65.狙われた勇者様(捕食的な意味で)
勇者様が燃えた。
ジャガイモ勇者様が。
相手が植物だ、と。
思い至った途端、速攻で真心様の放った黄金の火柱によって。
なんか神の怒りか悪魔の呪いか、凶悪な火刑にでも処されたみたいな光景なんですけど。
うっわぁ……あれ消し炭になりそうなんですけど、ジャガイモ様の痕跡残るでしょうか。
原型残しておかないと、勇者様の良識が一つ消滅しちゃうんじゃありませんでしたっけ!?
ですが、ジャガイモだろうと玉葱だろうと人参だろうと。
相手も同じ『勇者様』。
勇者様に変わりはないので……同一人物の別側面である真心様の放った火は、同じ勇者様が相手じゃあまり効力がなかった模様です。
ジャガイモ部分は消し炭になりましたけど。
ついでに乱心勇者様の髪が縦ロールに変貌しましたけど。
炭化してぼろぼろになったジャガイモの残骸を、辛うじて身に纏いながら。
それでも白い素肌の八割をお天道様の下に晒す美貌の青年、勇者様。
お体に目立った傷はなさそうですし、全体的には「お変わりない」と表現して良いんでしょうが……何故か髪型だけ人の手で整えたかの如き有様になっていました。
「え!? どうなってるんだ!」
焼けて縮れたというにも無理のあり過ぎる変貌に、やらかした真心様の方が愕然としておいでです。
やや緩めの巻き毛が、風にふかれてふわんっと揺れました。ゆるふわ。
「勇者様の髪って不思議な毛質ですねー」
「その一言で片付けられないだろ!? 燃やしただけでなんでああなるんだ!」
前にもこんなことがあったような気がしなくもありませんが。
「仕方ありませんよ……勇者様には美の女神の、おしゃれパーマの呪いがかかっているんですから」
「おしゃれパーマの呪い!?」
呪いというか、加護ですっけ?
美の女神から加護を受ける、勇者様。
そのせいかどうかはわかりませんが、たぶん加護を受けてるせいだと思うんですよね。
いついかなる時も、どんな状況でも、どんな被害に遭おうとも。
美貌を損ねるようなことが全然ないのって。
実際、顔以外の部分に怪我をするようなことがあった時だって、顔面だけは無傷です。勇者様の面の皮、どんだけ分厚いんでしょうね? 物理的な意味で。
「……っと、とにかく! これであの寄生植物も燃えたは……ず!?」
「あれ、焼き消えてませんね」
ふわりん縦ロールに変貌したジャガイモ様から、ふいっと視線をそらして。
それでも目的は達成できただろうとぬか喜びした瞬間でした。
げっひゃーーーー!!
なんか聞こえました。
と、同時にジャガイモ様の首がかくんっと垂れます。
明らかに意識はなさそうなのですが、そのお体は倒れることなく。
それどころか、両腕が意図に吊り上げられた操り人形のように高々と掲げられていて。
よく見ると、炭化したジャガイモの残骸から何かが伸びているみたいですね。
緑色のそれは、細い蔦のようです。
乱心勇者様の白い肌、瑞々しい肢体に沿うように這い伸びて、その四肢に纏わりついています。というか絡まっています?
「どうやら焼け残ったようですね。というかジャガイモの中に潜り込んでいた一部が、ジャガイモを犠牲に生き延びたんでしょうか」
「あの化け物植物、どれだけ生命力強いんだ!」
「そこはそれ、ほら、魔境固有種ですから☆ まあ、あれだけの勢いで燃やしたら流石に滅されていてもおかしくないんですけど……余程、ジャガイモ勇者様の養分がお気に召したんですかね。通常のものより良い栄養吸って強く育っちゃったみたいです」
「滅べ魔境! というか美味しく頂かれてどうするんだ、あのジャガイモは……!」
自分と同列の存在に対して不甲斐ないと嘆く、真心様。
でも悠長に嘆いている余裕はないと思いますよ?
げっへげっへげっへ!
げひゃひゃひゃひゃ!!
「!?」
ジャガイモ様の四肢に巻き付けた蔦で、操っているのでしょう。
意識のないはずのジャガイモ様。
だけどその体が、いきなり何の予備動作もなしに此方へ……というか真心様の方へ向かって弾丸みたいに飛び出してきました。
「う、うわぁっ! こっちに来た!?」
「大部分が焼失してしまいましたからね。どうやら損失を補って再び増しょ……大きく育つ為の栄養源を求めて捕しょ、捕獲行動に出始めたようです」
「いま増殖って言ったか!?」
「いえいえ言ってませんよー。真心様の気のせいです!」
「それから捕食って言いかけたよな!?」
「真心様の気のせいですー」
私の言葉の、何が気になったのか。
外敵が襲い掛かってこようとしているっていうのに真心様も余裕ですね?
寄生植物『微笑の薔薇』に肉体の支配権を奪われたジャガイモ勇者様が躍りかかってこようっていうのに、真心様は私の方を見ています。
……ジャガイモ様の動きに集中しなくっても良いんでしょうか。
ああ、ほら。
そうこうしている間に飛び掛かってきましたよ!
真心様の頭上にめがけて、ジャガイモ様が跳躍からの踵落とし!
それを真心様は前方に自ら飛び込むことで潜り抜けます。
そうして自らの背後に飛び降りる形となったジャガイモ様の動きを目で追い、振り返る。
今度こそはジャガイモ様から目を離さないように。
だけど目はジャガイモ様に集中しながらも、私のことを気にかけずにはいられないようで……
真心様にとってジャガイモ様は自分と同等の運動性能を持つ相手。
例え操られていても油断はできませんね。
緊張に張り詰めた空気を隠しもせず、私にその場を離れるよう注意喚起を飛ばしてきます。
「っくぅ……リアンカ! あの寄生植物が栄養を求めて襲ってくるっていうなら見境なしになる。まともな判断も期待できない。手加減や見逃しがないとなると危険だ。俺がアレの相手をするから君はその間にここを離れ……」
「その点は大丈夫みたいですよ」
「えっ?」
「うん、真心様にとっては災難でしょうが……あれはあれで、見境があるっていう話です」
「何を言って……って、どわぁっ!?」
私の方に気を取られ、その隙を狙われたのでしょう。
寄生植物の操作による、ジャガイモ様の一撃!
無防備で戦闘能力の低さから隙なんてありまくりだろう私を意に介することなく、正面に相対した真心様へ、鋭い打撃が連続で放たれます。
ええ、私のことは微塵も気にしてなさそうですね! 無視ですよ、完璧に!
「っこの化け物薔薇、なんで俺ばっかり狙ってくるんだ!?」
狙いは一路、一直線☆
そんな煽り文句を付けたくなるくらい、真心様以外は眼中にない様子で襲い掛かります。
「本当に、余程、乱心している方の勇者様が美味しかったんでしょうね……栄養的な意味で。お喜び下さい、真心様! 私の被害を気にかけて下さるまでもなく、標的は『勇者様』一点にまる絞りですよー!」
「全然嬉しくねぇえ!!」
真心様のお言葉も思わず乱れます。
でもそれ以上に、操り人形と化したジャガイモ様の攻撃が乱れ打ちです。
操っているだけで、自身の肉体じゃないからでしょう。寄生植物の操縦は随分と荒いようです。所詮は植物ですし、無茶な動きをすれば過負荷が酷いとかわからないんでしょうね。
まあジャガイモ様の運動性能も、それを可能にしている時点で素晴らしく高いみたいですけど。
攻撃の勢いが激しすぎて、ジャガイモ様の足は地から浮いていました。
滞空時間、長いですね!
まるで空から襲い掛かる怪鳥のようです。
その攻撃に対し、真心様は防戦一方となっていました。
……いえ、防いではいませんね! 全部避けています。
受けていなした方が手っ取り早そうな攻撃も、体に無理がかかりそうな時も全部、回避行動一択です。
「ジャガイモの体に触れることを躊躇……いや、明確に避けているように見えるな」
「なんでしょう。攻撃を受けたくない理由でもあるんでしょうか……」
「リャン姉さん、あれが理由じゃありませんか?」
リリフが何かに気づいたようです。
促されて指さす先に注意を向けますが……。
「無理! ジャガイモ様の動きが速すぎて見えません」
どうやら攻撃の一手一手を繰り出す瞬間の、ジャガイモ様の手足に注意を向けているんだな、とはわかるんですが。
高速で繰り出されてぶれて見える腕や足を正確に捉えるには、私の動体視力さんが未熟すぎました。
「わかった。リャン姉にも見えやすくする」
「ロロ、何をする気?」
きょとんと首を傾げる私の前で。
ロロイがジャガイモ様に向けて何かを投げつけました。
……いま、ジャガイモ様と真心様が激しく(接触はないですが)揉み合っている訳で。
高速組手状態の片方に向けて何かを投げつけるというのは、先の予測能力が飛び抜けて優れているか、命中率が滅茶苦茶高い投擲能力を有していないと惨事を誘発する可能性高いと思うんですけど。
案の定、ロロイの投げた何かは、真心様の後頭部に命中しました。
「あいたーっ!?」
勢いが付きすぎたのか、つんのめって前のめりに転倒する真心様。
いきなり姿勢が崩れたせいで、真心様を狙っていたジャガイモ様の蹴りが思いっきり空振りしました。
「ちっ……」
真心様に誤ってぶつけてしまった苛立ちからか、ロロイが舌打ちしました。
「ロロ、次に命中させれば良いよ。次にがんばろ!」
「うん、リャン。次は狙い通りのタイミングに命中させる」
「それにほら、ロロのやったことも無駄じゃなさそう」
「ちっ……」
あれ、なんでまた舌打ち?
ロロイの暴投により、後頭部に被害を受けて転倒した真心様。
だけどその転倒は、半ば狙ってのものだったようです。
前に倒れることで回避しつつ、即座に床に手をついて、その体は地面すれすれにくるりと回る。
蹴りが空ぶって不安定な姿勢になっていたジャガイモ様の、その体を支える一本足を狙って。
そうして真心様の放った足払いが、ジャガイモ様の体を地面に叩き落としました。
背中を見せる無防備な状態で倒れこむジャガイモ様。
倒れた体が姿勢を立て直すより早く、立ち上がった真心様の足が落とされる。
狙いはジャガイモ様の背、ちょうど肩甲骨の間当たり。
そこには一際大きなジャガイモの燃え残りがあり……そして鉄鉱石が刺さったまま残っていました。
寄生植物の根元、いいえ大元と言いましょうか。
鉄鉱石がある場所は、ちょうど種の着床した部分に他なりませんから。
振り下ろされた真心様の足が、ぐりりっとジャガイモ様の背を踏み躙る。
それに合わせて、ぱきりって音が大きく鳴りました。
乾いた木の枝を二つに割り折るような、そんな音が。
寄生植物は大きく育ったように見えて、まだ芽生えたばかり。
時間を経て大きくなった訳ではないので、種の部分は本体にも等しい。
まあつまり、寄生植物は大事な部分を蹂躙されて急速に枯れ落ちました。
後に残されたのはあられもないお姿の乱心勇者様のみ。
あ、いえ、もう一ついました。
ジャガイモの残骸の間に、小さな緑の物体が潜んでいます。
「ふんだばー」
はい、間違いようもなくアスパラですね。
ジャガイモの装甲やらチョコバナナの薙刀やら、やたら質量のありそうな武具をその身で賄った弊害か、手乗り文鳥みたいな大きさです。
本来の、現実世界にいる勇者様のハニー☆に近い大きさともいえます。
ジャガイモからもぞもぞ出てきましたが、見下ろす私達に気づいてビクッと震えました。
……おや?
怯えなんて動物みたいな反応を示す、アスパラ。
初めての反応です。今まで私達が周囲で何をしていても、我関せずって感じだったんですが。
手に取るには手頃な大きさだったこともあり、私は興味本位でひょいっとアスパラを持ち上げました。
「ふ、ふんだばぁ」
わたわた、わたわた。
アスパラの短い手足(?)が空を掻いて泳ぎます。
じたばた暴れるアスパラを見下ろして、私は思わず笑ってしまいました。
「ふはははは(棒)! 叫ぼうと暴れようと無駄なことだー。助けなんて来ないよ!」
「リアンカ、台詞が悪役! 物凄く悪役になってるから!」
「わざとですが」
「なんの一人遊び!?」
ちまちま暴れるアスパラをからかってみたらどうなるかっていう純粋な好奇心です。
でも私の言葉に反応した訳でもないでしょうに、アスパラはちっとも暴れるのを止めようとしない。
空中でじたばたするアスパラの背中(?)が、暴れる拍子に目に入りました。
……やっぱり、縫い目があります。
「この中にもアスパラが詰まってるんだろうなぁ……」
それは、わかっていたんですけど。
やっぱりちょっとした好奇心からの行動というしかないんですけど。
小さなアスパラの背中の縫い目を、爪で引っ掻いて千切りました。
そうしたら中にやっぱりアスパラが。
…………は、半ば予想していましたけど。
「これは予想していませんでした」
出てきたのは、先程のアスパラより更に一回り小さなアスパラ。
その背中には、更に更に小さな縫い目が……
前にアスパラからアスパラが出てきた時は、「あ、アスパラ!」と思った時点で見なかったことにしました。
だから緑色の面ばかりを見ていて、背中に縫い目があるかまでは確認しませんでした。
今回は小さくて全貌を確認しやすかったため、中から出てきたアスパラの背に縫い目! とすぐさま気づいたんですけど。
この縫い目、切ってみたら中から何が出てくるのでしょう?




