58.立ちふさがる橙色
勇者様……君は、いったいどこに向かっているんだい?
書いたの小林ですけど。
理解不能な事態には、そっと目を伏せて。
私達は唐辛子効果で行動不能に陥った乱心勇者様の服を剥ぎ取り、扉の鍵である玉を発見しました。
勿論、玉は回収。中には『義』という文字が浮かんでいました。
その後どうしたかって?
再び、四階で遭遇した勇者様の末路に倣って窓から城の外側に吊るしました。蓑虫二号の誕生ですね☆
……だんだん、私達も追剥ぎめいてきましたね?
そろそろ盗賊に転職するべきでしょうか。
そんな自問自答からそっと目を背けた私達の前に、現れたのは第三の乱心勇者様。
いつの間にか、二階に降りていたんですね。
第三の乱心勇者様は、アスパラに色の異なるリボンを当てて見比べているところでした。
四階や三階で目にした勇者様よりは、マシ……?
いや、でも真剣な顔で人間大アスパラガスに白いリボンが似合うか黄色いリボンが似合うかってやってるんですよ?
冷静に考えてみれば狂気の沙汰です。
「ロロイやリャン姉さんが活躍した後です。次は私が!」
張り切って手を挙げたのは、リリフ。
どうやらここまでに碌な手柄を挙げていないことが気にかかる様子。
そうですよね、非戦闘員の私が活躍の場面奪っちゃいましたし。
リボン選びに真剣な乱心勇者様は、まだこっちに気づいていません。
だったら今のうちにやっちゃえよ☆と、リリフが立ち上がりました。
でもね、リリフ。
光属性の攻撃をほぼ無効化しちゃう勇者様と、光竜の貴女じゃ相性悪いと思うの。
どうするのかと、固唾をのんで見守ります。
だけどリリが取った手段は、とっても単純でした。
「リャン姉さん、煙玉貸してください。催涙成分が付いてるやつだと尚良しです」
「唐辛子由来のやつでも良ーい?」
「十分です!」
まずは勇者様の目から潰しにかかった模様。
更には視界を潰した後で、駄目押しに質まで取りました。
「このアスパラを切り刻まれたくなければ……!」
「ふんだばー!」
「姫君! くっ……目が見えない! どこだ、姫を離せ!」
「調理されない綺麗なままのアスパラで返してほしかったら、衣服を全部脱いで投降してください」
「衣服を全部脱いで!?」
「さあ、早く! このアスパラを塩茹でにされたいんですか!?」
とち狂っている状態の勇者様には、効果覿面でした。
本来なら、アスパラを切り刻むのも塩茹でにするのもなんということではない筈なんですが。
というかむしろ、切って茹でてと調理するのはアスパラに対して適切な処置の筈なのですが。
そんな常識的な流れは聞いちゃいないとばかりに、勇者様(乱心)は苦悩の面持ちで。
一枚一枚、服を脱ぎ始めました。
うん、そりゃね。
この勇者様が良識の一つなら、最終的には服を剥いで玉を回収しなきゃいけませんものね。
というか現時点で、真心さんと良識さんの他に勇者様と同じ外見の方を見た覚えがありません。
この勇者様も、たぶん十中八九、良識の一つだと思われます。
だから身包み剥ぐ手間を省いたんでしょうけれど……
アスパラなんぞの為に、屈辱と怒りに頬を染めながら襟を緩める勇者様(乱心)。
その姿に、見てられないとばかりに頭を抱えて悶える勇者様(真心)。
身をよじらせて「ふんだばー」と叫ぶアスパラ。
……うん、なんなんでしょうね。この空間。
「見苦しい」
「ぐはっ」
最終的に下着一丁になった勇者様は、背後に忍び寄っていたロロイから首筋に手刀食らって崩れ落ちました。
効率もよく、被害も少なかったということで、目潰しからのアスパラ質という流れはその後も手段として採択されることに。
そうしてアスパラを奪えば面白いように手も足も出せなくなる勇者様から悠々と扉の鍵を奪い取りながら、私達は城の中をうろうろと彷徨いました。
お城の壁に、どんどん蓑虫が増えていきます。
風に揺られてプランプラン。
……いまちょっと悲鳴っぽいモノが聞こえたのは気のせいですかね?
うんきっと、たぶん気のせいです。
そんな感じのアスパラ質戦法で、そこから更に勇者様(良識)を潰していきました。
いつの間にか蓑虫さんも五人に増えて賑やかです。風に揺られる度に、悲鳴で。
良かったですね、勇者(良識)様! 五人もいたら、きっと寂しくない……!
私達はそっと目を反らし、次なる勇者様の良識を求めて彷徨います。
……本当はわざわざ毎回蓑虫にする必要ないと思うんですけどね?
何故か毎回、ロロイが吊るしに行きたがるので自由にさせていたらこうなりました。
なんだかんだで、五人までは順調で。
この調子で後の三人も楽々目的達成できるかと思っていたのですが。
それはあまりに楽観的な物の考えだったのでしょうか。
流れが変わったのは、六人目の勇者様を捕まえに行った先でのことでした。
そこは、城内にある塔の一つ。
この塔の中に一人いるはずだと真心様がおっしゃるので、私達はえっちらおっちら塔の階段を上ります。
塔のてっぺんまで上るのに、そう時間はかかりませんでした。
小さな屋上には、ちょっとしたお茶会を開けそうなスペースがあって……
いつの間にか空は赤く染まり、太陽は西の空。
夕暮れ時です。
勇者様の心の中は時間の経過具合やら空の色合いやらはあまり意味がないようです。
塔を上り始めた時は、まだまだお空の天辺近くに太陽があったんですから。
流石に塔を上るのに五時間も六時間もかかったとは思えません。体感時間では三十分くらいでした。
だから、この夕暮れに深い意味はない……と、思いたいのですが。
私達の眼前、開けた塔の屋上に。
誰かが、佇んでいます。
その姿は逆光でよく見えません。
なんだか特徴的な影が、西日を背負って赤く眩しく私達の目を刺激します。
暮れなずむ世界に、まるで私達を待っていたかのように立つ、その人は……
たぶん、勇者様の筈なんですけれど。
自信をもってそうとは断言できない、あの輪郭。
なんだかとっても目に馴染む。
はい、どこかで見たことのある影ですね?
具体的に例を挙げようとすると、我が家の台所が思い出されました。
怪訝そうな顔をしていた勇者様(真心)も思い当たるものがあったのでしょうか。
盛大に顔を引きつらせて、深く深呼吸しておいでです。
深呼吸で、気分は落ち着きますか?
戸惑う私達の空気に気づいてか、それとも私達の姿を見止めてか。
とっても見慣れたナニかを連想させる細長い逆三角形が、きりっと姿勢よく立ったまま。
私達を、すっと指さしました。
「君達が来るのを、待っていた」
わあ、とっても聞き覚えのある美声!
勇者様確定です。
ですが、そのお姿はどうしたことですか。勇者様。
急速に西の空へと落ちていく夕日が、遠くの山際に遮られて。
眩しい光量は急速に引き絞られ、視界を阻むものがなくなって。
それでも私達の目を痛烈に突き刺す、あかいいろ。
いや、橙色。
勇者様らしき方の、あのお姿は……!
私がハッと息を呑む隣で。
真心勇者様が、言い尽くせない程の苛立ちと虚しさと混乱とスパイス少々を織り交ぜた声で絶叫しました。
「なんで『ニンジン』の格好なんてしているんだ、お前はぁぁぁあああああああああっ!!」
本当に、何があったんですか。勇者様。
私達の前に立ちふさがった勇者様でした。
……訂正します。人参の皮を被った勇者様でした!
なんだかとっても厚みのある美味しそうな人参ですね!
着ぐるみとかぬいぐるみとかではなく、リアルにそのまんま人参ですよ!
瑞々しい植物の質感!
勇者様の頭がてっぺんから生えてますけど!!
更に側面から勇者様の手足と思わしき人間の四肢がにょきっと生えちゃっていますけど!!
うん、どうしたんですか。
どうしましょう。
今までとは種類の違う変わり果てようです。こんな前例ありましたっけ!?
かける言葉も見つからない……これじゃあ乱心勇者様じゃなくって人参勇者様です!
……あれ? ランシンとニンジンってちょっと語感似てますね?
って、そうじゃなくって!
これが他の誰かなら、きっと私は素直に大爆笑でした。
でも、勇者様だったから。
まさかの、勇者様だったから。
私の周囲で、一番あんな恰好からは縁遠そうな勇者様だったからーっ!
滑稽な姿に笑いも込み上げてはくるんですが……それよりも深く、困惑して。
ついでに私自身、混乱していて。
本当に、何があったとしか言えませんでした。




