91.信者――妄信から破滅に至る道
睫毛が繊細に震え、そして。
主神の瞳が光を取り戻していく――その周囲を取り囲むのは、美貌の勇者様(女装)と可憐なカリスマ☆エロ画伯(女装)と銀縁眼鏡が良くお似合いのりっちゃん(何気に初の女装)。
中々に狂気を感じさせる光景だった。
違和感のない女装男衆(全員二十代)三人が、少年の姿をした神を取り囲んで見下ろしている。
女装男が三人もいて、一人も違和感を覚えさせない女装の完成度が恐ろしい。
今の彼らは事前に本来の性別を知っていなければ、大柄な女性にしか見えないだろう。
この場面、こんな面子で取り囲んだ状況で……どうしようと、本気で勇者様は思い悩んだ。
だけど可憐な女装画伯(どう見ても十代の美少女にしか見えない)が、強い語調で急かしてくる。
本気か、面白がっているのか、真意は不明だが勇者様に主神から距離を取るように……と。
「急いで離れて! 勇者く……勇者子ちゃん!」
「だからその呼び名を定着させるのはやめ……やめてちょうだい!?」
うっかりいつも通りに口走りそうになるも、土壇場で己の姿(女装)に気づいて思い留まる。
慌てて口調を変えるも、勇者様の精一杯の女言葉は……声がひっくり返っているし、違和感が凄まじかった。
その声がトドメだった。
主神の意識が、戻ってくる。
まずその目に映ったのは……人とも思えぬ、勇者様(女装)の美貌。
ただし額に第三の目つき☆
神の寝起きで蕩けていた目が、カッと見開かれた。
すぐさまに跳ね起き、強張った顔で距離を取る。
その手は体の動きとは別に不穏に蠢いて……離れようとする一瞬の刹那で、勇者子ちゃんの全身に延ばされていた。
しかし勇者子ちゃんが信者を相手に今までの人生二十年で積み上げた経験も伊達ではない。それはちゃんとしっかり蓄積されて、勇者子ちゃんの経験則となっている。
ぞわりと、悪寒がした。
ただその一事を理由に、彼もまた跳び退っていたのだ。
自分からも距離を取ったことで間一髪、延ばされた腕の間合いから外れていた。
少年姿の神の指がかすめるも、決定的には触れられなかった場所。
相対していた勇者様にはわかった。
狙われていた部位が、女性の有する絶対的不可侵の象徴……胸部だということが。
親しくもない初対面の女性相手に、いきなり手を伸ばして許される場所ではない。
現在、そこにはリアンカちゃんによって容赦なく詰め込みまくられた偽乳が入っているのだが。
例え偽物だろうと女性を装っている今、そこを狙うのは礼儀に反する。
「……どういうつもりだ?」
勇者様の口調も、自然と詰問するものになる。
固く強張った声に、主神はなんと答えるつもりか。
主神の前評判を思えば、不埒な理由からかと考えるところだが……
だが、恋愛的な意味で異性に狙われ続けてきた勇者様の経験が、培われた直感が違うと告げる。神の目は冷え切り、そこに異性へと向ける色めいた熱情はない。逆に勇者様のことを推し量ろうとする慎重な理性が窺えた。勇者様は思った……観察されている、と。少なくとも警戒されているのは確定だ。
「……」
「……」
まるで戦う前の、実力の探り合いめいた一連の流れ。
思わぬ展開に、りっちゃんとサルファ(同行者二人が飛び出していったので隠れるのを止めた)は、驚きからか目を丸くしている。だけど画伯だけは、この展開を予測していたとでも言いたげに、片手で己の愛らしさ抜群☆の顔を覆っていた。
「惜しいな」
主神の少年姿に相応の声は、しかし若々しい柔らかさを排して固い。
嫌そうな顔を隠しもせず、勇者様の顔を凝視している。
「本当の女であれば、躊躇いなく手に入れてしまいたい程の美しさであるのに。……やはり、男か」
「な、なんでわかった……?」
美意識、玄人根性。それらの強い面々に施された女装である。
勿論、ネタ特化に走ったまぁちゃんの時とは違って完成度も完璧だ。
なのに、それを見抜いた、だと……!?
勇者様は、素直に狼狽えた。(正直者)
主神にカマをかけたという雰囲気はない。そこには確かに確信があった。
もしも勇者様が本当に女性だとして、己のいったことを実現させていれば待ち受けていたのは悲惨な未来であっただろうが、それを知る由もなく自信満々に胸を張っている。
「何故わかったか、だと? そんなもの……ちょっと触れればわかるわ! 例え確たる部分に触れるを失敗したとて、骨格や筋肉の動かし方を見ればわからん筈がない!」
「な……っこれだけドレスの下に布地を仕込んでおいたのに!?」
「どれだけ布を重ねて誤魔化そうと、我が前においては無意味!! 我が女性遍歴を甘く見るな!」
「くっ……ヨシュアン殿の言っていた『女体の玄人』ってこういうことか!」
その時、どこか少し離れた場所で。
こっそり隠れて話を聞いていた『誰か』が、手に持っていた扇をへし折った。握力のみで。
だがその音にも気づくことはなく、主神は別の何かに……勇者様の発言に、耳を傾けた。
「ヨシュアン……?」
気になったのはそこですか。
怪訝そうに呟く声が消えるより前に、その目が驚きに彩られて大きく開いた。
「まさか、まさか……最近、下界の人間共の、若い男達の間で人気を博している、ヨシュアン画伯? 謎の、幻の、偉大なる『芸術家』…………! カリスマ☆ヨシュアン画伯大先生のことか!!?」
その瞬間。
主神の言葉を耳にしたほぼ全ての魔境関係者が転倒した。
せっちゃんだけは「ヨシュアン凄いですのー! 有名人ですの!」と喜んでいたけれど。
勇者様は……
「な・ん・で……天界にまでヨシュアン殿の名と業が知られてるんだー!」
可哀想に。耐えられなかったのでしょう。
勇者様がドレス姿のまま器用に放った飛び蹴りは、主神の顔面に見事に命中していた。
軽い音を立ててドレスの裾裁き気にすることなく着地すると、返す動きで次は主神とは別の方向に跳ぶ。
……画伯の顔面に、飛び膝蹴りが食い込んだ。
しかもその後、りっちゃんがさり気無く画伯を踏みつけていた。
「ええっと……信じたくはないが、話を纏めると?」
困惑顔で水を向ける勇者様。
その眼前には、正座で座り込む女装画伯と主神の姿。
話を促され、まずは緑髪の女装が手を挙げた。
「自作のエロい本描いてます。作ってます」
「知っている」
「売ってます☆」
「そのことはこの場の全員が知っている……!」
サルファが無言でこくこくと頷いて同意を示し、以前被害を受けた(※『新米女教師りっちゃんと20人の淫獣たち』)りっちゃんが露骨に不愉快そうな顔をする。
そんな、ただ中で。
少年姿の主神は、まるで本物の少年の如き超キラキラと輝く顔で。
隣で正座するヨシュアンを見て、言った。
「崇拝者です」
なんと、画伯の芸術は天界の女好きも釣っていた(驚)。
偉業だった。
そりゃ【業運の腕輪】も上限振り切れ突破するというものである。
だけど主神が少年の姿では外見的にアウトだ。
実際はセーフでも、絵面がアウトだ。
勇者様の頭が、本格的に頭痛を訴え始めるのも仕方ない。
「どんな経緯をたどれば、天界にまで普及するんだよ……!!」
勇者様が頭を抱えた。いつものことだった。
「大体、天界の神々は魔境の住民を避けていたんじゃなかったのか?」
「何を言う。こちらとて、画伯が魔境の民であったなどと今日初めて知ったことだ」
「それで良く崇拝者だなんて名乗れたな……」
「画伯の素晴らしい才知と創造性の前には、我らのしがらみも出身地どうのこうもも、如何なる種族かも問題ではない……それは画伯の偉大さの前には所詮些末事よ」
「確かにこれは崇拝者だ……! ヨシュアン殿!? 一体、何をどうすれば崇拝される側の神にここまで心酔されるんだ! 一体なにをした」
「えー……俺、何もしてないよ?」
「嘘を吐くな……! 何もしてなくて、こんな酷い事態に陥るか!」
ちなみに主神のエロ本入手経路は、
画伯(出荷) → バードさん(卸) → レオングリス君(出資、販売) である。
画伯の芸術(笑)は、勇者様のお国ではレオングリス君後援のお店で販売されているらしい。
ただし流通窓口がバードさんに限られるので、月に一度の販売会限定での取引だとのこと。
実際に何が売られているのか知らない人々は、その販売会を『闇市』と呼んで様々な憶測を重ねているらしい。
闇市で何が行われているのかと興味本位で覗いたが運の尽き。
主神も月に一度、奥方様の目を盗んでこそこそと『闇市』に参加しているらしい。
滔々と「画伯素晴らしい」と語る主神。
その真直ぐな好意に、洗脳されているんじゃないかとすら思えて来る。
画伯の側に洗脳する意味がないからこそ、本当にそうだとは思わないが。
画伯は自分にキラキラと少年の如き純粋な眼差し(不純な純粋さ)を向ける主神に露骨に困った顔をしている。目の前にした崇拝者のナニかが振り切ってしまっている賛辞の数々に、自然と愛らしい顔は引き攣った。
「えーと、さ。もしかしてなんだけど、さ……」
困った、とますます顔を情けなくしていきながら、画伯は歯切れ悪く言葉を繋ぐ。
実は、画伯には主神に並びたてられた賛辞の数々になんか心当たりがあった。
まさかここで、それを思い出すことになるとは欠片も考えていなかったのだけど。
「君……『絶々無敵』さん? それか、『雷神王』さん?」
そうして迷う素振りを見せながらも画伯が口にした固有名詞は、なんだか人名っぽくないナニかだった。
画伯が口にしたのは、本当に人名という訳ではない。
ここ数年、具体的に言うとバードさんによる人間の国々へのエロ本行商が行われるようになってから、人間の国に各地を巡るバードさん経由で人間の国々から届けられるようになった手紙……読者のお便りに、度々見かけるモノだった。
人はそれを、ペンネームと呼ぶ。
画伯の作品を読んで感銘を受けたと、感想や要望を手紙に書いて送って来る者は多くいる。
その中でもやたらコアで際どいネタの要望と画伯への賛美に満ちた特徴的な熱くて厚いお便りを送って来る二人……それが『絶々無敵』さんと、『雷神王』さんなのである。
画伯は、確信していた。
あ、これ絶対、この主神あの二人のどっちかだ……と。
そう確信を抱く位、主神が訴え続ける文言は送られてきたお便りの内容に通じる部分が沢山あった。
そして、それは確かに当たっていたのだろう。
主神は、より一層キラキラと……どこまで輝けるんですかアナタと言いたくなるくらい、輝いた顔で。
白くてすべすべのほっぺを赤く染めて、嬉しそうにはにかんだ。
「画伯、手紙を読んでくれたんですね! 光栄です……そうです、私が『雷神王』です!」
そうして神は、嬉々として自白した。
そう、それは……自白の第一歩であったのだ。
エロ本の愛読。
果たしてそれが奥方様的に浮気に該当するのかしないのか……そこが問題だ。
奥方様
「読書傾向の偏りは……目くじらを立てることでもない、か?」
実際に生身の女性にちょっかいをかけられるよりは許容範囲内の模様。




