71.解き放たれし破滅と混沌の化身
勇者様が美化していたのか、リアンカちゃんの自己認識が低かったのか。
→たぶん両方。
勇者様から見て、私ってあんなキラキラしているんでしょうか?
釈然としない思いを抱えつつ、現実に戻れたら絶対に目が溶ける!ってくらいすっきり爽快☆になる特製目薬を処方しようと決意しつつ。
ようやっと私は槍について問いただしました。
「それでなんで、この世界の私?の胸に槍とかぶっ刺さってるんですか? なんかの意趣返し? 私に対して思うところでも?」
「違う! あれが、ライオットの意思だとは思わないでくれ」
「というと?」
「あれは……槍じゃない。槍ではなく、『矢』なんだ」
「は? どこから見ても……いえ」
苦悩に満ちた面持ちで、心底辛そうに仰るので。
私は槍だと思っていた物を改めて観察します。
全体的に鉄色で、長い柄に鋭く尖った穂先。尖るばかりで刃らしいものはなく、言われてみれば鏃のようでもあり。
そして飾りだとばかり思っていましたが、石突があるだろう場所には矢羽根っぽいものが存在感たっぷりに自己主張しています。
「言われてみればそう見えなくもありませんけど。でもあんな大きさの矢を放つとか、どこの巨人さんの仕業ですか」
「リアンカ、ここは現実世界じゃない。だから、物の大きさや存在の比重も現実に即している訳じゃないんだ」
真心様は、嘘が吐けないお口で言いました。
あれこそが、『勇者様』を射た『愛の矢』なのだと。
「愛神様の矢って『黄金の矢』じゃなかったんですか」
「それとは表裏一体の存在として『鉄の矢』が存在することは知っているか?」
「生憎、とんと神話には詳しくないもので」
……と、言いつつも聞き覚えはありました。
愛の神様の、鉄の矢ってあれですよねー?
人に恋心をもたらす黄金の矢とは真逆の力を持った、射られた人の嫌悪感を掻き立てるヤツ。誰かを嫌うように仕向けるっていう矢。
「ライオットは確かに黄金の矢で射られた。それの副次的な効果で、心の中に巣くっている諸々の中でも黄金の矢の効果を阻害しそうなモノを封じられてしまった。真心然り、まぁ殿を筆頭とした魔境のあれこれ然り。『アスパラ』をライオットの心の中で『一番』にする為に邪魔だと判断された全ては排除されたんだ」
「私のあの有様もそうだって言うんですか? 今までで何故か一番厳重に封じられてる気がするんですけど」
「………………ライオットが『大事にしている女性』だったから、警戒を強めた『矢』により厳重に封じられてしまったんだと思う」
「大事、ですか……なんだか照れますねぇ」
照れますけど、私も勇者様に大事にされている自覚はあります。
女の子のお友達が他にいないから加減がわかってないんだと思いますけど、優しくいたわってもらっている状況に時々心苦しくなることもなくはありません。
優しくしてもらって嬉しくないはずがありませんから、態度を改めて欲しいとは思いませんけどね!
勇者様の友情に照れ照れと頬が緩みます。
自分の刺殺現場みたいな場面を前にほっぺたゆるゆるにするとか空気が読めてない、というより気持ち悪い光景にしかならないので両手で覆って隠そうとしますけど。ちゃんと隠せてますかねー?
「……つまりは、あのリャン姉に刺さってるブツが勇者の乱心の元凶、ってことで良いのか?」
「ロロイ、ロロイ、抑えて。目が据わってますから」
「勇者にも苛つくが、勇者の精神世界の住人とは言えリャン姉を害すなんて許し難い」
「それは私も同感です。あんな、いたましい……早く姉さんをお救いしなくっちゃ!」
「あんな無機物、べきぼきに折って粗大ゴミに分別してやる」
私の為だとやる気を見せてくれる竜の二人。
特にやる気のない態度が多いロロイから滲み出す空気には『本気』の二文字が読み取れるようです。
お姉ちゃんの為にそこまでやる気を出してくれるなんて……そんなに慕ってもらえると、姉貴分冥利につきます!
「でもどうやってあの『矢』を廃棄処分するつもり?」
改めて、確認です。
私達が今いる空間は、広くて暗くて、そして牢獄さながら鉄格子で奥には進入できないようになっています。
檻の中には、魔境出身の方々がわんさか。
その最も奥まった場所に、矢の刺さった私。
……うん、どう考えても矢を引っこ抜くにはこの鉄格子が邪魔ですね!
「あっ! もしかして」
そして私は思い当たりました。
そういえばジャガイモと寄生植物が闘った(?)時、変な鍵を拾わなかったっけ?
早速確認を取ってみましょう!
「真心様、真心様! この鉄の鍵って、鉄格子を開ける為のものじゃありません!?」
「惜しい。近いけど違う」
「違うんですか!?」
あれ、違った……。
でも近い、惜しいと真心様が言います。
……やっぱり、この鍵が何か知ってるんですね?
「真心様ー、これは何の鍵なんですか?」
「鉄格子じゃなくって……それは、あの『鎖』の鍵、かな」
「鎖?」
真心様の視線を辿れば……ああ、確かに鎖がありますね。
まぁちゃん達を戒める、ごん太い鉄鎖が。
「……これでまぁちゃん達を自由に出来ると?」
「多分……」
真心様まで、何故か自信なさげです。
それでも少しは状況が良くなるかも知れませんし、矢の刺さった私とまぁちゃん達は同じ牢獄の中です。
鎖の長さが足りないから、私の安置されている場所まで届かなかったみたいですけど。
手足が自由になれば、私達の代わりに矢を粗大ゴミにメタモルフォーゼ☆させてくれるかもしれません。
私は鍵をしっかりと手に握り、ほてほてと牢屋に近寄りました。
相手はまぁちゃんと同じ姿、同じ名前。
だけど本物じゃない。本物ではなくて、勇者様の精神世界の住民。
いわば勇者様の思い込みと独断と偏見と、一方的な印象が形作ったまぁちゃんの化身です。
私の知るまぁちゃんそのものではない……何か、私の知るまぁちゃんとは食い違う部分もあるんじゃないでしょうか。中には私が拒絶せずにはいられない差違だってあるかも。
本物ではない限り、私の知る通りではいてくれません。
『偽物』と受け答えすることで、心が痛みを感じるかも……そんな、不安を抑えて。
私は牢獄の中のまぁちゃんに話しかけました。
「まぁちゃんまぁちゃん、まぁちゃんやーい!」
「おう、なんだ?」
あれ。ものすごい普通に返された。
「……って、リアンカか。しかも『現実のリアンカ』じゃん」
「私がわかるんですか?」
「わからねぇ訳ないだろ。同じ世界に属するかどうかぐらい、目を見りゃわかる。特にお前のことならな」
「目を見ないとわからないんですね……」
「そうとも言うな。ま、どっちの世界出身だろうと、お前が俺の可愛い妹分に変わりはねーよ」
どうしよう。
物凄く、普通に、いつもと同じまぁちゃんっぽい……。
勇者様の持っている印象と、観察眼。
それによって形作られただろうまぁちゃんは……物凄く、表情から些細な仕草までまぁちゃん本物そっくりでした。
この投獄されて全身雁字搦めにされようと飄々としているところまで、凄くそれっぽいです。
勇者様の観察眼って、細かいんですね……なのに何故、同じ目で見て形成されただろう『私』の方はああなの???
釈然としません。
「まぁちゃん、まぁちゃん! ちょっと自由になって私達のこと助けてほしいんだけど、良いですか!?」
「おう、任せとけ」
「安定の二つ返事! やった、ありがとうまぁちゃん!」
いつものことですが、話が早いです。
本当に本物のまぁちゃんっぽくてなんだか混乱しそう。
「けど助力すんのは良いけど、この鎖どうすんだよ? 鍵がなきゃ助けてやれねえぞ」
「だったらご安心あれ☆ なんとここに、鎖の鍵が」
「他の七本は?」
「え?」
「いや、鎖の鍵って八本あるはずだろ」
「なんですと!?」
まぁちゃんが私によく見えるよう示してくれた場所には、確かに。
……やたらごつくて大きくて頑丈そうな南京錠が八つ。
それぞれ形状や意匠が異なるんですが……それぞれの鍵、一本ずつ必要なんですか?
それってつまり、今まで倒してきた勇者様達にくっついていた、アスパラの中から抉り出してこいって事ですよねー?
しかし、階段の上には大きなアスパラカレーが一つ(?)のみ。
乱心した勇者様達ときゃっきゃうふふしていたアスパラさん達がそれぞれどこにいるのか……見当も付かないんですけど。
「まぁちゃん」
「なんだ」
「今から他の鍵探しに行くとか面倒極まりないんで、取りあえず鍵一本で頑張って!」
「なんという無茶ぶり! リアンカ!? いくらまぁ殿でも、そんな……今まで動けなかった物を、鎖が一本外れたからとどうにかなると!?」
「……まあ、錠前が一つでも緩むんなら、その分戒めも弱まるだろ」
「無茶振りされた方が意外とその気!? え、良いのか? 言われるがまま頑張ってみるのか?」
「試すだけなら悪くないだろ。まずは一本外してみてくれ。それでイケるかどうか試してみっから」
そんな訳で、お試し発生です。
私は鉄格子越しに南京錠へと鍵を差し出し………………手が届きません。
「鉄格子が邪魔でどうにもなりません! まぁちゃん、ちょっとこの鉄格子破壊して!」
「リアンカ!? それが出来るならそもそも鍵は必要な……」
「よっし、任せろ☆」
「任されちゃうのか、まぁ殿!?」
驚いて、真心様が目を白黒させている前で。
まぁちゃんは四肢を鎖に戒められ、不自由なまま。
僅かに動く右足で、無造作に前蹴りを放ちました。
そして圧し折れる、鉄格子。
「今までの虜囚ぶりは一体……! 本当に自由になるには鍵が必要なのか、まぁ殿!?」
「あ? 必要に決まってんだろ! 鎖に繋がれたままじゃそこらの飼い犬となんにも変わらねえぜ」
「飼い犬は! 檻を! 圧し折れない!!」
この場から動けねーんだから、檻だけ破っても仕方ねえだろ、と。
その口ぶりからは、その気になれば今まででも檻の破壊は可能だったっぽい感じです。
ただ檻を壊せても、その場を動けないなら意味ないと放置していただけで。
……というか閉じ込める為の檻を破壊できるのに、四肢を戒める鎖はどうにもできないって。
このぶっとい鎖の素材が何気なく気になります。
本物じゃないとは言え、『理不尽な暴力』の化身みたいなまぁちゃんから自由を奪うってどれだけ強固な鎖なんですか。
そうしてまぁちゃんの協力的な態度のお陰で、私は檻の中に入り込むことが出来ました。
……こうなるとまぁちゃんを開放するより直接『私』の安置所に行った方が早いような気がしなくもありませんが、鍵を開けると約束したのでやっぱり先にそちらに取り掛かりましょう。
私はまぁちゃんの側にがちゃがちゃと置かれた南京錠に、順番に鍵を差し込んでいきました。
中々外れませんねー。
がちゃ
順に鍵を試して、五つ目くらいだったでしょうか。
とうとう南京錠から、何かの噛み合う音がしました。
同時に、ごとりと地面に落ちる南京錠。
一拍遅れて落下するごつい手枷。
「あれ?」
「ん、どうした」
「まぁちゃん、手に枷なんて付いてt……」
今まで気付かなかった手枷の存在に驚いて、まぁちゃんの腕をまじまじと見つめます。
違和感には即座に気付きました。
「……なにそれ?」
「見てわかんねーか?」
「いや、わかるけど」
まぁちゃんの体の影になっていた場所に、その両手首。
だけどまぁちゃんの手には、何故か……
うん、本当に、何故か。
カラフルで愛らしい、ピンクのミトンが被せられていました。
「こんな牢獄で料理でもするつもりだったのか、まぁ殿――!?」
そして響く、常識を疑うような真心様の叫び。
まぁちゃんはそれに、心外だとちょっと不満げな顔をしました。
「あ゛? 俺が自分でこれ嵌めたとでも思ってんのか。こら」
「他の誰かが嵌めたとでも!?」
「拘束具として付けられてたんだよ、これは!」
「どこの誰がそんな愉快で愛らしい台所用品を拘束具を選んだっていうんだー!」
多分それは、この展開ですから。
愛の神……というか黄金の矢の影響がそうさせたんじゃないでしょうか。
まぁちゃんの手に嵌められていた、愛らしいミトン。
ちょっと大きめのサイズで、綿がふかふかとたっぷり詰まっています。
……つまり、衝撃吸収率が激高です。
破壊活動を行うにも、拳を封じられているようなものでしょう。確実に拳の威力が落ちますから。
しかもまぁちゃんの手に握り込ませるようにして、ぽわんとふわふわの小さなクッションが詰められていました。これじゃあ拳を握り込むことも出来ません。そして手指も自由に動きそうにありません。
そうしておいて、ミトンを外せないように手首の部分を抑える形で、さっきまで手枷をはめられていたようです。明らかに狙った作用ですね。
「……よーし。手が自由になっただけでも随分と違うぜ。自由って素晴らしいな!」
「まぁ殿、まだ全身鎖で雁字搦めのままだぞ!? 自由じゃないだろう!」
「あ゛ぁ゛? こんなん、手ぇさえ自由になりゃ後は早いぜ」
そういうや否や、でした。
まぁちゃんが全身に張り巡らされていた、鎖をぶちぶち引き千切ったのは。
まるで、お湯を吸って伸び切ったうどんを引き千切るくらいの無造作な千切り方でした。
「こんなに簡単に外せるんなら、拘束の意味って一体……!」
「私達にとっては有利に事が運びそうなんですから、良いじゃありませんか」
何故か真心様が頭を抱えておいででしたけど。
でもまぁちゃんっていう頼れる戦力の補充にはなったんですし、細かいことは気にしないで良いんじゃないですかね。
さあ、こうして魔王が解き放たれましたよ!
……後は、『私』と『矢』をどうにかしないと、ですね。




