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見栄を張る

 キリヨフはあてにできない、と思ったが、廊下に出てみたところ、ちょうど扉の前に立っていた彼と鉢合わせしそうになった。様子をうかがっていたらしい。


「大丈夫ですかね」


と聞かれた。


「なんとか目がさめた」


と言葉少なに答えて、アンドレは手洗いに行った。戻ってくるとキリヨフは、


「次からもうすこし早く起しまさあ」


と請け合った。アンドレは彼の肩を叩いて、寝室に戻り、再び横になった。


 そこからは「眠ろうとする夢」という理不尽なものを切れ切れに見た気がする。そのうちに、何かまずいところに踏み込んでしまった、という不安感に駆られて目をあけると、寝室のドアがノックされている。アンドレはベッドから這い出してドアを開けた。


「うなってらしたが、大丈夫で?」


キリヨフに静かに尋ねられて、アンドレは頭を振って眠気を払った。


「ありがとう、酷くなる前に起きられた。もう、そろそろ朝かな」


「6時前だね」


彼は8時に出勤したいと言っていた。


「私はもう起きてしまうよ。朝食は、7時すぎでいいかな?その間、あなたはもう少し休みますか?」


相手は肩をすくめて賛成を表現した。


「寝さしてもらえると、助かるね」


キリヨフは毛布をかかえて、小さいほうの寝室に戻っていった。アンドレは丁寧に時間をかけて、音を立てないようにじりじりと朝食の準備をした。紅茶は昨夜キリヨフが買ってきたのがある。ベーコンが残り少ない。パンも固くなっている。今日は持ちそうだが、明日は買い物をするべきだろう。では、今日は、どうしようか。 アンドレはベーコンが焼けるのを見ながら頭をひねった。


 あの家の貴重品は、弁護士事務所に頼めば、引きあげてもらえるかもしれない。携帯電話で説明しながら探してもらえばいい。事務所の人間なら身元は確かだろうが、そうはいっても家政婦の立ち合いがあるほうがいいだろう。彼女には現在、仕事でしばらく留守にすると説明して、週一度の掃除だけを頼んでいる。彼女が今度来る日を確認しなくてはいけない。電話だ。しかし弁護士事務所のほうは、今日は休みのはずで、なかなか物事は迅速に進みそうにない。アンドレはため息をついた。


 キリヨフは約束の時間通りに起きてきた。アンドレは紅茶を差し出した。


「私の夜はこのところ、あんな感じなんだ。何度も起きてもらって、申し訳ないね」


「自分はこれで稼いでるからね、慣れてますよ。それに夜勤よりか何倍もましでさ」


キリヨフは動じずに朝食を食べると、また夜に戻ると言いおいて、昼間の仕事に出勤していった。


 アンドレは後片付けをして、スマートフォンを確認した。昨日ザルチ氏に送ったメールに返信が着ている。不動産屋へ出向く必要がありそうだ。今日やることができた。その前に、髭を整えて家政婦に電話する。


「あら、お久しぶり、マロさんじゃないの。まだお忙しいの?」


彼女とも、8月の半ばから顔をあわしていない。


「やあ、そうだねえ、しばらく帰れそうにないんだ。それで、ちょっと頼みがあるんだが、あなたのいる日に、誰かをそっちへやって、荷物をとってきてもらおうと思ってね、念のためだけど、他の物に触られないように、立ち合いをしてもらえるかな。」


「それくらい、いいけど。あなた、仕事はほどほどにしなきゃ駄目よ」


現在休職中のアンドレは、苦笑いした。


「ありがとう。気をつけるよ。それで、いつなら都合がいい?」


彼女は水曜日の午後に掃除に行くと言ってから、


「マロさん、あなた、こうして誰かよこすなら、都合を尋ねるわよね?」


と問いかえしてきた。アンドレが戸惑っていると、


「こないだ、隣に来たんですって、マロさんはいるかって」


「隣?誰が来たって?」


「誰かわからないの。マロさんを訪ねてきたけど、あたしもいなかったから、隣に尋ねたみたいよ。でもそれっきり」


「なにかのセールスじゃないかな。無視しておいてください」


「あたしもそう思って、そのまま忘れてたんだけど、今思い出したもんだから」


家政婦の話は、アンドレの関心をひかなかった。ポストに投函されていた手紙と防犯カメラの件で、アンドレは以前から自分は監視されていると推測していた。わざわざ来訪して不在を確認する意味はない。


「では、水曜日の午後に行ける人を決めて、また電話するから。よろしく」


家政婦との電話を切って、アンドレは一仕事終えたかのように肩を回した。本当はこれからが大変だ。スーツに着替えて地下鉄に乗って不動産屋まで出向かねばならない。

 

 どういうわけか、休みを取るまでは何でもなくできていたことに、えらく疲れを感じてしまうようになった。アンドレは休み休み、着替えはしたものの、ネクタイを結ぶのが嫌になってあきらめた。先日、ヨネスク氏の娘の件で、ホテル・イリリアへ駆けつけたときは、切迫していたためか、自分では考えなくても手が勝手に結んでくれたが。誰かに急かされなくては動けない、自分はとことん見栄張りな性分をしていると思う。

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