56.勇者様の良識を倒せ(殴)!
話が決まれば、後はもう動くだけですよね。
早速、端から勇者様(良識)を潰していこうと思います。
アスパラに浸食されてご乱心甚だしい勇者様達を目撃しなきゃいけないことには、ちょっと辛い物がありますが。
ま、それも勇者様(真心)に比べれば私の苦痛なんて些細なものですよね!
うん、どんまい勇者様(真心)。
こうして眺めているだけでも、彼の苦悩の程が顔色から伝わってきます。
わあ、冷や汗すごーい……。
ここが現実世界なら、速攻でお医者様を呼びに行った方が良いかな、と心配になるような顔色をしています。
ええ、凄い真っ青です。人間ってこんなに青くなれるんですね―……ここは勇者様の精神世界なので、色の変化も象徴的な物かも知れませんけど。
「勇者様、心の準備は……いいえ、覚悟はよろしいですか?」
「そんな聞かれ方をするとよろしいとはとても言えないんだが!? ……でも、覚悟の有無がどうであれ、行かねばならないと必要性の理解はしている」
「ぐだぐだとまどろっこしい。とっとと行こう」
「そうですね、行きましょう」
「覚悟の有無を聞いておいてこちらの意見は丸無視か!?」
しびれを切らしたのか、ロロイがとっとこ歩き出したので私もそれに続きます。
何故か勇者様は衝撃を受けたような顔をしながらも、最後尾について歩き出しました。
行かなきゃいけないってわかってるみたいなことを言ってたので良いかと思ったんですが……もうちょっと待ってあげるべきでしたかね?
せめて一体目の勇者様(良識)に遭遇するまでを猶予と、その間に彼の心の準備が整うことを願うばかりです。
「あ」
「きゃんっ」
勇者様の安置されていた封印の間(?)の他には、この階に部屋なんてないという話でしたし。
部屋に直接下る階段があったので、そこに足を運んだ訳なのですが。
下って直ぐ、四階に下りたところで急にロロイが足を止めました。
考え事をしていたのと、本当に急に止まったのとで、ロロイの背中に顔面からぶつかってしまいました……。
「リアンカ、どうしたんだ!?」
私が小さな悲鳴なんて上げちゃったせいか、後ろの方にいた勇者様が慌てた様子で駆け下りてきます。
心配は有難うございます。
でもね、勇者様……その心配は、ご自身に向けた方が良いかもしれません。
「!?」
ロロイがどうして足を止めたのか。
その理由には、ロロイの背中にぶつかる形で足を止めた私も直ぐに気付いていました。
だって思いっきり原因に他ならない光景が、目の前にあったんですもの。
「――ふふ、とても幸せだね?」
「ふんだばー」
虚ろな目で、膝に乗せた人間大のアスパラ(ドレス)を愛でる勇者様。
……という、ご乱心ぶりも凄まじい物体が階段下りたすぐの部屋にいるとか、勇者様(真心)は想像していたでしょうか。
どうやらこの階段、真心様のお休みしていたお部屋と、このアスパラに狂った乱心勇者様のくつろいでいらっしゃるお部屋とを直接繋ぐ階段だったようで。
扉一枚とか、廊下とか、そんなもので阻まれることもなく、階段下りたその足で衝撃的映像にアタックすることとなってしまいました。
初めて目にするだろう衝撃的光景(しかも外見は自分と同一)をご覧になった感想は、いかがな物ですか。勇者様(真心)?
恐る恐る振り返った私は、しかしじっくりと彼の姿を眺めることは出来ませんでした。
振り返るより一瞬早く、私の横を風よりも速く駆け抜けるものがあったからです。
ロロイが立ち止まっている場所よりも向こうから、聞き慣れた絶叫が響きました。
「偽りの幸せから、目を覚ませぇぇぇええええええええっ!!」
うん、この絶叫。勇者様(真心)ですね!
慌てて前方へと向き直った私の目に飛び込んできたのは、両足を揃えて勢いよく勇者様(乱心)に跳び蹴りかます勇者様(真心)のお姿でした。わあ、ダイナミック。
その攻撃は、速攻。
あまりにも激しく、一切の躊躇が感じられない速攻の蹴り。
淀みなく放たれた攻撃は、鋭く苛烈。
私はそれを見て、何故か微かに不安にも似た感情を覚えました。
……この時はまだ、私も思い至っていなかったのです。
私達が行動を共にするこの一見まともそうな勇者様は、『真心』。
勇者様の偽りなき本心であり、無意識の嘘や誤魔化しすら寄せ付けない本当の感情。
それってつまり、自制心の塊の様なあの勇者様が普段から自分に課しているだろう、自粛や自重、自制といったものすら寄せ付けないということで。
それ、ブレーキ不在って言いません?
私が小さな不安っぽいものを覚えている間にも、場面は展開していきます。
勇者様(真心)の放った蹴りは乱心勇者様の顔面に命中!
しかし蹴りを食らった方の勇者様もただ甘んじて受けてくれた訳ではなく、どうやら咄嗟に上体を反らして受け流しに入っていたようです。
乱心勇者様を蹴りの勢いで地面へと引きずり倒そうとして、それも敵わず。真心様は逆に足首を乱心勇者様に捕まれそうになり、空中で身を翻しました。
乱心勇者様の頭についた手を起点に宙返りへと移行して飛び退るまでにかかった時間は私が瞬きをするくらいの短い時間で。
距離を置き、殺しきれない勢いに床を削りながらも危うげなく着地する真心様。身体能力は流石というべきなのでしょうが、空中での姿勢制御やら体勢の切り替えやらが見事すぎて本当に人間なのか疑わしくなります。
……どうでも良いですけど、勇者様(真心)が他の勇者様と乱戦になったら見分けがつかなくなりそうですね?
これは今の内から混ざっても見分けられるように対策を講じておくべきでしょうか。
「くっ、仕留めそこねたか!」
「勇者(真心)様、思った以上に好戦的ですね!」
「こんな目と心と頭に突き刺さる姿、直視したくはなかった! こうなったからには……埋める。いや燃やして始末してしまえ!」
色々と胸中、渦巻く物があるのでしょうね。
それらの苦い感情が、どうやら怒りだか闘争心だかに昇華されてしまった、という風に私は見受けました。
もしくは恥ずかしいから抹消してやる!って感じでしょうか。
とにかく、現実の勇者様らしくなく過激な発言です。
真心様は嘘偽りを許されぬ勇者様の本心、という触れ込みですが……実際の勇者様も口に出さないだけで、時々はこんな風に過激な感情を燃やしていたのでしょうか。
「埋めるとか燃やすとか、勇者様にしては珍しい発言ですね!?」
「リアンカ……同じ姿、同じ人物の心の一部として、だからこそ許せないというものが存在するんだ」
「ちなみにお相手は真心様と同じく『勇者様の心』の一部の筈ですが、燃やしたり埋めたりした場合はどうなるんですか?」
「原型が残っていれば多少焦げ付いたところで時間を置けば復活する」
「駄目じゃないですか」
「――原型も残さず消滅させたら?」
「その場合は、『ライオット』の中から消えた奴が受け持っていた観念そのものが消滅する」
「駄目じゃないですか。余計に駄目じゃないですか」
「だが、俺は……っ」
「勇者様、正直にお答え下さい。今のお気持ちは?」
「俺は、悲しい。だがそれ以上に許せない! 自分が……こうも容易くアスパラに籠絡された自分が、許せないんだ! 神の力によるものとはいえ、我が身の本来の姿を忘れてアスパラに簡単に靡くような『自分』なら、いっそ消えてしまえば良いと思う!」
「やっぱり駄目じゃないですかぁぁ!!」
私の知る勇者様は、良識の権化のような方です。良識の塊です。
ここにいる乱心勇者様が、勇者様のどんな部分を象徴しているのかはわかりませんけど。
でもこれが、勇者様の良識の一体だとしたら……
消滅させてしまえば、勇者様の中から良識が一部欠けてしまう。
だけどそれって、良識の欠けてしまった勇者様は、本当に『勇者様』と言えるの?
確かに同一人物ではあるんでしょうけれど……欠けてしまった勇者様は、きっと私の知る前の勇者様とは別物になってしまう。
それは、嫌だ。
とてもとても、勇者様が変えられてしまうのは、嫌だと思った。
それが緩やかな流れの中で生じた、自然な変化ならともかく。
こんな無理矢理で強引で、勇者様の意思の介在しない変化は……認められません!
「だから出来れば原型を残して倒して下さいお願いします!!」
私の口から出た叫びは、どこか切実でした。
ううん、こんな切羽詰まった響きの叫びを私が発することになろうとは……。
言葉の余韻に耳を傾けて感じ入っていると、その間に私の前からロロイが消えました。
「わかった」
そんな言葉だけを、私の前に残して……
あれ? どこ行ったんですかね。
「ぐはっ」
あ、いました。
ロロイは何やら片手に水の……いいえ、氷の槍?を握っていて。
思いっきり背後から勇者様(乱心)の胸を貫いているような、そんな風に見えるような?
「ってマジで貫いてません!?」
「言ってる側から容赦ないな! 俺が言うことじゃないが躊躇い零か!」
「ん? 原型は残ってるだろう。これで何か文句でも?」
「確かに原型を残せば復活するとは言ったが……そこで速攻心臓を貫きに走るお前の思いきりの良さが怖い!」
「安心しろ。最近の俺の狙いは一途に勇者だ。他には目をくれた覚えもないし」
「殺害予告的な意味で狙われている!? 大丈夫なのか、『ライオット』は……!?」
現実から心の中へ乱入してきた私達。
そんな中でも遠慮容赦無用なロロイの態度に、『真心』様のお顔が素敵に引き攣っておいででした。
ええ、呆然としておいでですけど。
大丈夫か否かと問われると、保証は出来ないというのが正直なところでしょうか。
だって何しろ魔境は何が起こるかわからない天然無敵の異常地帯。
そこでで私やロロイは生まれ育ちました。
そんな生育環境ですから……茶目っ気の程も勇者様の基準よりは少々強めのようですから☆




