77.異形の姿
アスパラの爪痕が大きすぎて話の筋を忘れた!という方がいらっしゃるようなので。
今回の冒頭は、「いままでのあらすじ」からになります。
~今までの粗筋~
地上の生ける宝石、勇者様が神に囚われた。
その身柄を案じた村娘リアンカは魔王を引き連れ、神々の世界―天界―へと赴く決意を固める。
神々に封じられていた古の悪魔に力を借りて、彼らは天界へと至る。
だがその時には既に勇者様の所属は天界の籍へと移っており、ただ救出しただけでは取り戻すことが出来なくなっていた。
勇者様を真に取り戻すには、彼を加護していた神々の試練に打ち勝たなければならない。
天界で出会った先祖に導かれ、村娘達は神々の神殿を巡る。
勇者様を加護する神は、『陽光』・『美』・『愛』・『幸運』そして『選定』――
しかし最初に訪れた『幸運の女神』の神殿で、試練の最中に仲間の一人と離ればなれになってしまう。
はぐれてしまったのは、魔王の妹。
直ぐに所在は知れたものの、それは直ぐに合流できる距離ではなかった。
妹の身を案じた魔王は、仲間達の元を一時離れる。
己の妹を、迎えに行く為に。
単身飛び出した魔王だが、彼はその進路をすぐに変えることとなる。
勇者様を加護する神の一柱『陽光の神』との出会いから、そうせざるを得なくなったのだ。
神との勝負の末、魔王は『陽光の神』のお陰で『美の女神』と対面を果たす。
そうして、魔王と『美の女神』の追いかけっこが始まった。
一方、はぐれた魔王の妹は勇者様との合流を果たしていた。
魔王の妹の口から自分を救出する為に村娘達が天界へと来ていることを勇者様は知る。
勇者様の世話を美の女神に命じられていた人神のティボルトは、そのことに激しい感情を見せた。
彼の境遇は、勇者様と同じ――女神に地上から攫われ、本人の意思に関係なく神の一柱に加えられたのだ。
自分達を助けてくれる者はいなかった。
だが勇者様には助けに来てくれる者がいるという。
羨望と憎悪。自分の境遇と勇者様は関係ないとわかっていても、ティボルトは激高せずにいられなかった。
彼の放った矢が、勇者様に突き刺さる。
その矢は、『愛の神』に授けられたという『黄金の矢』。
人を恋に突き落とすという、神器であった。
勇者様の身柄を取り戻す為の根回しに『鍛冶の神』の神殿へと訪れた後、村娘達は『愛の神』の神殿を目指していた。
『愛の神』は勇者様を加護する神の一柱である。
村娘達は、『愛の神』の試練を受ける為に『愛の神』に会おうとしていた。
その道程で、村娘達は勇者と再会する。
『美の女神』の神殿を脱出し、魔王の妹と彷徨った果てに……『黄金の矢』によって変わり果ててしまった、勇者様と。
あまりに酷い恋着に、村娘達は「勇者様を正気に戻さねば」と強く思った。
その為に、未知の領域に――『勇者様の精神世界』に足を踏み入れることとなったとしても。
そうして、『黄金の矢』の影響を勇者様から払拭し。
今に至るという訳なのだが……
「――って感じなんですけど。そこらへんのこと、どのくらい覚えていますか? 勇者様」
「待て。今の説明だと俺の額に目が生えた経緯がさっぱりなんだが……!」
情報の共有が必要でしょうと、そう思った訳で。
今までの成り行きだとか、私達のやってきたことだとか。
取りあえず、私達と勇者様が再会するまでのあれこれを語ってみました。
何故か勇者様が頭を抱えておいでです。
でも勇者様の額に目が生えた経緯なんて、その場にいなかった私が詳しく知るはずありませんよね?
……ポーチに入れていた『額に第三の目が生える薬』が紛失していたとしても。
同じポーチに入っていた筈のアスパラが、再開した時勇者様と行動を共にしていたとしても……!
勇者様のマジ狼狽により、勇者様が何もかも、ぜ・ん・ぶ、忘れ果てて! 何ひっとつ、これっぽっちも、覚えていないことが発覚しました!
なんとなく予感はあったんですけどね! 起きた時、全部覚えていたら精神崩壊しそうだなっていう予感が!
これが勇者様の心の防衛機能による忘却なのか、それともそもそもそういう仕組みだったのかは判然としませんが。
……覚えていないものは仕方ありません。
記憶にないことを追求するのも色々と無駄です。
でも勇者様当人が、なんだか納得いってなさそうで。
覚えていないことを問題視して、自分が何をしたのか教えてくれと言います。
ええ、確かに再会するまでの経緯は説明しましたしね。
……どうやら再開後、今に至るまでの説明を求められているようです。
そう言われたら、応じるのも吝かじゃないんですけど。
だけど本当に教えて良い物でしょうか?
勇者様がとち狂って、アスパラにふぉーりんらぶ(爆)しちゃっていたなんて。
確実に精神衛生上、猛毒ですよ?
正直、思い出さない方が賢明だと思います。
思い出すきっかけになるような情報を得ることすら、控えた方が良いと思うんですけど……。
忘れているなら忘れているで、良いじゃないですか。
人間、知らない方が良いことの一つや二つ……十や二十、軽く存在しますから。
でもそれでも、きっと勇者様は知りたいんでしょうね。
ご自身のなさることには、きっちり責任を持ちたい方ですから。
私は神妙な顔を作り、勇者様に一つ提案をしました。
「言葉で説明しても構いませんが……言葉を尽くすよりも、手っ取り早い手段があります」
「それは?」
「……こちらをご覧ください」
そう言って、私が勇者様の前に突きつけるようにして掲げたもの。
それは。
「ふんだばー」
そのものずばり、アスパラです。
今度は勇者様の精神世界の、色々とアレなアスパラではなく。
百%純然たる、現実世界のアスパラさん(魔境産)。
それも勇者様が色々ととち狂って愛でまくっていた、問題のアスパラ……勇者様の無残な初恋のお相手です! あれを『初恋』とカウントして良いものかは悩みどころですけれど!
勇者様の眼前に突きつけられた掌の上で、ひらりらくるりとピンクのドレスを翻してくるりと回るアスパラ。
「ふんだばー」
そのまま、勇者様に向かって右手をぴょっこぴょっこと振って挨拶するアスパラ。
どこからどう見ても正真正銘のアスパラです。
無駄にドレスアップしていますけどね!
さあ、先程までは私達でもどん引きする勢いで執着していたお相手ですよ!
恋しいアスパラ(爆)を前にして、勇者様の反応は……!?
「うっ……頭が! 割れるように!」
頑固な頭痛が発症しました。
明らかに、アスパラに反応して発症しています。
アスパラが視界にいるだけで、この苦しみよう。
……これで一つはっきりした気もします。
精神世界のあれこれについてはどうか知りませんが、少なくとも現実世界で勇者様が意識を失うまでのとち狂った時間をど忘れしているのは、心因的な物が原因のようです。
綺麗さっぱり頭から消去されているなら、反応しようがありませんからね!
恐らく心の防御機能が、覚えていたらやばいと判断して記憶を封じてしまったのでしょう。
何が何でも心を健全に保つ為、勇者様の無意識が良い仕事をしたようです。
その封じられた記憶が疼くと、頭痛が発症する……と。
……これ、勇者様にとっては大変なことでしょうけど…………一生付きまとうんでしょうか。
こんな様子じゃ、もう一生アスパラ料理は口に出来ないかもしれませんね!
これも一つの後遺症。勇者様には一刻も早く立ち直っていただきたいものです。
本人に自覚はありませんけどね?
無意識レベルの心の働きで記憶を封じているんなら、説明しても無駄です。
だって本人が心の底で「思い出したくない」と思ってのことなんですから。
今説明したって、説明する端から忘れるか、頭に入らないか、また頭痛でのたうち回るかのどれかです。
説明しても頭に入らないなら、説明する労力が勿体ない。
勇者様はすっきりしない様子ですけど、説明は環境が落ち着いてからとでも言ってうやむやにしてしまうとしましょう。
そして結局、額に目が生えた経緯は説明しないっていう。
勇者様にはただあるがまま、受け入れていただきたいものです。
「教えてくれ、教えてくれよ……! 俺に何があったっていうんだ!」
「例え勇者様でも、こればっかりは……!」
「その俺のことだろう! 本人に言えないって、俺は何をやらかした!?」
「強いて言うなら直視が辛い状況でした」
「もっと具体的に! 具体的に……って直視が辛い状況!? 俺の身に、何が!?」
切実な勇者様のお声が、胸に痛いです。
勇者様は私の両の二の腕を掴んでがくがく揺さぶってきます。
あ、ちょ、手加減! もうちょっと手加減して下さい……! 目が回っちゃうから!
……どうやら余裕がないせいで加減が狂っているようです。
「あー……勇者のにーさん、どうどう、どうどう。その辺で落ち着こうぜ☆」
とうとう見かねたサルファが止めに来たので余程だったのでしょう。
何故か怒りが滾っているらしいロロイを他の面々が物理的に引き留めているので、引き留め係に数えられないサルファがぱたぱた手を振りながら接近してきました。
足音と声音で、勇者様にも誰かわかったのでしょう。
困惑と動揺に目をうろうろさせながら、振り向いて……
「サルファ、お前まで来てい、た………………その姿はどうしたーーーー!!?」
途中で言葉は途切れ、ひっくり返った絶叫が響きました。
やった。勇者様もびっくりです!
あんぐり口を開いて、驚きに顔を引きつらせる勇者様。
ぶるぶる震える指が、サルファに向いています。
人を指さすなんて勇者様らしからぬ行いが、その混乱を如実に表していますね。
「さ、サルファ、なんだその姿は!?」
「なんだ、っていつもと特に服装変わんないけど」
「そうじゃない! 服じゃなくって!! 俺が言いたいのは、中身の方」
「いやん、えっち☆」
「おい、殺意が湧くから止めろ」
相変わらず、サルファにはなんだか手厳しいですね。勇者様……。
他の人に殺意云々言ってるところは見たことがありませんが、サルファには割と手酷い扱いしているところを見る気がします。
気持ちはわかりますけどね!
煙に巻くような軽い態度を崩さないサルファに、業を煮やしたのでしょう。
どこか必死に、頭を振りながら勇者様が叫びます。
「そうじゃなくて、なんで、なんで――!
――お前、どうして背中から翼生えてるんだ! とうとう人間辞めたのか!?」
信じられない、と。
勇者様の叫びには言外に信じたくない気持ちが込められています。
多分、彼にとっては驚愕の事実。
さあ、そんな勇者様の叫びに対してサルファのお答えは?
「HAHAHA! 勇者のにーさんには言われたくないし!」
……うん、ですよね!
「はあ!?」
サルファの返しに、勇者様が目を白黒させた。
「あはははは。でもさっすが勇者の兄さん! この姿に真っ先にツッコミ入れるなんて☆彡
………………今まで誰も何も言わない……言ってくれないから、俺がおかしいだけで姿が変わってきてる気がするのは気のせいか何かかと思いかけてた」
「いや、それはないだろ! どう判断しても、人間に羽は生えていないからな!?」
勇者様が注目した、サルファの姿。
それは……はい、一緒に行動していた誰もツッコミ入れずに放置していたんですけどね?
むしろ言及したら負け、みたいな変な意地が発生して誰も口にしなかったんですが。
いつの間にか、サルファは背中から翼がはえていました。
……あ、もちろん天使みたいな鳥の羽根じゃありません。
ロロイやリリフとよく似た被膜の、竜の翼です。
こちらもいつの間にか生えていましたが、角と尻尾も合わせて真竜の――それも光竜のものに酷似しています。
どうも、前に浴びた光竜さんの血の影響っぽいですね?
「けどさ、勇者の兄さんさ? 俺のこと言う前に自分の背中見た方が良いって。さっきの台詞、完全にブーメランだから」
「……は?」
眉を寄せて、恐る恐ると。
嫌な予感が止められないんでしょうね?
サルファに言われて、自分の背後を覗いた勇者様が見たものは……
それぞれ趣の違う三対の鳥の翼が、ばっさばっさと。
多分勇者様の感情に反応して、微かに動いています。
「は?」
勇者様は、完全に固まってしまいました。
多分、今のご自身の姿がどれだけ人間からかけ離れちゃってるか、自覚した為に。
そして頭を抱えてしゃがみこみ、大きな絶叫が響きました。
「俺の身に何が起きた――――!!」
あ、ちなみに鳥の翼は私、関与してませんからね? 本当ですよ?




