73.あつまれ! 混沌の使者たち
箱を開けたらあら不思議、せっちゃんが入っていました。
これって一体、どういう意図で、誰が詰めたんですかね?
よくわかりませんけど、例えそれが勇者様の精神世界の産物だろうとせっちゃんに会えてとても嬉しい!
せっちゃんも私に嬉しそうな笑顔を向けて、飛びついてきました。
「リャン姉様~!」
「せっちゃーん!」
きゅっと抱きしめてみて、驚きました。
いつもとは、違う感触。
これは……。
せっちゃん……実際のせっちゃんよりも、ある!
これは勇者様の印象に寄るものか、はたまた実際のせっちゃんをあまり勇者様が観察していなかったのか……。多分、後者ですね。若い女の子の胸部をじろじろと詳細に、微細に観察する勇者様とか想像も出来ません。
あの紳士のことですから、女の子としての一般論で考えたのでしょう。
ちょっとせっちゃんの肉体の部分的な厚みが、勇者様の予想を下回っただけです。
なんだか変な部分で、このせっちゃんが私のよく知る『現実のせっちゃん』ではないのだと実感してしまいました。
こんなところで確信を得るなんて思いもしませんでしたよ!
「せっちゃん、誰の仕業か知りませんけど……こんな狭いところに詰められて苦しかったでしょう。辛かったでしょう?」
物理的にせっちゃんその他諸々を詰められるだけの容積があるようには見えませんが……こういった点が、ここが現実じゃないという証左でしょうか。
だけど現実じゃなかろうと、こんな狭くて暗いところに詰められるなんてせっちゃんが可哀想です!
せっちゃんはにこっと微笑んで私に言いました。
「棺桶ごっこが出来て面白かったですの~」
「棺桶ごっこ!?」
やだ、せっちゃんったら大物! 大物でしたよ!
でもせっちゃん、棺桶ごっこは棺桶の真似をする遊びであって、棺桶に詰められたナニかのごっこ遊びとは違うと思うの。
「………………姫に対する溺愛ぶりは、現実と変わらないな」
ぼそり、勇者様の声が聞こえました。
「その愛と関心の十分の一でも、『自分』に向けて悪いということはないと思うよ?」
「やだ、真心様ったら。『自分』だからこそ粗雑に扱えるんですよ?」
「矢が刺さったまま地面に落として転がすのは粗雑過ぎるにも程があると思うんだけどなー!?」
未だ、精神世界の『私』は目覚めず。
せっちゃんが箱から飛び出てきた瞬間は面くらい、次いで心配そうにせっちゃんの体をぺたぺた触って状態確認をしていたまぁちゃんも心配ないと判断したのでしょう。
今では真心様と揃って、床に転がる『私』に付き添っています。
えっと、目覚めさせるには矢を折らないと駄目なんでしたっけ?
「おいおい勇者ぁ? お前もっと俺の存在感っつか、戦闘力つーか、その点への信頼寄せてみようぜ」
「どういうこと、まぁちゃん」
「この世界は勇者の印象と思い込みと、寄せられた情念で構成されてんのは知ってんな?」
「まぁ殿、情念という言い方は止めようか。怨念が籠もってそうで不本意だ」
「つーまーり、勇者が『俺の方が神より強い』と思えば、この世界においては俺の方が神より強くなるってことだ。この矢は神の矢だからな、一応。神の力より俺のが強いってことになりゃ折るのも簡単だ」
「なるほど! つまり勇者様は、まぁちゃんのことを神様より下に見ているんですね!」
「存在に寄せる概念的に、決して誤りじゃないと思うんだけどなー!? 普通は魔王より神の方が強いと思うだろう!?」
「神もものによりけりです!」
私達は勇者様を救出する為、神々の世界を思うままふらふらしていました。
その間に見た神々のあれこれを思えば……そうですね、絶対的にまぁちゃんより強いとは思えないんですけど。
でも別行動を余儀なくされていた勇者様が、神々のどんな面を見られたか見られなかったのか、そのあたりはわかりません。
神々の力に不審を抱いたり、期待外れだと思うような出来事でもあれば話は簡単だったんでしょうけれど……
「逆に考えてさ、相手が神だろうと問答無用っぽいと思えるヤツと状況を用意すれば良いんじゃない?」
うぅんと悩ましく思っていたら、ロロイが何か冴えたことを言い出しました。
神々ですら相手取れるような、むしろ神の存在が翳むような、ナニか……?
私達の視線は、自然と一点に集中していました。
天界で、勇者様と一緒に行動する機会が多く、問答無用な理不尽さを内包した『誰か』というと。
「皆様、どうなさいましたの?」
きょとんと、せっちゃんが首を傾げました。
「せっちゃん、頑張れ!」
「やっちゃえ、せっちゃん☆」
考えが纏まれば、後は早かったです。
「せっちゃん、頑張りますのー!」
私達はせっちゃんの手に、思いっきり破壊力の高そうな鈍器を握らせました。その名もモーニングスター。おはよう、明けの明星さん!
それをせっちゃんが、景気よく振り上げまして……
「あ、あわわわわ……」
目を白黒させる真心様を横目に。
「せーのっ」
せっちゃんが無造作に、鈍器を振り下ろしました。
どすん……っ
ぐしゃっべきっ
重々しい、いい音がしました。
効果は抜群です☆
素晴らしく大きな罅が入っとりますねぇ。
それを見て、まぁちゃんが勇者様に胡乱げな眼差しを注いでいます。
「おい、てめぇ真心野郎?」
「な、なんだ……?」
「どういう料簡か聞きてぇもんだな?」
笑顔でにじり寄って、真心様の両肩をまぁちゃんがわしっと掴みました。
「どういうことですか、まぁちゃん」
「あ? どういうことってそりゃ――」
この世界は、勇者様の精神世界だから。
だから、勇者様の印象やらなんやらが影響を及ぼすことはもう何度も聞いたことで。
つまり勇者様は、やっぱりせっちゃんなら神が相手でも問答無用だと思っている訳ですね!
「俺が圧し折ろうとしても、あそこまでべきっとはいかなかったぜ?」
わあ、笑顔で圧力!
まぁちゃんが勇者様に笑いかけますが、笑顔が妙に迫力あり過ぎます。
「けど、まあ……こうなりゃ後はちょっとした印象操作で片付く話か」
「印象操作、か……?」
「おう。真心さんよ、ちょいと聞くが……魔王の妹と魔王、どっちが強いと思う?」
「魔王」
「だな。じゃあ魔王の妹が壊した神器と、魔王。どっちが強い?」
「まぁ殿、だな」
「だろうよ。それじゃ魔王の妹と魔王、より常識が通用しねえのは?」
「………………セツ姫」
「……」
真心様は、嘘の付けない人です。
本人の存在意義的にも、現実の勇者様より更に嘘がつけません。
視線を斜め下に向けて、絞り出すように告げられたのはせっちゃんの名前でした。
わあ、まぁちゃんの目が笑ってなーい。
もう圧力の強さが目に見えるくらいです。
「……とにかく、『魔王』の方がこの神器より強ぇって印象付けられたんなら充分とするか」
軽く呆れたように溜息を吐いて、まぁちゃんは真心様を介抱しました。
おや、思ったよりあっさり。
せっちゃんの手により半壊状態の矢を床から取り上げ、軽く息を吸って……
「てぃ☆」
妙に可愛らしい掛け声で、矢をぎゅっと握り込みました。
ぺしょーん☆
謎の効果音と共に、神の矢は清々しいまでに真っ二つになりました。
……いや、更に続いた折り畳むような動作によって粉砕されました。
もう原型も残ってはいませんね!
「う、うぅん……」
矢がこの世にさよならバイバイして、約三秒。
床に転がっていた『私』から、呻くような声が聞こえました。
いや、呻くようなというか完璧に呻き声ですね。
「私、どうして……」
そうして、目覚めた訳です。
勇者様の心に巣くう、混沌の使者第三号が。
あ、ちなみに一号はまぁちゃんで、二号がせっちゃんですね。
……あー……アスパラも含めたら私、第四号になっちゃうんでしょうか?
ゆっくりと緩慢に、赤い睫に縁取られた目が開いていきます。そこにあるのは、やっぱり緑色の目。
ぎこちなく、慎重な動きで身を起こしたのは……やっぱり私より美人さんなんですけど、勇者様の目に私ってどう見えてるんですか?
「リアンカ、大丈夫か? 調子は……っ」
「目覚めのいっぱいが欲しいです……勇者様、産土神の加護を受けた純天然☆石清水とかありませんか?」
「ありませんかって持ってると思うのか!? 石清水ってだけでも限定的なのに、更にう、うぶすな???なんとかの加護がどうのって完全にただの水じゃ代用不可能だろ!」
うん、勇者様?
あの人の目に、私ってどう見えてるんですか?
目覚めた初っ端から、なんだか難易度の高い要求をさらりと繰り出してきましたが、私、勇者様にあんなお願いしたことありましたっけ……?
『勇者様の心の中のリアンカちゃん』は寝起きの目元をとろりと蕩けさせ、どこか色気のある眼差しで微笑んでいます。
だけど、なんでしょうね。
なんか碌でもないこと考えてるんだろうなぁ、と。
彼女のそれは、そう思わせる笑顔でした。
そうして微塵も変わらぬ笑顔のまま、彼女は言ったのです。
「取りあえずあのアスパラ、ぶちのめします」
おっと驚きです。
戦闘力が欠片もないはずの『私』が、ナニか言い出しましたよー?
『私』ってこんな好戦的な発言しちゃうような女の子でしたっけ?
驚きに頬を引きつらせ、勇者様が確認するように小さく叫びます。
「ぶちのめすって……え、リアンカが!?」
「まぁちゃんが」
「THE 他力本願!!」
なんだか『私』らしからぬ暴力的な発言です。
だけど他の考えを論じる余地もなく抹殺を選択するってことは……なんか、あのアスパラに嫌な目にでも遭わせられたんでしょうか。
なんとなく、台座で矢が刺さったまま眠っていた姿を思い出します。
直接アスパラが関わったとは思えなかったんですが……。
やっぱり、ナニかされたんですかね?
展開として「せっちゃんが食べる!」とかも考えましたが、巨大な矢を丸々一本ぱっくり丸のみにしちゃうのはどうかと思って止めました。




