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合間1

 この国の狭い首都の人口は100万には及ばないが、背伸びをしてそう名乗ることもある。探偵事務所だっていくつもある。それらのうちの、どちらかといえば小さ目、ただし紳士的なサービスを標榜している一軒の事務所に新規の来客が尋ねてきた。20代の主婦と名乗って予約してきたので、ベテランの(初老の)社員で対面することになった。


 訪れた彼女は、明るい髪色も中型の目立たないケリーバッグも、どうやら本物らしい、上品な身なりの女性だった。女性社員に応接セットへいざなわれる間、淡い灰色の瞳が不安げにあたりを見回している。

彼女は探偵たちと握手を交わし、おずおずと


「カリナ・モアラニ」


と名乗った。探偵免許の表示や個人情報保護についての型通りの説明をうけたあと、彼女は背筋を伸ばすと、


「あの、こんなことがご依頼できるかどうか、わからないのですけれど」


と話し始めた。


探偵は、このような口上には慣れている。


「まずはお話を伺いましょう。正式にご依頼いただくまでのご相談は、ごく低額で承っておりますので、ご安心ください」


彼女は少し口元を緩ませた。費用など大した問題ではない、といったところか、と探偵は考えた。


「実は、私のお友達が、ご主人と連絡がつかないということで、とても心配しているのです。彼女、今外国にいますので、夫の行方を捜すこともできなくて、私に頼ってきました。大人の男性が、10日やそこらいなくなっても、警察は気にもとめないそうですわ」


「彼はお勤めをなさっているのでは?そちらでは何と?」


「職場のほうは、しばらく休職扱いになっているそうで、やはり心配されていないのです」


「なるほど。それでは、ご主人のご実家なり、ご親戚はどうですか」


「私、そちらに伝手がございませんの」


「しかし奥様、というのは今あなたがお話になったお友達の女性の方ですが、奥様なら当然お尋ねになれるでしょう」


「それが、ちょっと事情がありまして、その、絶対に内聞にしていただきたいのですが、彼女はご主人側のご親戚とは絶縁状態なのです」


「仲がよろしくない?」


「ええ」


モアラニ夫人は唇を結んでから、うつむいた。


「ひどい誤解があったのです。あの、ご主人がいなくなられたことと、きっと関係があると思いますので、最初からお話したほうがいいですわね。

「彼女は明るくて社交的なのに、ご主人はまるで逆で、そうなると、どうしても他の男性と出かけたり、会食したりという機会がございますわ。ご主人は次第に彼女が浮気をしていると思い込んでいきました。だからといって彼は彼女をとがめたり、まして暴力をふるったりしたわけではなく、ひたすら陰気に、こういう言葉が適切かどうかわかりませんが、被害妄想というのでしょうか、病的になってゆきましたの。どんなちょっとしたことでも悪くとるのです。

「その様子を見て、ご主人の親族はもちろん彼のほうを信じました。彼女の反論は受け入れられず、最後には別居することになりました。彼女は悩んだ末に体調を損ねてしまって、今は外国で療養中なのですわ」


依頼者は顔をあげ、探偵に目をやった。


「ですから、ご主人の親戚に相談することもできませんの」


「そうですか、それであなたを頼ってこられたと」


「ええ、そうなのです」


モアラニ夫人は目を閉じて息をついた。


「こんなことは考えたくありませんが、ご主人が思いつめた挙句、最悪の選択をなさるのではと、私も、心配でなりませんの」


探偵はしばらく待ってみたが、夫人の話はそこで一区切りのようだったので、返事をすることにした。


「お話はよくわかりました。お友達のご主人をお探しすればよろしいんですね。お引き受けしましょう。彼のお名前と住所はうかがえますか。それと写真をお持ちなら」


「ございます」


モアラニ夫人がバッグを開いて、取り出したのは男女二人ずつの4人が写った写真だった。屋外で、何かのパーティの一場面だろうか、女性の一人はカリナ・モアラニその人で、また違う高価そうなバッグを腕にかけ、グラスを手にして上品な笑みを浮かべている。


「すると、こちらの女性がお友達ですか」


探偵は、カメラに向かって楽し気に何かを呼び掛けている黒髪の女性を指した。


「ええ、これがユーニス、そして前で座っているのがご主人です。アンドレ・マロとおっしゃいます、住所はこちらに控えておきました」


「ほほう」


確かに妻とはタイプが違い、目立たない感じの男性だ。


「後ろで立っている男性があなたのご主人?なかなか男前だ」


ピンストライプのグレーのスーツ、緑の瞳に合わせた色のタイ、金持ちであることが見てとれる。


「ありがとうございます」


依頼人は嬉しそうな顔をした。


「あの、この写真は、あとで返していただけますわね?」


「もちろんです。彼の住所はターエスト、と。それでは、こちらのお友達のユーニスさん、にお話を伺う場合、どちらにご連絡すればよろしいですか」


「あら、ご主人を探すだけでそこまで必要ですの?彼女、本当に具合が悪くて、電話してもつないでもらえませんのよ。そうね、調子がいいときお宅へお電話さしあげるように、と伝言しておきますけれど」


灰色の瞳が懇願する。


「でもきっと、すぐにみつけていただけますでしょう?」


探偵は咳払いした。


「まあ、それほどの難題ではなさそうですな、10日前後と申し上げておきましょうか」


「10日」


モアラニ夫人はバッグから分厚い封筒を取り出した。


「こちら、5千ユーロございます。ひとまずお預けしておきます」


高額の現金が、落ち着いた色のマニキュアをした手で机の上に並べられる。防犯上、普通の女性ならこれほどの現金を持ち歩くことはしないだろう。探偵は困惑した。


「不十分でしょうか?」


「い、いえ、そんなことはありません。君、至急契約書を」


探偵は女性社員に指示した。契約書が作成される間に、もう少し探りを入れてみる。


「マロ氏が見つかり次第、お電話差し上げるということでよろしいでしょうか。あと請求書はご自宅へお送りしますので」


モアラニ夫人は困った顔をした。


「夫は、私がよそ様のご家庭の問題にかかわるのを嫌がりますの。ですから、郵便は困ります。なにかありましたら、こちらに伺いますわ」


これは理にかなっている。だが、本件は何かおかしいところがある。探偵は、用心をわすれないことを肝に銘じた。

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