69.お約束の隠し階段
厄介な敵だから、避けて通る。後回しにする。
勇者様の……真心様の発言は、そう取れるもので。
あの艱難辛苦に対し為す術が無いからと決して諦めること無く、どんなに絶望的な状況(大体は身内の犯行)にも怯まず自分の持てる全力で立ち向かっていく。
それが私の知る『勇者様』です。
ですが、同じ人物といえど真心様はあくまで『勇者様の内面の一側面』というややこしい御方。
同じ勇者様で、勇者様を構成する重要な要素で。
だけどやっぱり、『勇者様そのもの』とは違うというのでしょうか。
真心様は『勇者様の真心』で、『偽らざる本心』だと言います。
いつも絶望に屈し……はしますが、大体いつも割と速攻で立ち直る勇者様でも、内心では逃げたいとか投げ出したいとか結構思っていたんでしょうか。
……思い返してみると思わない方がおかしいですね!
うん、勇者様だって人間だもの。逃げたってへこたれたって、ぽっきり折れたって仕方ないない!
「リアンカ、君……何か思い違いしていないか?」
「え? 大容量のアスパラカレーと闘うとかやってられなくなったんですよね?」
「それは確かにそう思わないでもないが!」
「あ、さりげなく肯定した」
「思わないでもないが……理由無く後回しにすると言った訳じゃない」
「あれ? 何か理由があったんですか?」
どうやら理由無き撤退では無かった模様。
一体どういうつもりなのかと疑問が湧き上がります。
真心様は苦悩に満ちたお顔で、仰いました。
「この世界の一部であり、根幹とも密接に繋がる『真心』だからこそわかるんだが、あのアスパラがああまで問答無用の戦闘りょ…………戦闘力?????……強靱な存在を保っていられるのは、俺と同じくこの世界の一部である八人の『良識』達を取り込んでいるからだ」
「具として、ですけどね」
「カレーの王子、だな……ぷふっ」
「おいそこぉ! 吹き出すな、ロロイ!!」
「どうどう、どうどう、落ち着いてください真心様!」
「とにかく! 多分だがこの世界の一部を取り込むことで、良識達を通じてこの世界そのものから力を引き出しているんだと思う。この世界が存続する限りあのカレーも蒸発はしない」
「つまり勇者の精神世界を崩壊させれば良いのか」
「それやったらライオットが廃人になるからな!? って、その手に握った棍棒で何をするつもりだ!?」
あらあら、ロロイったらどこから棍棒なんて持ってきたんでしょうね?
いつも通り涼しい顔をしているんですけど、なんか心なしか溌剌とやる気に満ちた顔をしています。
うずうずした様子を隠そうともしないロロイの腕を、リリフががっちり掴んで引き留めています。
「ロロイ、それは流石に洒落にならないから……」
「俺にはわかる。勇者は……あの男はいずれ、俺の望まぬ進化を遂げる。気がする」
「望まないからって精神崩壊を誘発させるのはやり過ぎよ!?」
「あいつはリャン姉を奪っていくかもしれない。奪おうとするヤツはこの程度の障害、打ち勝ち、克服できるくらいでないとな……俺程度の妨害なんてまぁ兄に比べれば」
「比較対象が極端でしょう……『かもしれない』の未来予測でやっていい範囲を完璧に飛び越えてます」
「だったらお前はどうなんだ? セツ姉を奪おうとするヤツがいたら」
「即座に完膚なきまでに擂り潰します」
「お前も所詮は俺の同類だ」
「話をすり替えないで、ロロイ。本音を言いなさい。私にはわかってますよ?」
「リャン姉に構われてて羨ましい。悔しい思いをさせられてるんだから、この程度の意趣返しは許されると思う」
「許される範囲はとっくに超えてるって言ってるでしょう!」
どうしたんでしょうか。
何やら若竜の二人が揉めてるみたいです。
二人こそこそ小声で何か言い合ってるみたいなんですけど……いつもなんだかんだ仲良しさんなあの二人には珍しいですね?
首を傾げる私の横で、何故かげんなりとした様子で真心様が呟きました。
「言いようのない悪意と殺気を感じる……」
「アスパラですか?」
「いや、あれとは別に」
「べつ? 他に何か敵意を向けてきそうな敵なんていましたっけ」
「内憂外患という言葉を知っているか、リアンカ」
「右も左も敵だらけってことですね! 私は勇者様の味方ですけど」
「そうか……」
どうして私から目を逸らすんですか、真心様ー?
いつもの通り、話が脱線しまくりましたが。
気を取り直したように咳払い一つで切り替え、真心様がキリッとした顔で宣言しました。
「アスパラに取り込まれている良識達が問題なんだ。だから、まずは……
乱心している良識達を正気に戻そう 」
「それが出来るんなら最初っからやれよ」
勇者様の言葉に、即座に切り返すロロイの鋭い言葉!
でも私も同感です。
それが出来るんなら最初っからやろうよ、真心様!
そうすれば命……じゃない、玉を強奪する為に八人もの勇者様と戦う必要なかったのに。
あれは無駄な苦労だったんですか? 主に骨折ってたのは真心様でしたけど!
「最初から、というか……あいつらを正気に戻す為にも、この扉の奥に来なければならなかったんだ」
「つまり、あの乱心を治める装置とかアイテムとか、何か必要な物がこの部屋にあるって事ですか?」
「装置というか……見えるだろうか、あの玉座が」
そう言って真心様が指さしたのは、私達の前に立ちはだかるようにしてそびえるアスパラカレー。
……の、向こうに微かにちらっと見える立派な赤い椅子でした。
わあ、絵に描いたような玉座ー。わかりやすいですね。
流石に勇者様の実家(※王城)に比べたら質が劣りますけど、あの『おうさま』っぽい大臣さんあたりが腰掛けたら凄まじくしっくりきそうです。
「あの椅子がどうかしたんですか? 座りたいとか」
「わかるだろうか。あのアスパラカレー、先程からあの位置を動いていないだろう?」
「あれ? そういえば……」
私は非戦闘員で、どうにも戦闘慣れしていません。
だから失念していたというか、全然不自然さに気付かなかったんですが……
撤退を宣言してから、真心様は一時的に私達がいた位置まで下がってきていました。
そうしたら、それまで執拗に真心様に攻撃しようとしていたアスパラカレーが静止状態になっていたようです。
よくよく観察してみると、どうやらあの玉座から一定距離以上離れようとしません。
ちょろちょろ近づいていくと攻撃してきますけど、距離を取ったら必要以上には深追いしてこないんです。
だから今も、私達と玉座の間を遮るように仁王立ちしている訳で。
「リアンカ!? いま確認作業する必要あったか!? ちょろちょろ近づいてみたり離れてみたりって……危ないだろう!」
「自分で確認してみるのも時に必要なんですよ、真心様☆」
「……いや、今のは確実にアスパラをからかって遊んでみただけだろう!」
「一応、納得はしました。あのカレー、誰も玉座に近づけたくないみたいですね」
そしてその理由を、真心様はご存知なんですよね?
確認するように目を向けてみると、真心様は神妙な顔で頷きました。
「あの玉座の裏に、地下に通じる隠し階段があるんだが」
「なんてわかりやすいとこに! 真心様、定番過ぎてその場所は逆に不用心ですよ!?」
「構造上の問題は設計者に文句を言ってくれ!」
「それもそうですね。それで、その隠し階段の先に何があるんです?」
「階段は、この世界の……『ライオットの精神世界』の中枢に通じている筈なんだ」
「中枢、ですか」
いきなり、なんだかとっても重要そうな単語が飛び出してきました。
中枢、中枢……つまり、勇者様のお心を自由自在に操作できる場所って認識でOKですか?
私がそう聞くと、何故か真心様が一気に不安そうな顔をしました。なんですか、その顔は。
「………………取りあえず、ライオットの精神状況を元の状態に戻す為にも、そして良識達を正気に戻す為にも、そこに到達しなくてはいけないことは確かだ」
「えっと、つまり展開から考えてアスパラをぶちのめすより、先に良識様達を正気に戻してアスパラの戦力低下を狙うって認識で良いですか?」
「ああ、それで大丈夫だ。あの良識達も…………………………あの状態で目が覚めたら……くっ!」
何を想像したのかは知りませんが、苦渋の決断でも突きつけられたみたいな顔で、苦々しげに呻く真心様。
あの状態……大容量のアスパラカレーに取り込まれて、具になっちゃってる状態ってことですよね?
「あんな惨状真っ只中で目覚めたら、自力で何とか離脱しようと死力を尽くして足掻くだろう。そうなれば……離脱できずとも何かしらの協力が得られるだろうし、離脱出来ればアスパラの力を削ぐことが出来る」
「でも勇者様、あの惨状真っ只中で目覚めるってそれ、阿鼻叫喚では」
何がとは言いません。
良識様達の反応が阿鼻叫喚です!
あんな状態で正気に返るとか地獄ですかね? その時になってみなければわかりませんが、混沌の降臨が予感されます。
取りあえず、良識様達にとっては嬉しくない事態でしょう。
「よし、早速隠し階段に向かおう。俺も協力は惜しまない」
「あれ!? さっきまで協力には消極的だったロロイが途端に活き活きと!? 物凄く協力的に!?」
「リャン姉、気にしないでくれ。俺もこの世界には……飽きたんだ」
「それじゃあ仕方ないですね」
「その言葉で納得するのか君は!?」
何にせよ、何故か地味に勇者様達への嫌がらせにばかり熱心だったロロイが積極的になってくれるのは良いことです。
みんなの力を合わせれば……きっと。
ええ、きっと、勇者様を正気に戻すことも出来ますよね!
目指せ、この世界の中枢!!
まあ、辿り着く為にはアスパラカレーの防衛網を突破しないといけないんですけど。
アスパラディフェンス




