59.第一の刺客:其は人参
なんの前触れもなく人参姿で私達の前に立ち塞がる異形の勇者様!
ずっとそのお姿で、こんな塔の屋上で仁王立ちしていたんですか?
今までとは違う種類の狂気を感じさせる姿に、私達と行動を共にしている方の勇者様がやりきれない様子でがんがんと床を叩いています。
勇者様、勇者様、貴方の力で殴りまくったら床が抜けてしまいます!
「一体なんのつもりで、どうしてそんな恰好をしているんだ……!」
それは実際に人参を身に纏っている勇者様以外、誰にもわからないよ。
だけど思い返してみれば、人参勇者様は私達を待っていたと言っていたような。
……そんな愉快なお姿で、私達を歓迎するどんな理由があったというのでしょうか。
私には、目の前にいる人参勇者様の気持ちがわかりません。
勇者様のことを、こんなに何を考えているのかわからないと思うのは初めてです……!
こうしてとっくり眺めてみても、勇者様は微妙に格好いいキリッとした姿勢で私達を迎え撃つように立っている。
そのお顔は何だかとっても……凛々しい真面目顔。
それが余計に空気をおかしくしています。
「どうして人参なんだ!」
勇者様(真心)が叫びます。魂の叫びです。
「君達を討ち果たすためだ!」
勇者様(人参)が叫び返しました。
結果、人参勇者様の叫びを聞いて真心勇者様が頭を抱えました。
「因果関係がわからない……!」
「大丈夫ですよ、真心様! 私にもさっぱりわかりません!」
私達も、既に今まで何人もの勇者様(計五人)を撃破してきましたからね。
塔の屋上であるここからも、お城の壁に逆さ吊りにしている勇者様のお姿を確認することが出来ます。
時々風に吹かれて何か叫んでいるところからも、蓑虫勇者様達の意識がはっきりしていることは確か。
つまり、知ろうと思えば状況を伝えてもらえる……と。
情報源が蓑虫の誰かなのか、それとも他にあったのかはわかりませんが。
でも情報を得ようと思えば得られた訳です。
乱心してとち狂った勇者様達にとっては、私達の存在なんて精々『外敵』か『襲撃者』が良いところ。
その襲撃への対応策として用意していたのが……うん、なんで人参なのかは謎です!
「今まで良いようにしていたようだが……ここから先は、好き勝手にはさせない!」
「散々、好き放題にしていたのはお前達だろう!?」
きりっと格好いい顔で宣言する人参様。
だけど残念。真心勇者様のお言葉を私は支持します。
仄かに絶望風味……あれはご自身の隠された感性だか性癖だかなんだかを思いがけず見つけちゃったーみたいな気持ちになって絶望しているんですかね? とにかく世も末だと言わんばかりの顔で悲痛な声を上げる真心様。でも多分だけど大丈夫ですよ、真心様! そっちの人参勇者様は十中八九野菜に毒されちゃってるだけですから! 確実に正気じゃありませんから!
「だからって人参は絶対におかしいだろ!? どこがどうとかではなく、全部丸ごとおかしさしか存在しないじゃないか! どうして人参なんだ!」
「おかしなことを……強い敵に対する時、君は準備を疎かにするのか?」
「いや、それとこれは関係が……」
「俺は、最高の相手と戦うには全力を絞る必要があると思う。だから俺は、最高の武装で君達を待っていたんだ!」
「人参を武装と言ったかこのお野菜戦士は! くっ……俺がこんな奇人変人になり下がる日が来るなんて!? これと同一人物の違う側面を担当するのが俺だなんて!!」
「勇者(真心)様、お気を確かに! あの勇者様は……アスパラに汚染されているせいですよ。たぶん」
「だけどアレがライオットの隠された側面だったらどうする!?」
「勇者様の本心である真心様が拒否反応示しているんですから、それだけはないですよ。たぶん!」
「ハッ……! 言われてみれば!?」
思いもよらない人参勇者様を前に、真心勇者様も平静ではいられない模様。混乱混乱大混乱。
だけど取り乱すのもその辺にしておきましょう?
人参勇者様、来ますよ?
今にも、こちらへと大上段に剣を振りかぶって――……
「俺がここで、君達に引導を渡してみせる!」
「さりげなく物騒だな!?」
「何を企んでいるのか知らないが……城内の者達を襲う、その蛮行! 見過ごす訳にはいかない!」
「むしろ俺の方がお前の奇行を見過ごす訳にはいかないんだからなー!?」
「俺は俺達とアスパラの愛の巣を、守る……!」
「滅んでしまえ、そんな狂気のワンダーランド……!! むしろ俺が今すぐ壊滅させてやるー!!」
言い合いを続けながらも、彼らの足は同時に動いていました。
さすが同一人物の別側面。根本は同じ人間の感情から芽生えた存在。
彼らが動き出すタイミングは、僅かなズレもなく全くの同時。
私の対応が遅れるのは身体能力的に仕方ありませんが……ロロイ達、若竜よりも勇者様の動きは尚、早い。
真心様は、人参勇者様と切り結ぶ。
そして、唐突に始まる勇者様vs.勇者様の戦い。
互いが互いの動きを先読みしているかのように淀みなく、滞りなく。
まるで演武を見ているような、噛み合う見事な動き。
そりゃあ同じ人間ですもの。互いの動きを予測するのもお手の物なのでしょうけれど。
くるくる、くるくる、踊っているみたいに目まぐるしく動く。
くるくる、くるりと互いの位置を入れ替えながら、攻守の交代を繰り返しながら。
何てこと……もみくちゃの乱闘になられたら、お二人の見分けが――……つかない、ということもなく。
余裕で見分けられますね、ハイ。
だって片方、人参ですものね。とっても目に眩しく橙色です。
わあ、どっちがどっちか超明らかー。
同じ顔で、だけど変わり果てっぷりの酷い片方とは違い明らかに。
風を切り、薙ぎ払いながら振るわれる剣風の音が私達の耳を打つ。
どっちが標的なのかわかっても、迂闊に加勢……手出しは出来そうにありません。
片方を狙ったとしても、あれだけ縦横無尽に動き回り、足を使って機敏に動かれては、当てるつもりがなくても真心勇者様まで巻き添えにしてしまいそうです。
……端からその前提で諸共にやっちゃう、って手もありはしますけどね?
でも動こうか葛藤する度に、察したみたいに真心勇者様が此方に視線を向けて来るから。
目線で、手出し無用だと訴えて来るから。
というか目に若干、巻き添えを恐れる怯えが見えるような見えないような……?
兎に角今は、真心勇者様はご自分の手での決着を望んでいるようで。
私達もロロイが一度、遠慮無用で諸共に吹っ飛ばそうとしたのを制止して以来、二人の勇者様(片方人参)が戦い合う光景をただ見守っておりました。
互いに空気をびりびりと振動させて、痛いくらいの気迫が伝わってきます。片方人参ですけど。
特に気迫という点で、物騒な気を纏っているのは……真心様の方で。
余程、腹に据えかねるものがあったのか……色々と思うところがあるのでしょう。
真心勇者様の表情を見ればわかります。
今の真心様は……かつてなく、マジでした。
何が真心様を駆り立てたのかは、わかるようなわからないような……やっぱり相手の異形っぷりのせいでしょうけれど。
今こそが自分の走る時と、その場の誰が反応するよりも早く。
渾身の力を込めた、鍔迫り合い。
ですけど、
「一つ言っても良いか……?」
「なんだっ」
どうやら真心勇者様は何か引っかかるものがあったようで、こんな緊迫感漂う局面で……
顔を、無視できないくらいに引き攣らせながら。
カッと目を開き、人参勇者様に叫びました。
「なんで……なんで! どうして武器が 牛 蒡 なんですかこん畜生ぉぉおおおおおおっ!!」
人参勇者様が握っているものは、最初剣かと思われましたが。
接近して戦っている張本人、真心様には即座に分かったのでしょうね。
人参勇者様が握っているもの、その武器は。
牛蒡でした。
どこからどう見ても新鮮な泥付き牛蒡でした。
なんで牛蒡がぎゃりりりりって鍔迫り合いで金属質な音立てるんだろう。
なんで牛蒡が剣と切り結んでスパッと真っ二つになっちゃわないんだろう。
そんな諸々の疑問と不条理を背負い、二人の勇者様が対決中です。
うん、人参勇者様……かつては常識人だったであろう貴方は、とても遠いところに旅立ってしまったんですね。
いつかその感性も元に戻ってくれると良いなぁ(希望的観測)。
「くそっアスパラなんかに毒されやがって!」
「ふんだばー」
「!?」
「あ、出てきたらいけない! 危ないから隠れているんだ!」
あ、焦りました……。
聞こえてきた位置的に、一瞬人参勇者様が鳴いたのかと思っちゃいましたよ!
真心勇者様もそう思ったのか、びきっと顔を引きつらせて一瞬硬直していました。
それは多分、戦いの中では大きな隙になってしまっていたと思います。
ですが人参勇者様の方も慌てて、真心勇者様の隙をつけるような状況ではなかった模様。
それどころではないとばかりに、あたふた。
しきりに気にしているのは……背中でしょうか?
塔の屋上、開けた空間の真ん中で戦う二人の勇者様(片方が明らかにおかしい)。
二人の戦いに遠ざけられ、壁際に下がっていた私達ですが……やっぱりどう考えてもおかしかったので。
屋上の端っこ沿いに、てくてくと歩いて人参勇者様の背後を確認に向かいました。
……屋上に来た時は西日を背負った人参姿が目に眩しすぎて、その背後なんて目に入る筈もなく。
色々な意味で仁王立ちの人参勇者様は衝撃が強すぎて気付かなかったんですが。
背後に回ってみれば、そこに何があるのかは明らかでした。
そういえばいないと思ってたんですよね、アスパラ。
今までの勇者様とは、一人と一本でワンセット、みたいな感じだったのにって。
人参勇者様は、その背中に。
ちょっと小ぶり(?)なアスパラを、おんぶ紐で背中に固定しておられました。
わあ……人参の太さに紛れて、ほっそいアスパラの存在感抹消されてたー。ただし、正面から見たとき限定で。
ちょっと小ぶりといっても人間の十歳児程度の大きさは――って、そんなの全然小ぶりでも何でもありませんでしたね! アスパラとして! いつの間にか感覚が麻痺してました。
しかし人参を身に纏い、手には牛蒡、背にはアスパラ……凄い格好です。
「勇者(真心)様ー! 今のご感想を一言!」
「狂気の沙汰だな!!」
真心勇者様の素直な感想に、なんかほっとしました。
あ、良かった。大事なものはまだここにある、みたいな感じで。
これで真心様まで毒されてしまったら……
その時は、私達の方こそ混乱して何かしてしまうかもしれません。
取敢えず人参勇者様の血迷いっぷりが気になりますが。
その人参を、下して中身を引きずり出す為。
今は何も考えず、勝負に集中してください。勇者様。
「だからなんで人参なんだよ―――っ!!」
集中しようにも、勝負以外のことが気になって仕方ないでしょうけどね!




