68.最後の手段
勇者様の前に立ちふさがる、カレー!
八人もの勇者様をその身に沈める、カレー!
アスパラグリーンカレーによって勇者様の進退窮まってます!
……絵面も酷いですけど、字面も酷いですね?
こんな事態に直面して、我らが真心勇者様は……
凄まじい気配、えっと闘気ってヤツですかね? それを全身からマグマみたいに発散して、顔はやる気に満ちあふれておいでです。
さっきまで状態異常で苦しんでいたなんて思えません。
勇者様ったらすっかりお元気な様子で……っていうかいつの間にか状態異常を誘発していた謎の魔力が消失しているようです。どうやらあれはアスパラの謎の踊りに由来していたようですね。踊りが止まったので、もう状態異常も及ばない……と。
「なあ、リアンカ」
「はい、なんですか? 勇者様」
「リアンカ、『燃える水』とか持ってないよな?」
「露骨に燃やすつもりですね、勇者様」
「あんなものが、ライオットの心を侵食しているの、かあ……」
なんか全てを灰にしてしまいたいようです。
勇者様の眼差しは生気をなくし……ているのはいつものことなのですが、今日はなんだかとっても濁り過ぎていて逆に澄んで見えました。
だけど決意だけは漲っているのでしょうか。
利き手に握った剣を痛々しいくらいにぎゅっと握っていて。
……うん? ちょっと勇者様、若干血が滲んでません?
手当しなくっちゃ、と私、呼び止めようとしたんですけどね。
それより早く、決断したら速攻に、勇者様が動き出していました。
「カレーはカレー鍋に、か・え・れぇぇええええええっ!!」
そう言ってぶん投げたのは。
柔らかな白と、艶やかな黒のコントラスト。
色とりどりのカラースプレーを撒き散らしながら、回転しつつ飛んでいくアレ。
チョコバナナでした。
「真心様、あれ回収してたんですか!?」
「次にアスパラに遭うことがあったら、絶対に突きつけてやろうと思ってたんだ! この相手を馬鹿にしきった悪趣味武k……アイテムを!」
「チョコバナナを武器だとは認めたくないんですね、勇者様!」
ですが残念ながら、チョコバナナはカレーの海(比喩)にとぷんと沈み込んで取り込まれてしまいました。どうやらカレーはトッピング(バナナ)と隠し味が少々増えてしまったようです。
「真心様、ノーダメージ! 全然効いてないですよ!?」
「くっ……あの様子だと、下手に近づけばこちらも取り込まれてしまいそうだな」
直接攻撃は、逆に取り込まれる機会を作るだけ。あの全てを包み込むようなカレーが緩衝材のようになっていて、物理攻撃の効果は薄そうです。真心様は逆に取り込まれて、他の乱心している勇者様達の様にカレーの具と成り果ててしまうのでしょうか!?
「こうなったら、手段はもう選んでいられないな」
「今まで選べるだけの手段があったんですか?」
割と容赦なく、燃やしたり寄生植物植え付けたりしていたような……って、寄生植物は私の仕業でしたね☆
「俺の提案としては、勇者がカレーにとりついて飲み込まれ、内部から爆発させる光景が見たい」
「それってまず間違いなく勇者様は漏れなくカレー塗れですよね?」
「カレー臭を発する勇者……」
「ロロイ、ここぞとばかりに俺を精神攻撃するのは止めてくれ」
さて、やることは一つです。
直接攻撃を封じられたら?
その場合、勇者様に出来ることはそんなに多くないんじゃないですか?
取りあえずはカレーどうにかしないと、ですよねー。
勇者様の得意な魔法は、光と炎。
それを用いてカレーと化したアスパラを始末するとしたら、
「焼きカレーですか?」
「そんなレベルは通り越して、焦げの塊にしてやる」
なんにしても、やる気があるのは良いことです。
こうして戦闘に前向きになっているだけで、勇者様のお顔に生気が戻ってきましたから。
「ロロイ、は……なんだか背後から撃たれるような気がする。なのでリリフ、支援を頼めるか」
「私怨なら俺にも出来るぞ」
「ロロイ、支援だからな? 個人的な怨恨は、今はどうか仕舞っておいてくれ」
「私は何をすれば? 勇者さん」
「今から……まず、アスパラの視界を奪う」
「アスパラに目って生えてるんですかね?」
「……それから外に誘き出し、湖に突き落とす」
「カレー拡散! でもどうしましょう、カレーが湖の水で薄まるどころか、湖の水分を吸収して質量を増やして大量のアスパラカレーが発生しそうな気しかしません」
あれ、どうしたんでしょうか。
勇者様がいきなり頭を抱え込んでしまいました。
絶望のポーズですか、それ?
「リアンカ……強力な除草剤とか、持ち合わせはないか?」
「ありますよ」
私の言葉に、真心様はほわわっと希望に満ちた顔をしました。
ですが。
この期待に満ちた顔を突き放すのは、心苦しいのですが。
「でもあのアスパラを除去できる強さとなると……半径五十㎞圏内が漏れなく不毛の大地と化しますが良いんですか? 多分、六十年くらいはぺんぺん草も生えなくなりますよ」
「!!? ど、どれだけ危険な兵器を持ち歩いているんだ君は!? 気軽に持ち運ぶなんて無防備すぎるだろう!」
「大丈夫です。密閉していますし、空気に触れなければ無害ですから! 空気に触れさえしなければ!」
「なあ、そんなに念を押されると何かのうっかり事故で容器が壊れたりしそうで怖いんだが」
「壊れたりしませんよー。これ、まぁちゃんの曾お祖父ちゃんが何かの折に量産しまくった薬物瓶と同じ物に入れてますから。まぁちゃんの曾お祖母ちゃんが叩き割ろうとしても出来なかったって伝説の逸品なんですよ☆」
「……なんで薬瓶じゃなくって『薬物瓶』なんて言い方になるんだ?」
「入っていたのが薬物ではあっても、薬じゃなかったからじゃないですか?」
「そしてまぁ殿の曾祖母君が叩き割れないことで伝説になるのか……」
「だってまぁちゃんの曾お祖母ちゃん、元魔王ですし。ただの人間さんが作った代物で魔王が壊せなかったなんてなったら、そりゃ伝説にもなりますよね!」
「その逸話を聞いて凄まじく不気味になってきたんだが……本当にその瓶は大丈夫な代物なのか?」
流石に心の中の世界でも、半径五十㎞圏内を不毛の荒野に変えられては困るご様子。
なんとかアスパラだけを限定で攻撃できない物かと、勇者様は頭を悩ませておいでです。
そうする間にも、ねとねとしたカレーが長く伸びて、触手みたいになって攻撃してくるんですけど。
「取り込まれて堪るか!」
襲い来る攻撃を、勇者様は形振り構わず徹底的に避けまくります。本当にカレーが嫌なんですね、勇者様……いや、アスパラが嫌なんですね。
鞭のようにしなる、カレー。こちらを射貫く勢いで飛んでくる、カレーの具。
カレーに取り込まれた乱心勇者様達だけでも助けられないでしょうか。カレー(アスパラ)と融合したままだと、最終的に勇者様が思いあまって一緒に消滅させちゃわないか心配です。
こちらの攻撃手段が限定される上に、どうやら勇者様達を具にしたことで力を増しているらしい、アスパラ。一体どんな原理でパワーアップしているのか。
私は部屋の片隅で、勇者様の奮闘を眺めることしか出来ません。あとたまに応援。
「あ、このお茶美味しいです」
「リリ、気に入ったの? めぇちゃんが持たせてくれた新作フレーバー……えっと、確か『さくら茶』だったかな」
「海老でも入ってんの?」
「さくらって桜エビとはまた違うわよ、ロロ!」
私達には、見ていることしか出来ないんです。歯痒いですね?
「君達、俺が必死になってる横でーーー!!」
それから十五分ばかり、物理攻撃の封じられた勇者様はカレーを焼きカレーにしようと奮闘していたでしょうか。
全身から湯気を立ち上らせ、汗まみれになった勇者様が荒々しく額の汗を拭います。
カレーの方は……
「ふんだば~」
無傷! 少なくとも、見た目の上は攻撃が効いてる様子は皆無です!
もしかしたら内側にダメージが蓄積されていたりするかもしれませんけど、見た目に変化は一切ありませんでした。
焼きカレーにするには、どうやらカレーの質量が大きすぎるようです。
全体に一気に熱を通すことが出来ないので、熱する端からカレーに当てた熱が全体に伝播し、散ってしまう。
局地的に熱しても、カレー全体が掻き混ぜられるような運動をすれば無意味な行動と成り下がる。
打てる手を打ち尽くしたとは言いません。
でも、勇者様、これはもしや万事休すってやつなのでは……?
勇者様の悔しそうな顔が、内心の苛立ちや葛藤を表しているようです。
「く……っこうなったら、最後の手段だ」
「まだ何か手段があったんですか」
「ああ、これは本当は不本意なんだが……」
本当に、不満そうな顔で。
でも仕方がないと、切り替えた顔で。
キリッと勇者様は言いました。
「アレは、後回しだ!!」
まさかのここで、後回しですか!?
諦めた訳ではなさそうですが……勇者様らしからぬ選択に、驚かずにはいられません。
今ここを退いて、それで何が改善するというのでしょう。
私にはわかりませんでしたが、勇者様には何か考えがあるようでした。




