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90.振り返ればトラウマ

最近忙しくって、中々続きが書けません。

大分お待たせして、皆様申し訳ありません。



 状況の仕切り直し、混沌に掻っ攫われた出会いをやり直す為。

 眠らせた主神の小柄な体を担いで青いドレスの女装野郎、勇者様は森を疾駆する。

 イソギンチャクが追ってこれない、距離の開いた遠い場所まで。


 そんな二人の姿を、後から隠れ潜んで追跡する者達の姿があった。

 誰であろう、リアンカちゃん達である。



「お前達、首尾はどうか」

「あ、奥方様ー。ナイス追い立て」

「……ふむ。どうやら無事に我が背の君と接触できたようだな」

 ですが目で追う勇者様と主神の後姿は、どこからどう見ても少年の拉致現場。

 とてもではありませんけど、色仕掛けで勾引かしているようには見えません。うん、力技だ。

「背の君は気を失っておるようだが」

「あ、ちょっと精神に大きな痛手を受けるようなことがありまして。ええ、それはもう大打撃だったみたいですよ? ちょっと初遭遇生物(なまもの)の刺激が強かったみたいです」

 より正確に言うのであれば、イソギンチャクへの拒絶反応から錯乱して手が付けられなくなり、勇者様が怪しい薬(※私からは何の薬か判別できませんでした)で昏倒させたんですけど……些末な事ですよね! そこは割愛しましょう。

「なまもの、とは?」

「イソギンチャクです」

 大真面目に頷いて見せる私。

 そうしたら何故か、奥方様が理解を諦めました。

 なんでですかねぇ?

「背の君は、心が弱っておいでか……?」

 これは精神科医(ゆめのかみ)を呼ぶべきだろうかと、奥方様は難しい顔で思案する。

 大丈夫、貴方の旦那様はその点においてはまともです。奥方様。

 全てはマッスルポーズで詰め寄るイソギンチャク共が目に優しくなさ過ぎたせいなのです。

 尤も、傍観する立場の私達は、離れた所で爆笑しながら見物していましたけどね!

「イソギンチャクが原因で、気絶……? 我等が長は、特に軟体動物や海洋生物を不得意としてはいなかったはずですが……」

「……あれ? 奥方様、この方だれですか」

 ふむふむと自身の顎を撫でながら、何故か私の隣で主神を見物する神が一柱(ひとり)

 何やら、知らぬ間に面子が増えていました。

 誰ですか、このひと。

「初めまして、こんにちは。主の無様な醜態を見られるかもしれないと聞き、馳せ参じました。私はこの神群の長である主神の伝書鳩総元締め。盗人(ぬすっと)と詐欺師を守護する伝令の神。仕える主の愚かな珍行動を見物できるとなれば、動かぬ訳には参りません。是非とも堪能し、和ませていただきたいものです」

「奥方様、どこから連れてきたんですか? この心根の歪んでそうなドS」

「連れてきたのではない。ついてきたのだ」

「はあ」

「私のことは喋る人型の鳩だとでも思ってお気になさらず捨て置きください。クックドゥードゥー」

「逆に気になります」

 この神様は主神の敵でしょうか……。何か怨みでもあるんですかね。

 伝令という職務上、多分位置的には側仕えに近いと思うんですけど……身近な存在であるはずの側近が裏切者臭を漂わせているのは如何なんでしょうか。人望という一言で片付けるには深い闇を感じます。

 微妙な気持ちになりながら考えに没入していると、動きの無かった標的の変化を告げる声が聞こえました。

「あ。主神がそろそろ目を覚ましそうですよ、リャン姉さん!」

 伝令神の真意が気になりましたが……場に訪れた変化に、有耶無耶に流すことになりそうです。



 ~その時、勇者様は~

 その時、勇者様は悩んでいました。

 理由は超簡単。色仕掛けのやり方がわからなくって!

「取敢えず、自分が今までにドキッとしたことを参考に……思い返してみるか」

 ――と、己の経験を参考にすべく過去を振り返ったのですが。


 ―勇者様の『ドキッとしたことBEST』―

 十位:三歳の時、深夜、侍女に誘拐されかけた。

 九位:出会い頭に血走った目で「結婚して」と叫ばれた。

 八位:意識を刈り取られて、目が覚めたら拉致されていた。

 七位:あまりにもバケモノ過ぎるイソギンチャクとの初遭遇。

    しかもその後、戦闘中に十一回くらい食われかけた。

 六位:明らかに正気じゃない目の血走った女性に、夜道で追いかk……


「――やめよう。深く思い出すな、俺」

 ドキッとした経験は数あれど、そのほとんどが恋愛とはかけ離れた『ドキッ』だった。

 むしろ別というか逆方向だ。恋なんて芽生えそうにない。

 これはもう精神的外傷(トラウマ)の記録と言っても過言じゃない。

 ほの甘酸っぱいカオリなど皆無。いっそ血と汗と涙のニオイが付きまといそうだ。

「ええ、と……身命の危険を伴わない、恐怖を除外した『ドキッとしたこと』………………ああ、そうだ。膝枕、か」

 あまりにも灰色味が強過ぎて、参考にもならない己の過去に虚しさが沸き起こる。

 だけどその中でも掻き分け、振り絞り、細かいところまで探した結果。

 勇者様が思い当ったのは、『膝枕』だった。

「……うん。目が覚めた時、女性の膝の上だったらドキッとするよな」

 自信はあまりない。

 それでドキッとするのか、自分でも半信半疑でありながら……勇者様は、己の膝に主神の頭部を乗せることにした。

 男と女では体のつくりが違う。

 骨格も、筋肉のつき方も。

 例え女装をしたとしても、そういった『身体的な特徴』まで女装することは難しい。

 それでも下着の力やドロワーズの重ね履きなどで補正していたが……不安になりながらも、膝程度、と。

 勇者様はそう思ったのだけど。


 だけど、主神の頭部を膝の上に落そうとして。

 そこで彼の判断を誤りだと。

 思い留まらせようと、血相を変えた顔と一緒に大慌てな声が響いた。


「駄目だ! 勇者君、その『少年』を体に触れさせちゃいけない……! そいつ、女体の玄人(プロ)だ!」


 なんだかよくわからないことをほざいて、止めて来る。

 それはヨシュアン画伯の声だった。

 そして勇者様は。

 茂みから飛び出てきた彼に、ツッコミを入れずにはいられないのだ。

「女性の玄人ってなんだ意味わからn……ってなんだその恰好はぁぁあああああ!?」

 本来言いたかった内容も、途中から別の意識に取って代わられた。

 指摘せずにはいられない、そんなヨシュアンさんの格好。


 ヨシュアンさんは……煌びやかな女装姿で、そこにいた。


 まぁちゃんを雄姐さん、勇者様を雄姫さまと例えるのなら。

 さながらそこにいるのは雄嬢さんといった感じだろうか?

 決して『雄嬢さま』ではなく、『雄嬢さん』である。

 スパンコールを散りばめた、キラキラ光るバルーン型のスカート。

 緑のベルベットリボンで引き絞られた、白いふわふわのブラウス。

 そして胴のくびれを強調する、赤い革製のコルセット。

 黒いタイツに覆われた足は優美な輪郭を描き、黒い手袋に覆われた腕は勤勉さの奥に隠された滴るような色気を感じさせる。

 愛らしさ抜群の美少女めいた顔は、化粧こそ急ごしらえだったが……素地の良さが、自然と魅力を高めていた。

「ヨシュアン殿、なんだって女装しているんだ……!!」

 膝に主神の頭が乗っかっていなかったら、きっと勇者様は地に伏せて嘆いていた。

 頭痛を覚えたのか、上半身がくらりと揺れた。

「勇者君を援護射撃出来るかなーと……って、それは良いんだ!」

「良くないだろう!?」

「良いから! それよりも早く! 主神が目を覚ます前に急いで体から主神離して! 直接触れたらいけない」

「それは……主神が、女性の玄人(プロ)、だからか」

「うん、そう」

「………………意味がわからない! なんなんだ、君らは……俺の理解力に挑戦しているのか!?」

「そんなつもりはないのですが」

 茂みから上半身を生やしたヨシュアンさんの隣、やっぱり茂みの脇から激しく枝葉の揺れる音と共に、もう一人飛び出してきた者がいる。

 ヨシュアンさんと共に行動をしていた、りっちゃんである。

 困ったような声に、勇者様がそちらへ視線をやると……

「……って、リーヴィル殿!? 貴方もか! 貴方まで! 何故っ」

 そこには、りっちゃんがいた。

 女装した、りっちゃんが。

「っだから、なんで女装なんだよぉぉおおおおおおっ!!」

 叫ぶというよりも、もう吠えるような声で。

 目の前の理不尽に嘆く勇者様の声は、森の木々を大いに揺らした。

「やっぱり試されている……俺の、精神力を試しているんだろう……?」

「いやいやー。ホント、そんなつもりはないって。マジで」

 顔を引き攣らせる勇者様に、手をひらひら振って否定するヨシュアンさん。

 本当にヨシュアンさんにそのつもりがないのか……勇者様にとっては疑わしい限りだ。

 だが、勇者様はヨシュアンさんの予想外の姿に動揺したこともあり、騒ぎ過ぎていた。

 まだその膝の上には、主神の頭。

 だけど勇者様がヨシュアンさんを相手にツッコミを入れたり何たりとしている間に……主神の、閉じられていた両の瞼が震えた。


 そうして、ゆっくりと開かれていく。


 女装と、女装と、そして女装に囲まれた。

 深い森の奥という、混沌の現場で。


 主神が再び錯乱しないことを祈る。

 




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