84.結果論の話をしよう
どうにも、中々話が進みません。
今回も進んだとは言い難い……もうちょっとお話をまとめて小さく畳めるようになりたいものです。
見事な消去法、見事な自己犠牲により、他に適任がいないってことで生贄に決定した勇者様。
女装男に陥れられる旦那を見守る羽目になる奥方様は、鷹揚に微笑みながらも少しも笑っていない目で「最近、調子に乗っている背の君を諫める良い機会だ。やれ」と素敵にGOサインを出して下さいました。
なんか、最近ぜんぜん神殿に帰ってこないそうです。
その一因にうちのご先祖様が絡んでいるような気がしないでもありませんが……余計な火に油を注いで、飛び火もらうこともないでしょう。黙っておきます。
代わりに、鍛冶神様から美の女神捕獲目的で大量に譲渡された『神もガッチリ掴んで離さない☆彡』という煽り文句が付けられそうな、やたら禍々しく仰々しい手錠を幾つか献上しておくことにします。
こういう怒らせたら洒落にならなさそうな女傑は、ご機嫌伺っておくに限ります。
ついでに同性の敵が多そうな美の女神に関して、捕獲して旦那様に送り届けてあげたい旨を婉曲に言っておきました。私達の行動目標の一つであり、御助力いただけたら嬉しい案件ですね。
そうしたら、案の定。
あの女神、やっぱり主神の奥方にも喧嘩を売ったことがあったみたいです。
いや、喧嘩を売った訳じゃないのかもしれませんが、なんか敵対するような……地味に不幸を願われるような確執があったようです。
主神の奥方様は、それは麗しい、無邪気な微笑みで。
快~く、美の女神を売り渡すことに了解をくれました。
うん、なにやった美の女神。
――ご先祖様曰く、なんか随分と昔の話ですが、美の女神と主神の奥方様と、あともう一柱の女神とで美貌対決やったことがあるんだそうな。
ここの神族で一番の美女は誰だ!?っていう嵐の予感しか感じさせない傍迷惑な物議が醸された結果、我こそはと名乗り出た自意識過剰な女神様達による女の戦いが勃発したそうです。
面子は主神の正妻、主神の叔母(美の女神)、主神の娘(戦女神)……見事に身内で固められているじゃないですか! 主神の親族どうなってんですか!
誰が一番の美女として認定されても、厄介なことになる気しかしません。
神々もそう思ったようで、というか神々こそ誰かを選んだ瞬間に他の女神から攻撃されると防衛本能が警鐘を鳴らしたようで、見事な危機回避に走りました。
自分達が選んでも公平にはならないと言い訳して、下界からこれぞと選んだイケn……判定者を連れてきて、誰が一番の美女か選ばせたそうです。
三女神もただ選ばれるのを待つのではなく、それぞれ判定者に自分の売り込みを欠かさなかったとか。
自分を選んだらこんなに良いことがありますよ、と。
奥方様が栄光を、戦女神様が必勝を、美の女神が当時地上で一番美人だった女性(人妻)との結婚を約束したそうな。っていうか賄賂ですよね、それ。
………………そんな露骨な報酬をちらつかせて得た美女の称号が果たして公正だったと言えるのか否かは置いておいて。
判定者が選んだのは美人な嫁……じゃなくって、美の女神だったそうです。
そして案の定、特大の確執が残りました。
なんかその後も、盛大に血で血を洗う泥沼の展開が神々も地上も巻き込んで盛大に暴発したって話なんですけど……地上も巻き込まれたんですか。きっと人間さんの国々のどこかですよね。
うっわぁ、すっげえいい迷惑。
逸話が何か人間さんの国々にも残ってるんじゃないですか?
そう思ってチラリと勇者様のお顔を見てみると……あ、心当たりあるんですね。
勇者様は両手にお顔を伏せて、がっくりと項垂れておいででした。
この様子を見るに、多分勇者様のお国も巻き添え食ったんだろうなあ……。
ご先祖様からの情報で思わず女神同士の確執について思いを馳せてしまいました。
でも奥方様的には、美の女神なんかよりもずっと浮気者の旦那のことが重要なようです。
……まあ、関わり的にもいくら目障りだろうと旦那の叔母より、旦那の方が比べて存在が重くなるのも仕方ありませんよねー。
「背の君も仕方のない方。あの女癖の悪さは、病といって過言ではない。……下界の民達よ、一つ尋ねよう」
「なんか碌でもない事聞かれそうな予感がしますが、なんでしょうか」
「なに、大して難しいことではない。深く考える必要もなかろう。古今東西、妾と同じ悩みを持つ者は多くいたことと思うが……浮気者の困った旦那様を諫め、窘めるに良き提案はなかろうか。なんぞ身近に良き例、妙案があれば教えておくれ。もしも此度も浮気、という結果になってしもうたら――折檻せねばならんだろう?」
「はい、難題来ましたー!」
え、え、え!? 浮気男の誅し方、ですか!?
そんな難易度の高い……責め苦を味あわせるにも、浮気する旦那さんの性格や趣向は千差万別でしょうし。適した罰し方は人それぞれ違うでしょうし、夫婦の数だけ豊富にあるものだと思うんですけど。
というか、恋人すらいたことのない私には荷が勝ちすぎます、その疑問。
私は助けを求めたい一心で、少なくとも私よりは人生経験が豊富であろう人を……具体的に言うと、りっちゃんを見つめてしまいました。
……この場で最も人生経験豊富なのはまず間違いなくご先祖様ですけど、なんかご先祖様には怖くて聞けるきがしなかったので。
私はご先祖様から視線を逸らしつつ、りっちゃんの袖を引いて問いかけます。
「浮気男の処置って、どんな処理したら良いの!? りっちゃん……!」
「そこでどうして私に問いかけるんですか!」
「他に聞ける相手がいなかったからだよ! なんとなく、この面子じゃりっちゃんの答えがベストっぽい気がしたから!」
思いっきり正直に、思ったままを言ったのですが。
私にそう言われて、りっちゃんは何やら難しそうなお顔で唸りだしてしまいました。
あ、そんな真剣に悩まなくっても良いんだよ!?
取り敢えず、さらりとで良いからりっちゃんの意見を聞いてみたいだけなんだけど。
私がその旨を伝えると、今まで悩んでいたのは何かと聞きたくなるくらいに、さらりと。
りっちゃんは思わず本音が出たってくらいに自然にさらっと言いました。
「私が浮気男の妻の立場であれば、去勢一択ですね」
「極端だね、りっちゃん!」
「まず真っ先に取り返しのつかない意見が……! あの顔、相手に情状酌量の余地があろうとヤル気だー!」
「情状酌量の余地? そんなもの、浮気が成立している時点で消滅です」
「さすがに手厳しいな、リーヴィル……っ だけどその意見はやめて! ひゅんってなる、なんかひゅんってなるから!」
「では、貴方であればどうするのです。ヨシュアン」
「え? 実名晒した上で本人がモデルってバレバレな飛び切り卑猥な作品が爆誕する」
「そっちはそっちで取り返しのつかない事態に……!」
二人の容赦ない浮気への報復案に、勇者様が蒼白です。
本人に後ろめたいところは欠片もないはずなんですが、相手が浮気男だろうと我が身に置き換えてしまえば恐ろしさが先に立つのでしょう。
ちなみに、他の面子にも意見を聞いてみたんですけどね?
「浮気? 原因は何か分析して潰せば万事解決です。つまりは――ぶつ切り、とか?」
「再犯を防止したいんなら、ぶった切れば早いと思う」
何故か竜の二人はどっちも『ぶつ切り』という案を主張してきました。
わあ、手っ取り早いにも程があるね!
というか去勢という意見が多くて対処に困ります。
私が直接手を下す訳じゃありませんが、奥さんの立場的にどうなんでしょうか……
「その方法には一時の抑止にはなっても永続的な効果は見込めなんだ。背の君の回復力では、平均で一週間もあれば完治してしまう。今までがそうであったからな」
……あ、問題ないみたいですね。
というか既にとっくの昔に実行済みだった模様です。
恐ろしい……さては奥方様、恐妻ですね! もしくは鬼嫁でも可!
「今までに四度ほどちょん切ってはみたのだが、その場限りの反省や謝罪は得られても長続きせぬ。一時的な措置にしかならんの」
「次で五度目ですね。そんなに切られて懲りないとは……」
「なんか残酷な昔話がはじまった――!?」
「最後に切り落としたのは数百年前だが……まだ四百年しか経っておらんのに、もうあの時の誓いも謝罪も忘れ果ててしもうたらしい。不死身というのも、時と場合によっては厄介なものよ」
「脳細胞も回復すれば良いのにね」
「リアンカ、その感想はどうなんだ……」
「でも怖ぇ、怖えぇよ……いくら復活するからって、ちょん切るのはいくらなんでも!」
「それはちょん切って良い部位じゃないんだ……! 男のプライドなんだよ!」
男性陣の一部、というか特にサルファとヨシュアンさんが顔を真っ青にして怯えています。
若干ぷるぷる震えている様子がわざとらしいので、たぶん演技でしょうけれど。
大げさな反応は演技っぽいんですけど……でも怖いことは確かなんでしょうか。
よくみたら、冷や汗が……
勇者様も疚しさゼロだろうと恐怖せずにはいられないらしく、変な汗をかいています。
女の私にはよくわかりませんけど、「ぶつ切り」にされるって考えただけでそんなガチに怖がるほど、『男のプライド』とやらは守りたい部分なのでしょうか。
「なら、プライドならプライドらしく……へし折ってみます?」
「リアンカちゃんは鬼だー!」
ちょっとした冗談だったんですが、ヨシュアンさんに泣かれました。
え、泣くほど?
男衆の反応を見て、後々再生するとしてもやっぱり「切り落とす」ことに意味はあると思ったのでしょう。奥方様は何やら納得の頷きを繰り返し……妙に鋭利な輝きを放つ刃物の準備を始めました。
あ、うん、切る気ですね。本気で。
我らが無邪気なせっちゃん以外の全員が、さりげなくすすっと女神様の刃物から視線を逸らします。
さすがに、ハサミはどうかと思うんですよ……
「リャン姉様、リャン姉さまー」
「ん? なぁに、せっちゃん」
「さっきから皆、何を怖がっていますの? ちょん切るって何をですのー?」
おっと、どうやら無垢なせっちゃんは話の脈絡を理解していなかったようです。
どうしようかな、僅かに思案してしまう。
せっちゃんの情操教育的に、教えていいものか駄目なのか。
そこのところの判断は、保護監督責任のあるまぁちゃんに任せたいところなんですけど。
でも一人だけ話の流れを理解していないっていうのも可哀想。
だけど私に上手く伝えられるかどうか。
ちょっと悩んで、説明をヨシュアンさんに押し付けてみることにしました。
ヨシュアンさん、冷や汗だっらだらです。
「あー、えー、えぇっとー……姫殿下、裏切り者の浮気者がいるとして、その男からもぎ取るべき部位といえば?」
「くびー!」
「せっちゃん可愛い!」
「た、確かに可愛いが……物騒極まりない! 誰の影響だ、まぁ殿か!?」
「おぉっと予想外。めっちゃ愛らしく全力でお答えいただいちゃったけど正解はそれじゃないぞー。説明できるのか、大丈夫か俺ー」
なんか情操教育が、とか言いましたけど。
現時点で別の方向に、教育が悪いの今更でしたね。
結局即時効果のある、素敵な浮気男のお仕置き方法はこれ!という決定打が見つからず。
参考を求められて最終的に私が取り出したのは……
「……これは、二百年くらい前のハテノ村で薬師やってた女性が開発した薬なのですが」
その女性、私の大先輩にあたる薬師は、なんか被害妄想の強い方だったらしく。
薬師房にあった当時の日誌には、傍から見る立場限定で愉快な逸話がごろごろとありました。
特に、なんか顔のいい旦那捕まえちゃったとかで……旦那が浮気をするんじゃ、という被害妄想とは長くお付き合いすることになったそうです。
そこで彼女が旦那を引き留め、浮気させない為に開発したのがこちらの薬。
「あまり、お勧めはしないんですけどね」
それは、有態に言えば 毒 なんですが。
それも猛毒です。
解毒剤と症状緩和剤の二つの薬とセットになっているのですが、中々にえげつないんです。
「この毒を飲ませたら、あら不思議。全身の毛穴という毛穴から血が吹き出ます」
「容赦ないな、カバか!?」
「あ、血の汗じゃなくって血そのものですから。定期的に症状緩和剤を服用しないと流れ続けますよ! そして解毒剤を飲まない限り本質的には回復しないという凶悪仕様!」
「いくらなんでも凶悪過ぎだろ!? その薬師は夫に何の恨みがあったっていうんだ!」
「使用方法としては毒を飲ませて以後、毎度の食事を共にしないと発作(毛穴という毛穴から血の噴水)に見舞われるって感じになったそうです。なんでも、三度の食事のお供に緩和剤……ってのが定番だったそうで。結局旦那さんは笑って許して三食欠かさずお嫁さんと摂っていたそうなんですけど、その旦那さんの心が広過ぎて逆に怖いなぁって私は思いました」
なんかその旦那さん、嫁に毒を盛られて散々な目に遭ってなお受容しちゃうとか……こう言っては何ですが、なんか精神的な疾患でも患ってたんじゃないかと心配になります。
まあ、もうとっくの昔におお亡くなりになった過去の人物ですけど。
「あ、ちなみに私の薬師としての師匠に当たる先代が改りょ……改悪した、全身の毛穴という毛穴からお花が生えて咲き乱れるっていう奇怪な毒薬が……」
「怖っ う、うわ、ぞっとした! いま、ものすっごくぞわっとした……! 想像しただろ気持ち悪い! 全身の毛穴から花が咲くとか、どんな悪夢だそれぇ!!!」
ぞわぞわが襲ってきたのは本当なのでしょう。
勇者様の腕には寒イボがぶわっと発生しています。
私も正直、その現場に居合わせるのはご遠慮願いたい。
……でも、何故か。
私の説明を聞いて、本当に何故か……説明、ちゃんと聞いていたはずなんですけどね?
何故か奥方様が乗り気です。
あははははー、私が持っている毛穴という毛穴から血が噴き出す毒薬と、毛穴っていう毛穴からお花が咲いちゃう毒薬、どっちも両方ほしいんですってー。
……いったい何に使うつもりなのか。
怖すぎて、追及しようっていう気にはなりませんでした。
なんだかんだで、今まで。
主神が女装勇者様の色香に惑って浮気しようとする、という可能性しか語っていないわけですが。
奥方様にすら「浮気しない」可能性を示唆されずにいる主神……
未だお会いしたことのない方ですが、周囲にどう思われているのか、どんな方なのかむしろわかりやすすぎて……まあ、最初っから方針立てやすいし、対処方法も決めやすいってことでこれはこれで良いのでしょうか?
取り敢えず夫婦間のあれこれについては、口を出さない……いえ、「私は何も見なかった」の精神で、精神的に大打撃を食らいそうな諸々からは目を逸らすに限る。
私は、どうしてもそう思ってしまうのでした。




