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視野が狭い

「合衆国に行くって話しは聞くけど、帰ってくるって、珍しい」


マータはそう言いながら、ゆでたお団子を牛肉の煮込みの皿によそうと、マロの前に置いた。マロは穏やかに


「そうだね」


と答えて、食べ始める。この話はおしまい、ということだろうか。マータもフォークを取り上げた。親しくない相手のほうが気が楽だと、最初の頃マロは言っていた。あれこれ尋ねすぎないようにしなくてはいけない。もう最後だけど。


マロは皿の牛肉を食べ終えて、ためらった。


「お代わり食べます?」


「うーん、どうしようかな」


「お代わりしても、明日の分もあると思うけど」


「ああ、明日か、そうだね、明日から自炊だから、頼みの綱に残しておきたいし、今日はここまでにしよう」


名残惜しそうに、お団子に肉汁の残りをからませて食べている。こういう、ちょっとした会話が、とても嬉しかったっけ。


「お団子は今日の分しか買ってないから、欲しいなら自分で買いに行って。こういうパック入り」


空き袋をみせるとマロは手にとって眺めた。


「今は便利なのがあるんだ」


「年寄りみたいな事を言ってる」


「年寄りさ。自炊していたのは、10年以上前だからね」


「それくらい、すぐ追いつけるって」


マータは反射的に、適当な慰めの言葉を口にしてから、これでいいのかよくわからなくなって、マロの表情を覗った。マロのほうも、よくするようにマータの顔を見つめていたので、二人は黙って探るように視線を交し合うことになった。


 うろたえたマータが言葉を探すのに対して、マロは笑みを浮かべると、


「ヨネスクさん、食べ終わったのならコーヒーを頂けないかな」


と話題を転じた。


「あ、あ、ちょっと待って」


皿に残っていた人参を急いで飲み下し、マータは二人分の食器を流しに下げて、ばたばたとコーヒーの支度をした。コーヒーメーカーからお湯が注がれる音が聞こえて、芳香が立ち昇る。無意識に大きく息を吸ったマータに、


「それで、仕事の方はどうなったの」


とマロが声をかけた。答えたくなかった質問だ。


「まだ連絡無いけど、このまま働くのは気持ち悪いし、今預かっている来週締め切り分が終わったら、こちらから辞めようと思う」


「そうか」


「あのね、大きな会社の仕事きられたってなると、マージェレくらいの街で別の口を探すのは難しくなると思う。それだったら、切ってやったって言いたいじゃない?」


「かもしれないね」


マロはコーヒーのカップを受け取って口に運んだ。マータは今日ぼんやりと感じていたことを口に出してはみたものの、経済的に不安定になることが目に見えているので、もやもやした気持ちはすっきりしない。コーヒーをぐいっと呷ると、マロが


「マージェレ」


と言った。


「何?」


「なぜ、あなたはマージェレで仕事を探すと決め付けているんだい?出版の仕事なら、首都に出るのが有利なんじゃないかな」


「だって、マージェレは故郷だもの、ずっと帰るのが夢だったの」


マロは少し首を傾げたが、何も言わなかった。


「それに、私、マージェレのすごい所やすてきな所を世界中の人に知らせたくって、それで文章を書く仕事を選んだんだから」


「社会の矛盾を追求するとか、じゃないんだ」


とマロが答えた。


「うーん、新聞社だとそういう考えの人が多いんだろうけど。私のやりたいことは、もっとこう、人の心を動かすというか」


言いながら、マータは現実とのギャップが恥ずかしくなって口ごもった。


「マージェレにいたら、やりたい仕事が出来るのかい?逆に首都に出たほうが、かえって地方を扱う仕事が多いかもしれないよ。仕事の絶対量が違うんだから。社会人の先輩として言わせてもらえばね」


マータは返す言葉がなくなって、押し黙る。その様子をみてマロは


「余計な口出しをしてすまない」


と、なだめる様に付け加えた。


「ううん、言われることはきっとその通り」


つらい現実ってやつだ。


「すまないついでに、精算をしてしまおうか」


マータは無理やりに笑って見せた。


「今日のマロさんは、なんだかビジネスマンって感じ。てきぱきしているよ」


マロは苦笑いしただけだった。


 その夜、マータはベッドの上で考えをまとめようとした。マータがマージェレでの就職しか視野においていなかったことに、他の説得力ある理由はないだろうか。一つには、マージェレには気心のしれた親友ミリアがいて、ルームシェアに応じてくれたことだ。もし首都に移り住むとなったら、首都で働く華やかな若い娘の中から、ルームシェアしてくれる相手を探すことになる。あ、ミリアが華やかじゃないっていうわけじゃないけど、と心のなかでミリアにフォローをいれる。ミリアは優しい。マータが地味だからといって馬鹿にしたことなんてない。他の友だちと遊ぶときにはマータを誘って、というあたりで、ケイレブのことを思い出してしまった。


 マージェレにいればいつかケイレブと仲良くなって、結婚してそのままマージェレに住める、みたいな計画が、マータの中にあったのだろうか。マージェレに住むためにケイレブを好きになる、のも、ケイレブと親しくなるためにマージェレに住む、のも、どちらも不純だ。


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