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62.その背中に爪を立て



 私の顔を、数秒見つめた後。


「う……っく、頭が……!」


 何故か玉葱勇者様が苦しみだしました。

 凄まじい偏頭痛が襲ってきた! と絵にかいたような苦しみっぷりです。

 真直ぐに立っていられない様子で、頭を押さえて苦悶の表情で呻いています。

 勇者様、乱心なさっているとはいえ、お友達(わたし)に対して如何なものかと思うのですが。

 私の顔見てその反応は如何(どう)なんですか。私は頭痛の種とでもいう気ですか?

 え? 私、何かした訳じゃありませんよね?

 玉葱勇者様には触ってすらいませんよ!

 精神を害するようなことも、まだ何もやっていない筈です!

「お、おい、大丈夫か?」

 敵対する立場の筈の真心勇者様が、思わずといった風で心配そうな声をかけます。

 玉葱勇者様のあまりの様子のおかしさに困惑顔で、どう振る舞うべきか態度を取りかねているような。

 ここで敵だからと容赦なく攻撃せず、例え敵でも本来の立場が頭を過ぎってか心配してしまう。

 卑怯な真似とは縁遠く、気遣いに満ちた現実世界の『勇者様』を彷彿とします。

 勇者様の『真心』が、私の知っている勇者様と同じ行動を見せる。

 勇者様のお優しさ、気遣いが本心からのものだと証明されたようなものです。

 まあ、元より「偽善じゃね?」みたいな疑いはしていませんでしたけど。

 でも本当に、敵対していても乱心していても、相手を気遣えるのは勇者様だからこそです。


「 竜爪撃!! 」

「ぐぁぁぁあああっ!?」


  ざっしゅぁぁっ


 だって勇者様じゃなかったら、あっさりと容赦なくやらかす場面ですもの。


 案の定、といって良いのでしょうか。

 私達という『敵』を前にして、露骨に体調不良からの隙を見せてしまった玉葱様。

 明らかに尋常じゃない様子ではありましたけど。

 いつの間に背後に接近していたのか、その背中に攻撃を仕掛ける者が一人。

 ロロイです。

 私の可愛い弟分は、爬虫類っぽく目をきらーん☆と鋭く光らせて。


 遠慮容赦の一切なしに、玉葱様の背中に裂傷を刻みました。


 ええ、事前に気付く余裕も与えず、一息に。

 子竜時代みたいに、両手の先だけ竜のものに変えて。

 鋭い真竜の爪が五本、ざっしゅぁ!と玉葱の皮も身も裂いて刻まれた訳です。

 玉葱様の丸い体は、背後から襲われた衝撃で顔面から転倒しました。

「ろ、ロロイ!? 卑怯な!」

「敵の前で隙を曝す方が悪い。あんなに隙だらけで攻撃しない方がおかしい」

「思うところがあるのにこの場じゃ正論過ぎて反論できない! でも卑怯! 卑怯ーー!!」

「でも勇者様、前に私の叔母さんが言ってましたよ? 『――卑劣上等。戦いとは非情なモノ、食うか食われるかだ!』って」

「リアンカの叔母さんは何者なんだ。……まぁ殿の母上か!?」

「いえ、ピューマの獣人に嫁いだ方の叔母です。従弟のレイちゃんのお母さんです」

「そっちの叔母さんか! どんな人だよ、村長さんの妹さん」

「親戚一同で焼肉大会をした時、先代の魔王さんとの肉の取り合いで敗れたレイちゃん(四歳)に言っていました」

「ってそっちか! おかず争奪戦かよ! っていうかまぁ殿の親御さん大人げない!!」

「ところでロロイ、竜爪撃って技もってたっけ?」

「ノリと勢いで適当に言っただけだ。実際はただのひっかき攻撃。龍の爪での」

「ただのという割に、被害が甚大そうなんだが……ん?」

「あれ?」

 倒れた玉葱様を介抱せず言い合いしていた時点で、真心様の関心はツッコミ一直線でしたが。

 ふと倒れた玉葱様が気になり、視線を足元に移して……真心様が、唖然としました。

 私達もようよう気付いて、瞬きます。

 だって、私達の下げた視線の先で。


 倒れ込んだままの玉葱様が、起き上がろうと必死にもがいていました。


 わあ、元気。

 起き上がろうにも起き上がれず、玉葱様は全身を使って……両手両足をばたばたさせて、必死です。

 擬音で表すなら、じたじたばたばた、わたわた、ごろんごろんといったところでしょうか。

 あれだけ動けるようなら、手足の動きに異常もないし大丈夫そうです。傷は浅かったのでしょう。もしくは、時間経過で勝手に治ったか。……精神世界の勇者様達、回復力が凄まじいですからね。

 でも体に異常がないのなら、どうして起き上がれないのか?

 理由は簡単です。


  答:玉葱を着ているから


 ああ、なんということでしょう!

 身に纏った玉葱が大きく、丸すぎて……勇者様はいくら頑張っても藻掻くだけ!

 逆さにひっくり返された亀状態です。

 体が丸すぎて、起き上がれない。

 そこにいるのは玉葱であって玉葱ではなくなっていました。

 玉葱改め、『俎上の鯉』です。

 即ち、煮るも焼くも私達次第ってことですよね? 

 床に転がる玉葱様もそれを理解しているのでしょう。

 恐る恐ると私達を見上げる視線は、恐怖に染まった涙目でした。

 試しに、ちょいっと玉葱を突っついてみます。

「あ、ああぁぁぁ……っ」

 玉葱に組み込まれている、乱心勇者様も成す術なく転がりました。

 ……ちょっと面白い。


 ころり、ころころ。

 転がった茶色い玉葱。

 ですがチラリと見えた、白い部分は……

 勇者様の精神世界では、精神体の一部である勇者様達は怪我をしても再生します。

 でもそれは、どうやら勇者様達だけだった模様。

 乱心している勇者様事態は、お元気そうでしたが。

 玉葱部分には、ロロイのひっかき傷が深々と刻まれていました。

 白い、つるりとした玉葱の身が見えます。

 捲れた茶色い皮が、かさりと音を立てる。

 私の隣で、ふとリリフが言いました。

「あの玉葱も……ぺりぺり剥けるんでしょうか」

 無言で、ふと顔を見合わせ合う私達。

 昔、思ったことがありませんでした?

 玉葱って、どこまで剥けるんだろう……って。

 好奇心に背中を押されて、ゆらり近寄る私と竜の二人。

 玉葱勇者様は床を転がったせいか、ちょっと目が回っている様子。

 私は、そんな玉葱勇者様の裂けた茶色い皮に……がっと指をかけました。

「良いではないかー(女声高音(リアンカ))」

「えっ」

 ぺり、ぺりりりり

「ちょ、リアンカ!? 抵抗の出来ない相手にそれは……」(真心勇者様)

「良いではないかー(女声低音(リリフ))」

「は、はうっ」(玉葱勇者様)

 つるんっ

「リリフまで……!? え、どうしていきなり玉葱を剥き始めるんだ」(真心勇者様)

「良いではないかー(男声(ロロイ))」

「ちょ、おい、こら……やめっ」(玉葱勇者様)

 つるりーん☆

「お前達、何をやって……!」(真心勇者様)

「「「良いではないか~♪(三部合唱)」」」

「ご、ご無体なぁぁあああ!!!」(玉葱勇者様)

 重かったので蹴り転がしながら、三人がかりで玉葱を剥きまくりました。


 最終的に玉葱の中心から、小さくなったアスパラと勇者様が転がり出て来ました。

 でもその時には転がされまくって、玉葱勇者様は完全に目を回しておいででした。

 

 え? 玉葱の末路?

 原料がアスパラかと思うとやっぱり食べるのは拙いだろうってことで燃やしましたが。

 ついでに中から出てきた乱心勇者様は当然の如く縛られて蓑虫に進化しました。

 これで七人です。


 残りは、一人。


 でもどうしてでしょうね。

 なんだか私……最後の一人がどんな姿をしているか、予想できる気がします。

 それは私だけでなく、真心様もそうだったのでしょう。

 頭痛を堪える様に、移動の間ずっと眉間をご自身の指で揉んでおいででした。

 だけど移動の途中で、ピタリと足を止めて。

 真心様は決心の滲む表情で、私達にこう言ったのです。

「ちょっと、寄り道しても構わないか」

 そう言って彼が向かった先は……厨房の隣にあった、食品貯蔵庫で。


 

 最後の塔を最上階まで行くと、やっぱりそこにも他の塔と同じように屋上がありました。

 空には暮れゆく空、西に向かって沈んでいく夕陽(※三度目)。

 そして赤々と鮮やかな太陽を背に、私達の前に立ちはだかる影。

 ……そのシルエットは、人間とはかけ離れていて。

 一言でいうと、野菜っぽくて。

 やっぱり予想は大当たりでしたね。

 私達は、逆光で黒く見える影を見止め、頷き合いました。

 向こうもまた私達に気付いたのでしょう。

 厳かな口調で、最後の乱心勇者様は重々しく何事かを……


「――遅かったな。待ってi……ふべしっ」

 

 言おうとして、最後まで言い切る前に遮られました。

 台詞の途中で顔面に命中した、鶏卵によって。

 

 誰が攻撃したのか? 

 誰かが高速で最後の乱心勇者様に接近し、攻撃した――という訳ではありません。

 私の隣に立つ、その人が。

 両腕に抱えた卵やらトマトやらの中で、投げやすそうな一つを選んで投擲した――それが、乱心勇者様に命中した。ただそれだけのことです。

 そして、卵を投げた張本人。

 やるせなさに腕をぶるぶる震わせながら……真心勇者様は、カッと目を開いて言ったのでした。

「なんとなく、な……? なんとなくそんな気はしてたさ……。けど、いざ目の前にすると言わずにはいられない。言わせてくれ。


 ――どうして誇らしげに野菜の格好なんてしているんだぁぁっ!! 」


 それで格好良いつもりか、と。

 そう叫んで、悔しそうな顔をして。

 真心勇者様は、腕に抱えていたトマトや卵を、躊躇いなく全力で投げつけたのでした。

 私達の前に佇む……ジャガイモの格好した乱心勇者様に。





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