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53.キスして♥ そしたら起きるから



 取敢えず、アスパラの皮を被る……という案は早々に満場一致で却下しました。

 だってオーレリアスさんのあの様子が思い出されます。

 あれを見ると、ね……アスパラの皮を被って、此方まで浸食されては堪りません。

 洗脳される危険性があるので、さっさと却下です。

「手っ取り早く城内に踏み込む手段と言ったら、やっぱりこれですよね」

 私は重々しく頷き、改めてアスパラ城を見上げました。

 ……うん、見事なまでにアスパラです。

 ここまでアスパラアスパラしいと、全く心が痛まないなと改めて思いました。


 なので。

 私は勢いよくずびしっと門扉を指差し、言いました。


「薙ぎ払え!」

「いえす、まむ」


 即座に応じてくれる、素直な良い子の貴方が大好きですよ。ロロイ!

 ノリの良さって大切です、うん。


 そうして躊躇いゼロで放たれる、竜種の頂点『真竜のドラゴンブレス(水)』


 アスパラ城の大扉は、十五秒程でひしゃげて吹っ飛びました。

 一瞬で吹っ飛ばなかった辺り、その頑丈さが如何に優れていたかがわかります。

 ロロイのドラゴンブレスの前には、それでも呆気なく消し飛びましたが。


 そうして、私達はアスパラの城に踏み込みました。

 問題ありませんね、これで探索が可能です!

 しかしここが予想通りアスパラと勇者様の愛の巣とかだったりしたら……あ、ちょっと怖気が。

 

 踏み込んだ先、エントランスは無人でした。

 というか人っ子一人、気配すら感じ取れません。

 私達の襲撃を察してのことか、どうやら近場にいた生き物は逃げてしまったようです。

 外に逃げられても面倒なので、私達はまず破壊した城の大扉をどうにかしました。

「リャン姉、これで良いか」

「流石はロロイ。完璧です!」

 ぐっと親指を立てて讃えましょう!

 うちの弟分は今日も有能。そう、今回も活躍してくれたのはロロイでした。

 というか水竜の能力が汎用性高すぎです。

 今度は水を氷に変じて、大穴を丸ごと塞いでくれました。

「俺の魔力を混ぜて『不凍の氷』にしておいた。俺が融けろと念じるまではこのまま」

 これで、外に逃げられる可能性は完全ではなくとも潰せました。

 裏口があったら無意味と化しますけど。

「まずは一階を探索して、出入り口を徹底的に潰しましょう。それから先はまた後で考えるとして」

「了解」

「次は私もお役に立ちますね、リャン姉さん」

 当面の方針はすぐに決定しました。

 私と有能な竜の二人はお城の中を堂々と闊歩し始めたのです。

 アスパラと勇者様を見つけたらどうするか?

 それはその時に考えますけど、殲滅という言葉が脳裏に浮かんだのはまぁちゃんの影響かな?


 そして、探索し始めて間もなく露骨に怪しいモノを発見しました。


「何このあからさまに怪しい扉」

「変なレリーフ。何らかの仕掛け扉っぽいが……」

「凝り過ぎて、やり過ぎた感が酷いですね」

 お城の構造上、何となく重要そうな位置に変な大扉を発見しまして。

 私達はじろじろと見上げる程に大きな扉を観察します。

 勇者様の生国で見たことのある紋章……勇者様個人を指す紋章の、『白百合と一角獣』。

 それを扉の中央に配置し、周囲に唐草模様(アラベスク)っぽいモチーフが刻まれています。

 更によくよく見てみると、唐草模様(アラベスク)は扉の中央にある勇者様の紋章から四方八方へと伸びており、紋章を囲む形で存在する八つの彫刻へと繋がっていました。

 優美な花を模した、八つの彫刻。

 その中央には何かが欠けたような窪みがあって……

「露骨に怪しいですね、この扉」

「あからさまに何かありますという感じですわね」

「全身で仕掛け扉だと主張してくるな。無視して破壊するか?」

 怪しさ抜群、仕掛けがあるのは一目瞭然。

 大仰に扉の向こうには何かありますよと告げています。

 私は暫し、その扉を見てうんと頷きました。

「一先ず無視しておきましょうか」

「「えっ」」

 とにかく何かありそうな怪しさですからね。

 二人は私がこの扉の対処を考えるものと思っていたのでしょう。

 それで良いのかと問いかける二対の目に、私は満面の笑みで頷きました。

「面倒臭s……お楽しみは後に取っておきましょう! ここで足止め食らって時間を潰すのは勿体ないじゃないですか。時間の無駄になりますし。だから、後回しです」

 この手の仕掛け扉は、魔境で何度か目にした事があります。

 具体的に言うと、魔境妖精郷(アルフへイム)の迷宮(謎解き要素有)とかで。

 この場にまぁちゃんがいれば、問答無用で強行突破できるでしょうけれど。

 でもここは勇者様の心の中ですしね。無為な破壊行為は慎んだ方が勇者様の心の平安的には吉でしょう。

 え? さっきの「薙ぎ払え!」はどうなのかって?

 何のことでしょうね―。私にはとんとさっぱりわかりません。

 ……まあ、先程のは無為な破壊行為ではありませんし。意味ある破壊活動です。

 全ては私の行く手を阻みながらもこじ開けるとっかかりを用意してくれなかったお城が悪いのです。

 でもこうして、扉を開けるヒントを開示してくれているのなら従うにも(やぶさ)かありません。ちょっと楽しそうですし。

 どうせこの手の扉は、あの窪みに嵌めるべき『何か』を拾ってこないことにはどうにもならないのがオチです。

 そして手元には、それに対応する(アイテム)が一つもありません。

 だったら、アレですよね。

 ここは鍵の回収もかねて、他の場所を先に見て回るべきです。

 もしかしたら別の場所で扉を開けるヒントが見つかるかも知れませんし?

 それにここで粘って手間取っている間に、見逃した出入り口から勇者様(?)やアスパラに逃亡されたら本末転倒です。

「お掃除の基本は、端から順に! お城の地下室とかもあるでしょうから、一階の窓と扉を封鎖した後は取りあえず一番上の階まで行って、上から下へ追い込むように順に見て回りましょう」

「わかった」

「わかりました」

 二人の同意も得られたので、私達三人は勇者様とアスパラの姿を探し求めて徘徊を続行することにしました。


 勇者様とアスパラが抜け出られそうな場所という場所を、水竜(ロロイ)光竜(リリフ)の力で封鎖していきます。

 水を融けない氷に変えて、窓や扉を嵌め殺しに変えていき。

 光の屈折を弄り、実際とは異なる光景に見えるように細工を施していく。

 流石は竜種の頂点、真竜の名は伊達ではありません。

 だけど二人は、なんだか途中から微妙そうな、不思議そうな顔で首を捻る。

 どうしたんですかね?

「リリ、ロロ、どうしたの?」

「いや、なんだか……」

「感触がおかしいというか……上手く言葉に出来ないのですが、魔力を操る感触に違和感が」

「幾ら使っても、減らない気がする」

「え?」

 自分達でもよくわかっていないみたいで、しきりと首を傾げています。

 ……傾げる角度とタイミングが妙にそろっていて、和みました。

 本人達にとっては何か重要そうな疑問を抱えているようです。

 でも魔力が云々とか言われても、私は門外漢ですからね。意味不明です。

 もしかしたら後々困ったことになるかも知れませんが、その時はその時。今わからないことはどうしようもない。

 困ったらまたその時に考えることにして、私は対処しようのない二人の疑問を放置しました。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 とっとことっとこ、階段を見つけては登りに登り。

 ついに到達した、お城の最上階。

 階段がここまでなので、多分ここが最上階です。

 でも怪訝な顔で、リリフが指を数え言いました。

「おかしいです。水鏡で見た城は五階建てでした。だけど登ってきた階数では、ここは四階……」

「他の場所に階段があるんじゃないか?」

「それじゃあ探してみましょう」

 だけど探してみても、他に階段が見つかりません。

 数え間違いでしょうか。 

 それとも階段が隠されているのでしょうか……?

 湖の水鏡で確認しようにも、この階の窓からじゃ他の(アスパラ)が邪魔でよく見えません。

 隠し部屋があるのなら、確認しておきたいのですが……

「俺が窓から出る」

 そう言ったのは、ロロイでした。

「俺なら水を集めて水鏡を作れる。外側から確認しよう」

「でもロロイ、外に出て戻ってこれなくなったら……」

 お城に入った時の、あの門の拒絶ぶりを思い出します。

 もしかしたら外に出た瞬間、窓を閉鎖されるかも知れません。

 心配になる私に、ロロイは肩をすくめるのみ。

「俺だったらリャン姉と使役契約を交わしてるだろ。はぐれたら()んでくれ」

「あ、そっか」

 簡単な方法で懸念は解決してしまいました。

 最早止める理由もありません。

 そしてロロイが窓からひらりと身を翻した途端。


  がしゃんっ


 ……案の定、窓に格子が下りました。

 わあ、予想通りー。

 だけど格子が下りた次の瞬間、外から蹴破られました。

「ただいま」

「あれ、もう帰ってきたんですか?」

「鏡を作って覗くだけだったし」

 簡単そうに言いますが、一定量の水を集めて覗くのに数秒で確認が終わるとは思えません。

 さては窓から飛び出す前に、予め空中に水を出していましたね?

「それで結果は?」

「リリの記憶通りだ。この上に、もう一階存在する」

 ほほう。

 隠された最上階、ですか……なんだか怪しいですね?

 というか侵入者に見られないよう隠しているとなると、そこには重要なものか見られたくない何かがあると相場は決まっています。

 そして、そういう嫌がられるものは暴いてこそです。

「よし。それじゃあ上の階を目指しましょう」

 しかし階段がありません。

 もう一度、念入りに探すも見つかりません。

 四階フロアの中心部分に重要そうな扉が一枚ありましたが、この中でしょうか。

 他は全部見て回ったんですよねー。

「怪しいのはここなんですよね」

「扉、また百合と一角獣の紋章が刻まれてるな」

「どうやって開ければ良いのでしょうか。取っ手がありません」

 壁に穴でも開けようか。

 そう思ったところで、ふと思いました。

 

 壁じゃなくって天井に穴を開けた方が手っ取り早いな、と。


 誰がこの扉を用意したのか、わかりませんけど。

 何から何まで思惑通りに動くより、(たま)に不規則な行動を取った方が面白いですよね。

 だから。

「ロロイ、リリフ。やっておしまい」

「「いえす、まむ」」

 二人の口から、同時に。

 水属性と光属性のドラゴンブレスが天井めがけて炸裂しました。

 このお城がやたら頑丈なのは、入り口を破壊した時に確認済みです。

 あの時は扉だけが吹っ飛び、壁は綺麗にそのまま残っていました。

 だからロロイに加えて、今回はリリフにも頑張ってもらいます。

 これで壊せなかったら、その時に扉を開ける方法を考えるとしましょう。



 まあ、壊せなかった場合を考える必要は、結果としてありませんでしたが。


 綺麗に天井に大穴が空きました。

 流石はロロとリリです!

 ですが気のせいですかね?

 空いた大穴が、端から再生し始めているような……

「気のせいじゃありません、リャン姉さん!」

「急ごう」

 首を傾げている間に、ロロイに腰を引っ掴まれて大穴から上の階にこんにちはです。

 水鏡で確認したロロイの言が確かなら、ここが最上階!

 さてさて、隠されていた場所には一体何が……


「あれ?」


 何が、が何も。

 私達が辿り着いた最上階には、大きな一間。

 他の部屋もあるのかも知れませんが、私達が這い上がった場所には凄く広い空間がありました。

 天井近く、東に大きなステンドグラス……所謂(いわゆる)、薔薇窓というやつが一つ。光源はそれだけ。

 薄暗い石積みの部屋に差し込む色とりどりの光はどこか神秘的です。

 

 そんな神秘的に差し込む光を、一身に受ける形で。

 最も多くの光を浴びる場所には祭壇っぽい何かが一つ。

 

 祭壇というか……石造りの寝台に見えました。


 その上に、ですね?

 ええ、お伽噺に出てくる呪われた眠り姫のように、ですね?

 なんだかとっても絵になる光景だったんですが……


 限りなく勇者様に見える勇者様が寝ておいででした。


 両手を鳩尾の上で組み合わせて、わあ安らか。

 どこからどう見ても、眠り姫……いえ、眠り勇者様です。

 というかお姫様じゃなく『勇者様』が眠ってるって一体……。

 私達は勇者様の姿を確認した後、慎重に室内を見回しました。

 改めて、念入りに確認します。


 ……どこにもアスパラの姿がありません。


 まともな筈のその事実が、何故か異常に感じられる不思議。

 私達はゆっくりと周囲を警戒しながら勇者様に近づいて、その全身を眺め倒しました。

 いつもは青い外套に、必ず剣を身に帯びているんですが……今は飾り気のない白いシャツに黒いズボンというシンプルなお姿。

 美形なのでそういう格好でも大変絵になりますが。

 そして安らかな寝息。うん、完璧にお休み中ね!

 お休みになるにしても、こんな硬くて寝にくそうな石の寝台なんぞに寝なくても良さそうなものですが。

 四階には立派な天蓋付きの豪華な寝台とかあったのに、何故にわざわざこんな場所で。

 不思議に思いながらも、私は勇者様の肩に手をかけて揺さぶりました。

「勇者様? 勇者様ー? おっきして下さいー」

 声をかけても、起きません。

 揺さぶりついでに浮いた頭を落としてみても、石の寝台にぶつかってゴンッという音がなっただけで起きません。

 くぅくぅ犬の赤ちゃんみたいな可愛い寝息が聞こえてくるのみです。

「リャン姉、俺が代わる」

「ロロイ」

 勇者の奴を起こせば良いんだよな?なんて言いつつ、その手に握られているのは何故か墨をたっぷり含ませられた使いやすそうな筆一本。

 ロロイ? 起こすんですよね?

 筆でどうやって起こすのかと見守る前で、ロロイはさらさらと勇者様の顔に筆を走らせました。


 勇者様におヒゲ(黒)が生えました。


 わあ☆ なんて立派なお鬚ー。ちょび髭に顎髭、猫の髭と種類も豊富に取り揃えばっちりですね!

「ロロイ、でもこれでお目覚めはちょっと無理かなって思うの」

「冗談だ。つい、な」

「もう、変なじゃれ方するんですから」

 しれっと筆をどこかに仕舞い込み、出来心でのちょっとした悪戯だと(うそぶ)くロロイ。

 先に言ってくれたら私も仲間に……いえいえ、なんでもありませんよー?

 今度こそ本気を出すと言って、ロロイが次に取り出したのは顔全体を覆えそうな大判のハンカチ。

 それを一体どうするんですかね?

 見守っていると、(おもむろ)にロロイはハンカチにたっぷりと水を含ませ濡らし始めます。


 そうして、ふぁさっと勇者様のお顔に被せました。


 十五秒経過。

 顔面に張り付いた濡れハンカチの下から、なおも勇者様の安らかな寝息が聞こえてきます。

「おかしいな……。人間は、鼻と口を塞がられたら窒息するんだったんじゃ?」

「いえ、普通に窒息しますよ!? というかなんで勇者様起きないんですか!? 起きないにしても、この状況なら藻掻くくらいの反応があっても良い筈なんですが……」

 勇者様ったら、いつの間に皮膚呼吸か鰓呼吸で酸素を取り込めるような体に進化でも遂げていたんでしょうか……っていうか、明らかにおかしいですよね。

 ここまでされて、目を覚まさないなんて異常です。

 いつになく、なんて強固な深い眠り。

 こんなに良い様にされたまま起きる気配もないなんて、どうなさったんでしょうか……。

「あ」

 首を傾げていると、傍らからリリフの声が聞こえて。

 私は、彼女の目線の先に小さな看板を発見しました。

 そこには、こんな一文が……


 ――『キスして そしたら起きるから』


 私達は三人で、互いに顔を見合わせて。

 それから一つ頷き合い――


「「「 最初っはぐー! じゃんけんっ 」」」



 そして敗者は決せられた。


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