつもりですよ」


「心得ました。できる限りお力添えいたしましょう」


その時、アンドレはあることを思いつき、弁護士の言葉に飛びついた。


「先生そういえば、こちらでは不動産の処分なんか、たびたびご経験がおありでしょうが、店舗なんかで居抜きというのがありますね、そういうのに詳しい業者をご存じないでしょうか」


アンドレは不動産屋に事情を話すのが億劫で、売却についても放置していたのだが、幸い、適当な業者に話を通してもらえることになった。


 面談を終えて弁護士事務所を出たときには、アンドレは大仕事を終えたかのように疲れていた。エレベータを呼ぶボタンを押して、ぼんやりと扉を眺めながら待つ。アンドレの背後では、サッカーチームのTシャツを着た若い男が廊下の壁にもたれて貧乏ゆすりをしていた。エレベータが到着し、アンドレが乗り込んでも、若い男は後に続かず、貧乏ゆすりを続ける。アンドレは特にきにせず、エレベータを動かして、そのフロアを後にした。


 一方残された若い男は、携帯電話を取り出すと、対象がエレベータで降りたことを路上で待機している仲間に伝えた。電話を切り、フードつきのパーカを羽織る。そしてエレベータを呼んで階下へ降りると、彼もアンドレ・マロの尾行の末尾に加わった。








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