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63.第三の刺客:其は男爵




 突如としてトマト祭りが勃発しました。

 

 真心様も、度重なる野菜の襲撃……いえ、私達の方が襲撃者っぽいので応戦でしょうか?

 待ち構えていたジャガイモ……たぶん品種としては男爵芋に該当するブツを纏った、最後の乱心勇者様。

 何度も続く野菜と化した乱心勇者様達との対応に、疲労を始めとした諸々が心の中に降り積もり、溜まりに溜まったものがあったのでしょう。

 精神世界の住民に対して更に心の中とは?と、考え始めれば何だかとっても深そうな論題がふと思考の端を過ぎったような気がしましたが、きっと気のせいですね。気のせいということにしておきます。そんな考え始めたら深淵にはまり込んでしまいそうなことを考えているような時間はありませんから。

 私がこうして半分上の空でトマトを投げつけている間にも、言い知れぬ闇?っぽいナニかを纏った真心様は無言でジャガイモと化した勇者様に卵を投げつけ続けています。

 ただただ無言で、黙々と。

 そのだんまり具合、ちょっと怖いです。

「ちょ、まて、あ……っ お、おいっ 待てって……!」

 それにしても、これは勇者様の性格と言うべきでしょうか?

 精神世界なんて得体のしれない場所ですし、突入する前にも女神様から警告がありましたからね。

 もっと混沌とした、訳の分からない場所を想像していたんですけど。

 でもこの食材にしてもそうですが、ちゃんときっちり食材貯蔵庫に整頓されて収まっていましたし。

 訳の分からない場所という割には、物事はしっかりあるべきものがあるべき場所に、と整理されていて。

 枠にはまった、と言いましょうか……常軌を逸脱するようなものもなく、現実世界と錯覚しかけるくらいに常識的な場所です。

 ……いや、常識的というには(アスパラ)に染まりすぎてますけど。

 逆に言えば、異常なんてそれくらいで。

 勇者様の数がちょっと多めですけど、こういうきっちりした場所になっているのはやっぱり勇者様の性格なんでしょうね。

 自分の精神世界の中まできっちり綺麗に整えているとか、勇者様らしいといえばらしい話です。

 これなら私達の故郷(ふるさと)、魔境の方がよっぽど何でもありですよ!

「ま、待てって言ってるだろう!!」

「あ」

 四人がかりで、銘々に投げ続けた食材。

 勇者様は卵を、私とリリフはトマトを、そしてロロイはひたすらにロブスターを投げつけ続けていたのですが。

 両手に抱えられる量には限りがあるので、投げきったら床に置いた食料袋から新しい物を取り出す必要があります。

 丁度、四人ともが補給の為に投擲の手を止め、食材が途切れた一瞬。

 その瞬間を待っていたとばかりに、私達にジャガイモ様からの大喝が放たれました。

 ロロイは意にも留めず、次に投げつけるブツを物色していましたが。あ、次は雲丹ですか?

 待てという言葉に、律儀に手を止めたのは真心様くらいでした。

 一応私も意識をジャガイモ様に向けましたけど、手はその間にもトマトを袋から取り出しています。

 私達の視線の先には、全身をトマトや卵塗れでべたべたにしたジャガイモ様。

 ……あのままマッシュして焼いたら、ちょっと美味しそうかもしれない。本物のジャガイモならですけど。

 息つく間も与えず、ひたすら途切れないように食材を投げつけられていたからでしょうか。

 少し肩で息をしながら、ジャガイモ様は信じられないという顔でこちらを凝視しています。

「なんで君達、いきなり食材を投げつけてくるんだ……!」

「そろそろ野菜が嫌いになりそうだから……苛立ちがそうさせたんだ」

「カッとなってやりました。反省はしていません」

「私はリャン姉さんが楽しそうだったので、便乗を」

「お前の面がむかついたから」

「君達、自由すぎるだろう……っ」

 三者三様、というには一名多いですが。

 それぞれにそれぞれの理由を告げたところ、ジャガイモ様がジャガイモの肩を震わせて詰ってきます。

 はて、どうして私達はジャガイモ様にツッコミを頂戴しているのでしょう?

 ツッコミを入れられるべきは、私達よりもジャガイモ様の外見の方が圧倒的に相応しそうなのですけど。

「ジャガイモに言われたくない! 人間の尊厳をどこに捨てた、この根菜マン!」

 と、思っていたら真心様が心底憤慨したといった様子で言い返されております。

 同一人物と同一人物の口論……最後に残った良心(ただし乱心中)と眠らされていた真心が争っておいでです。

 なのに最後に残った良心(※乱心中)が勝ってはいけないという不思議。

 ……乱心した良心を、果たして今でも『良心』と呼んでいいものか大いに疑問は残りますけどね!

「根菜のどこが悪いんだ? 寒冷地に飢饉対策にと、重要な野菜じゃないか。ジャガイモは! それに、何より……ハニー(※アスパラ)が作ってくれたこの防具(バトルスーツ)を馬鹿にしないでもらおうか!」

「……比較的まともな受け答えを見せるからもしやと微かに期待したのに! 結局君もアスパラか! アスパラに盲目なのか!」

「お前もこちら側に来ればわかる……ハニーに心を捧げるこの喜びがわからないなんて、可哀想に」

「っ哀れむなぁぁあああっ!! 他の何かであればともかく、その一点においては絶対に哀れまれる筋合いはない! むしろこっちが哀れに思う立場だろ!? 真心……ライオットの偽らざる本心である俺が拒絶している時点で、とち狂っているのはお前の方なんだからな!? アスパラに尽くす喜びなんぞ知りたくもない!」

「アスパラの何が不満なんだ。アスパラに尽くしたくないだなんて……アスパラ農家の人に謝れ!」

「それとこれとは話が別だ!! 純然たる野菜を育てる農家の方々は尊敬している。だが、君のいうアスパラは絶対に違う! あれはもうクリーチャーだ!! なんか、もう……野菜とは別のナニかだ!」

「くっ……埒が明かないな。話してもわかってはくれないのか」

「どうして話せばわかると思ったんだ!?」

「こうなれば仕方ない。やっぱり……実力で押し通す!」

 そして勇者様(乱心)と勇者様(真心)の話し合いは、最終的に物理で決着をつけることになりました。

 二人とも、最後は殴り合いで正しさを決めようだなんて文明人じゃありませんねー(笑)。

 魔境の人達の方が、もっと文明人とは程遠いですけど!


「さっきはやられる一方だったが……今度は、こちらから行くぞ!」

「!!」

 真心様が、乱心勇者様の宣言にハッと息を呑みました。

 一瞬の硬直。

 何故ならそう言って、乱心勇者様がどこからともなく取り出し、真心様に向かって構えた代物が……え? もしかしてアレ武器とか言っちゃいます?

 見せつけるように掲げられたソレに、私も思わず首を傾げました。

 だって、あれ。


 全体的に薄く黄色い、柔らかそうな食物繊維の塊!

 芳醇な香りを覆い隠すようにコーティングされた、焦げ茶色のドレス。

 彩を添えるのは、華やかで小さな装飾の数々。


 

 チョコバナナでした。


 

 わあ、トッピングのカラースプレーとアザランがはなやかー。

 なんというか、これは予想外でした。

 長い竹串に突き刺さったチョコバナナは大きさのせいか重量感があり、迫力たっぷりです。

 勇者様の全長に迫る長さ……もしかしたら、勇者様の身長を超すかもと思わせる大きさで。

 それを、ジャガイモに包まれた乱心勇者様がくるるるる……っと華麗に振り回してビシッと構える。

 ああ、うん、なんだかあの構え見覚えがありますねー。

 ご近所の老婦人が、健康の為に毎朝素振りしているんですよ。薙刀で。

 その構えに、そっくりでした。

 あれで殴られたら、全身にチョコが付着しそうです……固まってるなら問題ありませんけど。

 

 さて、異色すぎる武器を持ち出してきたジャガイモ様。

 その武器に対する、真心様の反応は……


 地面に、膝をつき。四つん這いで。

 我慢できないとばかりに両手を振り上げ、同時に床へと打ち付ける。

 何度も。何度も。ガツンガツンと。

「予想はしていなかった……予想はしていなかった、が! 奇をてらえば良いってもんじゃあないだろうー!? なんでそこでチョコバナナなんだよ!!」

 そうですよね、私も野菜繋がりで来ると予想していました。

 てっきり、次は大根あたりが来るものと思い込んでいたんですが……まさかの、チョコバナナ。

「なんで今までの流れで甘未に走るんだ!」

 その理由は私にもわかりませんよ、勇者様!

「ハニーが与えてくれた、愛のあかし……この武器で、君を討つ!」

「ってアスパラの仕業かよ!! あの野菜、本当に碌なことしないな!?」

 それは勇者様のアスパラに対する印象のせいじゃないでしょうか……

 何しろここは勇者様の精神世界なので、住民の行動原理は勇者様の現実世界のそれに対する印象とかから来てるんじゃないですか? 細かいところはわかりませんけど。

「いざ、尋常に――勝負!」

「せめてまともな武器に持ち替えてくれないか!? なあ!?」

「勝負の行方を武器に左右されたとでもいうつもりか!」

「そんなことを言うつもりは本来なら毛頭ないんだが! チョコバナナは武器じゃないだろうが!!」

 やる気が著しく削がれたのでしょう。

 げんなりと脱力した様子だったので、攻撃に切り替えて一気に攻めてかかるジャガイモ様の動きに、一瞬ついていけず。

 僅かに反応は遅れ、真心様の苦戦が始まりました。

 勇者様(真心)、がんばって……!

 私には応援することしかできません。


 ……と、いう訳でもなく。

 まあ何か探せば、やれることがない訳でもありません。


 私は勇者様方の勝負を目で追いながら、腰のポーチに手を伸ばしました。

 確か、ここのポケットに……ああ、あったあった。ありました。

 目当ての物は、指先で摘みあげられる小さな種が一つ。

 村から山一つ越えたところの森を散策中に、偶然見つけた小さな種。

 魔境でもちょっと珍しい植物の、見たところ亜種……いいえ、多分突然変異体だと思います。

 時間のある時に試しに植えて経過観察しようと思って採取しておいたんですよね。

 結局まとまった時間が作れなかったので、ずっとしまいっぱなしでしたけど。

 ……折角ですし、ここで試してみましょうか。

 もしかしたらこの種が、真心様の勝機を作る切欠となる……場合もなくはないかもしれませんから。


 そうして私は振りかぶり、トマトに代わって小さな種を投擲することにしました。


 魔境でもちょっぴり珍しい部類の、 寄 生 植 物 の 種 (突然変異) を。






なにが出るかな?

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