61.第二の刺客:其は玉葱
二度目の夕焼けステージは、私達に更なる衝撃を与えて始まりました。
「玉葱ーっ!!」
真心様のやるせない叫びがこだまします。
不敵な笑みを口端に浮かべて、玉葱勇者様は容赦のない刺突を真心様にお見舞いしました。
あんな丸々と大っきな図体でなんという俊敏性! 今にも躓いて転がりそうな体型なのに!
刺突と同時に、何かを玉葱勇者様は真心勇者様に囁きかけました。
何を言ったのかは、遠い上に小声だったのでわかりませんでしたが……
真心様は、ハッとした顔をしました。
そうなってしまうようなことを言われた、ということでしょうか。
だけど気を取られたのが、運の尽き。
……元から勇者様は運とかあまりない気もしますけど。
今回は気の緩みとか、油断に分類されるものかも知れません。
玉葱様の囁きにひっかかり、真心勇者様は吹っ飛ばされてしまいました。
玉葱様の武器……
ズ ッ キ ー ニ で。
あまりに勢いよく吹っ飛んだ上、屋上の壁に激突!
危うく落下するかと驚きました。
思わず駆け寄って、私は身を屈めた勇者様の肩に手をやります。
「勇者様、お気を確かに! 意識はしっかりしていますか? 大丈夫ですか、いけますか!?」
「だ、大丈夫だ……吹っ飛ばされたから派手に見えるが、被害は然程でも」
「私の立てた指、何本に見えます!?」
「三本」
「じゃあ私の髪の毛は!? 何本に見えます?」
「ひー、ふー、みー…………って、わかるかぁあ!!」
「そんな……!」
勇者様、なんておいたわしい!
「もう、駄目かもしれない……」
「駄目の判定基準厳しいな、おい!」
後に、真心勇者様は仰いました。
あの時は確実に、真心様よりも私の気が動転していたと。
しっかりしろとは勇者様の方が言いたかったとのことです。
「しっかりしろ、リアンカ!」
言いたかったも何も、実際に言っておいででしたけどね!
私の駄目かも知れないという言葉を払拭するように、真心様は二本の足でしっかりと立ちました。
顔にこびり付いた瓦礫の細かい破片を腕で拭いながら、納得いかないと顰めた顔で玉葱を……玉葱を身に纏った己が分身を睨んでおいでです。
「あの鈍重そうな体で、あの速さか……」
「玉葱装甲、実はそんなに重くないのかも知れませんね」
「軽重はどうでも良い。とにかく、炒め玉葱にしてやる!」
「バターが欲しくなりそうですね!」
「食べる気か!?」
「食べないんですか? 食材を無駄にしちゃ駄目なんですよー」
「っだがあの玉葱の原材料はアスパラだぞ!? 色も見た目も違いすぎるブツに成り果てているんだぞ!」
「あー……言われてみれば得体が知れませんか? でも魔境ならあの程度の野菜……」
「このとち狂った精神世界の『アスパラ』だ。食べた瞬間に体を乗っ取られてもおかしくない」
「あ、食べるのはナシにしましょう。勇者様、消し炭も残さず燃やしちゃいましょ☆」
外側の玉葱を消し炭にするのは問題ありませんが、中身の勇者様は残さないといけませんけどね。
そして中身を玉葱から引きずり出すには……
「次は、吹っ飛ばされはしない」
「勇者様、頑張って!」
真心様が失態は繰り返さないと、強い眼差しで玉葱を睨み付けます。
今までの連戦に勇者様が使用してきたのは、お城の壁に掛かっていた装飾性高めの剣。
元々が飾り目的だったのか、あまり切れ味は鋭くなさそうです。
そんな剣で玉葱を切ったら……切った方も切られた方も、あの距離じゃ勇者様の涙腺が崩壊してしまいます!
……玉葱が染みないよう、ゴーグルでも渡した方が良いかもしれません。
ゴーグルかその代わりになる物はないかとポーチを漁ったんですけど……ガスマスク、魔境に置いてきてしまいましたからねぇ。
「あ。勇者様、これを!!」
「……リアンカ、それは?」
「私の ストッキング(緑) です」
鞄に入れっぱなしだったストッキングを発掘しました。
いつ入れたのかわかりませんけど、出てきたということは入っていたんでしょう。
残念ながら今の服とは色が合わないので、予備として使うのは戸惑うんですけど……マスク代わりに渡すなら、これでもきっと大丈夫です!
私は役に立つ物を見つけたと、期待を込めて真心勇者様を見つめました。
だけど真心勇者様は何故かよろめき、両手で自分の顔を覆ってしまって。
「それを……俺に、どうしろと?」
「被りましょう!」
「出来るかぁ!! 何の試練だこれぇ!」
あれ?
何故か真心勇者様は、涙目でした。
「出来ない……色々な意味で、出来ないから…………俺は、一体なにを試されているんだ?」
「いや、裸眼のままじゃ玉葱の相手は厳しいかと思って……。勇者様、調理とか慣れてませんし。不慣れな玉葱調理は目と鼻が死にますよ?」
「女の子の……リアンカのストッキングを被るより、俺は進んで涙腺が決壊する方を選ぶ!」
「物凄く戦い辛いんじゃないんですか、それ!? 目が痒くて辛いし、視界も確保出来ませんよ!」
「良いんだ。これは、自分との戦いなんだから……」
「勇者様……」
決意を込めた眼差しに、私はもう何も言えません。
何も言えないので、言う代わりにそっとストッキングを手渡しました。
にぎにぎ、勇者様の指に無理矢理握り込ませます。
「ちょっ!? 何を握らせてるんだ!」
「ストッキングです。お役立ち品ですよ? いざとなったら被って下さい。大丈夫、このストッキングは私も一回しか使ってませんから! 殆ど新品同然です!」
「無理! 本当に色々無理だからぁぁあ!!」
あ、真心勇者様が……
「……泣きながら逃走してしまいました」
「いや、逃げるだろ」
何故かロロイが同情的な眼差しを真心様に注いでいました。
でも本当に、マスクの代わりになりそうなのはアレだけなんですけど……。
真心勇者様の戦いは、やっぱり厳しいものになりそうです。
目や鼻を守る防具も無しに、彼はどう玉葱に立ち向かうんでしょうか。
何故か私から逃げるようにして、玉葱勇者様に突撃していった真心勇者様。
対する相手は巨大な玉葱……を着込んだ乱心勇者様!
その手に握るのは武器(?)らしきズッキーニ。真心様とは武器の間合いが明らかに違います。
ズッキーニは巨大すぎて、突撃用の槍みたいになっていました。
……うん。本当に、貴方はどうしたんですか。乱心勇者様。
乱心しているからにはまともじゃないんでしょうけれど、それにしてもあんまりな武装だと思います。
「ストッキングも武装としてはあんまりだと思いますけど……」
「え? リリ、何か言った?」
「いえ何も?」
しかし真心勇者様がいきなり走り出すものだから、結局ストッキングをちゃんとお渡しすることが出来ませんでした。
私に出来たことは、咄嗟に真心様の腰のベルトに挟み込むことだけで……
「…………」
涙目で対峙する真心様。
……の、腰の後ろにずるりと垂れ下がる緑のストッキング。
玉葱様は静かにとすとすと真心様に近づき、ぎょっとする真心様の腰に手を伸ばしました。
ずるりと引っ張られる、緑のストッキング。
「○×▼×◇っ!!?」
「……」
ぎょっとする、真心様。
微妙な顔の、玉葱様。
心なしか、玉葱様のお顔が同情に染まっておいでのような……
「……戦えるか?」
何故か気遣うような声で、玉葱様が問いかけます。
労りに満ちた声音は、なんだか腫れ物に触れるかのようです。
真心様は、俯いてぷるぷると震えていました。
そのお姿は、見るからに心が傷ついたと言わんばかりで……
「真心様、どうなされたんですか!?」」
いつの間に心に傷を!?
驚いて駆け寄る私に、真心様は顔を伏せたまま。
ただ絞り出すようなお声で呟きました。
「……味方に背中から撃たれたような気分だ」
「わかる」
「誰も勇者様の背中を狙ったりしていませんよ!?」
何故か玉葱様にも責めるような目で見られています。私が。
っていうかなんでそこ、勇者様二人でわかり合ってるんですか。
今は敵対する立ち位置ですよね。ね?
え、私、何もしていませんよね……?
そんな責められるようなことしましたっけ?
勇者様の背中を撃つとか……冤罪ですよ!
慌てておろおろする、私。
そんな私に、何故か疑わしそうな目を向ける玉葱様。
真心様の腰から垂れるストッキング(緑)に目をやり、眉を顰めておいでです。
「頭にストッキングを被るとか、被らないとか……まるで魔境の民みたいなことを言う人達だな」
おや? 玉葱様が何やらおかしなことを言いましたよ?
考えてみればアスパラ云々と口走らない乱心勇者様は玉葱様が初めてですが……
ちょっとは正気が残っているのかな、と思った端からこれですか。
「まるでも何も、正真正銘魔境の民そのものですよ!? 先祖代々魔境生まれの魔境育ち、生粋のハテノ村民なんですけどーっ!! 忘れちゃったんですか、勇者(玉葱)様!」
玉葱勇者様の頭のパー具合が心配です。
いくら何でも、私やロロイ、リリフの出身地をまさか忘れた、なんてことはー……
「え……っ?」
え゛。
まさか……まさかの、本当に……?
本当に私達の出身どこか忘れちゃったっていうんですか、玉葱様ぁぁあ!?
愕然とする私。
ぽかんとした顔の、真心様。
私達が見つめる先で、何故か動揺に目を揺らす玉葱様。
……どうして出身地をド忘れされちゃった私よりも玉葱様の方が動揺著しいのでしょうか。
えっと、ここって私が動揺する場面じゃないんですか?
ですけど誰がどこからどう見ても、感情を大きく揺さぶられて不安定になっているのは玉葱様の方でした。
「ま、境……魔境の、民……?」
玉葱様の視点は、ブレブレです。
玉葱様の足の下限定で局地的な地震でも起きているんじゃないかって思うくらいに、ぶれてぶれまくって……いえ、同じ建物の上にいるんですから、局地的な地震は有り得ませんね。
だけど、そう思ってしまうくらいに玉葱様の視点が定まることはなく。
虚ろに、忙しなく揺れ続ける目で。
今初めて何かに気付いたような……夜更けにふと目覚めてしまった幼子みたいに頼りなくって、儚い顔で。
視点を揺らし続けたまま、玉葱様の目があちらこちらと彷徨います。
明らかに普通じゃない様子に、手を出しかねて私達は玉葱様の動向を見守りました。
しかし……こうして改めてじっくり見ると、やっぱり玉葱ですね。
シルエットから色、質感、目測で感じる重量感……何から何まで、玉葱玉葱しています。
見事なまでの玉葱です。
そういえばこの玉葱様と行動を共にしているアスパラはどこだろう?
例外なく乱心した勇者様はアスパラと一組になって行動していました。
この玉葱様にも、ペアのアスパラがいると思うんですけど……この玉葱も、アスパラから作り出した装甲じゃないかと思うんですよね。
まさか玉葱の質量が大きすぎて、アスパラが視認できないくらいに小さく……?
最初は玉葱様の動向を観察していた筈なのですが。
見れば見る程、私の思考は玉葱様の動向とは別の方向へふらふらし始めていました。
玉葱様の観察に飽きていた、という事実があるような。ないような。
でも、他人事のような顔で玉葱様を半ば放置できているのも僅かな時間でした。
玉葱様のぶれっぶれの視点が。
ぶれたまま彷徨っていた目線が。
私のところを通過しかけたところで、ひたりと止まりました。
……いいえ、止まったのではなく。
定まった。
その言葉が、しっくりきます。
ぶれていた筈の勇者様の視点が、私に焦点を結んで。
今までの頼りなさなんてなかったみたいに、一瞬で視線が強くなる。
私の顔を見つめる。
……うん、なんで私を見つめるんですかねー?
思わずきょとんと首を傾げて、見返してしまいました。
見返した、その私の視線を受けて。
玉葱様は衝撃を隠せない口調で呟きました。
「ま、さか………………リア……ン、カ? どうして、ここに……」
…………今まで私の存在、認識してなかったとか言いませんよね。玉葱様?




