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52.彼女が恋に覚める瞬間(とき)

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


今回は居残り組の野郎共が何をしているか、の巻です。



「え? 三人の体って動かしちゃ駄目なの?」

 思いがけないことを聞いた、と。

 きょとんとした顔で目をぱちぱち(しばたた)かせるのは成人男性サルファ。

 あどけない仕草も、こいつがやると別に可愛くもない。

 それに返して、りっちゃんがにっこりと慈愛の微笑を向ける。

「彼らの体に指一本でも触れれば、殺しますよ?」

「うっわーい、目がマジだー」

 りっちゃんの微笑に思うところあってか、サルファの声から抑揚が消えた。

 便乗するように、フランもサルファににかっと笑いかける。

「うちの子孫の生死がかかってるからな。妙な真似を見せたら細切れにして羊の餌にしちまうぞ?」

「わあ、ガチ声ー……☆ 流石、まぁの旦那のご先祖さん……って、え? フランの旦那の羊って、肉食うの?」

「うちの羊を舐めんなよ? 資源に乏しい北方山脈のお膝元、劣悪な環境に適応して進化してっからな。基本、消化できれば何でも食うぞ。消化できなくっても与えられたら一先ず食って、無理だったら吐き出すだけだ」

「それってマジで羊さん? 別の魔物か何かじゃね?」

 リアンカちゃん達が勇者様の心の中へと旅立って、暫し。

 待ち続けることを課せられた面々は、陣の中で横たわる四人に触れることも出来ず、適当に車座になって駄弁っていた。

「冗談抜きに真面目な話、寝てる彼らを動かすのは厳禁だね。地面に刻まれた陣が、彼らの精神を繋いでいるから」

「動かすと、どうなるって? フランの旦那は生死に関わるっつってたけど」

「良くて、目的達成前に強制覚醒。最悪、勇者君の心に出張中の精神と肉体とを繋ぐ緒が切れて、そのまま?」

「そのままって……え? もしかしてリアンカちゃん達の精神、勇者の兄さんの心ん中に置いてきぼり? 帰れなく……目覚めなくなっちゃう?」

「大当たりですよ、サルファさん。だから、絶対に、彼らの肉体には触・ら・な・い・で・下・さ・い、ね? 精神(たましい)を失っては、肉体はただの抜け殻です。その後どうなるかは、推して知るべしというやつでしょう」

「まず間違いなく、俺らは陛下から嬲り殺しだね」

「うわ……リアンカちゃん達は、それを知っててやってんの?」

「完全に理解しているかどうかはわかりませんが、恐らく……」

「えー……。それで良く止めなかったね、あんたら。リアンカちゃんに何かあったらまぁの旦那が大激怒でしょ」

「止めて止まれば、苦労はありません」

「きっぱり言ったね、リーヴィル」

「リアンカ様は良くも悪くも友人思いな方ですが……勇者さんとの関わりを見るに、彼を大事な方だと思っておいでのようですから。少なくとも、陛下や殿下に次ぐくらいには」

「そこに色気が感じられないのが不思議なくらいにね。ホント、リアンカちゃんってばよくわかんないよ。あのお年頃なら、少しは色気づいててもおかしくないと思うんだけどなー。恋愛的情緒、全っ然育ってないのは俺の気のせいじゃないよね?」

 この場に本人がいたら、絶対に大きなお世話だと思いそうなことにいつしか話題は言及していく。

 恋愛という微妙な話題も、当事者達に起きる心配がなければ話題にし放題だ。

 後ろめたさを感じることもなく、男ばかりが集まって煎餅を囓りつつ適当に喋っている。

 ついでに酒の神が秘蔵の品を供出した為、この場の野郎共は漏れなく酒が入っていた。

 自分達でも意識しない内に、ちょっと良い気分になりながら杯をぐいぐい進めてしまう。

 ほろ酔いにも気付かずするする呑んでしまうのは、やはり酒の神に提供されたブツの品質が高かったからだろう。意識させずに杯を重ねさせる極上の味わいは流石と言えた。

 ちなみにせっちゃんは愛の神の娘である幼女と共に、目に見える距離の花畑で花冠を鋭意制作中だ。

「リアンカちゃんの大事な奴ってことには間違いねぇんだな? 異性で、全くの他人。なのに身内と同程度に思っていると……じゃ、取りあえず婿候補と認定しとくか」

「本人の気持ちも確かめずにいきなり婿候補ですか! え、檜武人様としてはそれで良いんですか……? そんな、簡単に決めてしまって」

「んー? つっても俺、リアンカちゃんのご先祖だけど親じゃねえし? 色恋沙汰に口出しできる権利は持ってねーもん。そこは見極めんのも認めんのも、思い悩むのも親父の仕事だろ。俺は子孫(こども)の決めたことは全面的に受け入れる姿勢なんだよ。爺ってそんなもんじゃん?」

「割とあっさりっすね、檜の旦那」

「何を選ぶも本人共の自由だろ。それに勇者(こいつ)、ライオットっつったっけ? 才能も人格も優れてるっつう話だし、酒も女も博打もしねえ真面目で誠実な人柄で? 人間だからリアンカちゃんと寿命も釣り合うじゃん? それに家業を継ぐ予定だから職にあぶれる心配もなけりゃ、妻子に不自由させないだけの財産もあるときた。こんだけの優良物件で俺が反対する理由、どこにあるよ?」

「思った以上に現実的に吟味してた! でも勇者君っの家業って王様だろ? 過剰なまでに重圧と重責がかかってくるし、嫁にも出身と身分が後々まで尾を引く家業じゃないか。檜武人様的には、それでも良いんですか?」

「身分社会とか何とか面倒なことは俺の知った事じゃねーよ。けど人間社会で武神(おれ)が後ろ盾って知ってなお、ぐちぐち文句を言うような度胸と根性の持ち主が一体どれだけ存在するかね……くくくっ」

「うっわあ、檜の旦那……笑顔が黒いっす」

「口出しはせずとも周囲を威圧する気、満々ですね。不満を言う者は根こそぎ踏み潰すおつもりですか?」

「これ、子孫(リアンカちゃん)さえ良ければ他はどうでも良いってことじゃん」

 勝手に子孫への手厚い後押しをしてくれる、好戦的な武神様。

 こんな過剰防衛気味の守護をかけてくれるご先祖様がいると知れれば、むしろその辺の貴族のお嬢様や王女様風情では太刀打ちできまい。

 強力な神を味方に付けられることを思えばリアンカちゃんは人間の国でも熱烈大歓迎を受けられそうだ。

「あ、ところで俺はどうっすか? リアンカちゃんの婿候補☆」

「あ゛?」

 ばっちこーん☆と片目を瞑って軽く言い放ったサルファに、苛つきを隠さない檜武人様の氷の視線が突き刺さった。

 全身、視線で串刺しだ☆

 凍り付いたサルファの顔が、微かに引きつる。

「婚約者持ちが何ぬかしてやがる。寝言は身辺を綺麗に整理してから俺に殴られて言うんだな」

「いつの間にかしっかり身辺調査されている! え、もしかしてこの(ひと)、子孫近辺の異性情報把握済み?」

 サルファは戦慄した。ついでにりっちゃんとヨシュアンも戦慄した。

 自由選択を受け入れると宣言しておきながら、子孫の周囲に厳しい審査の目を向けていたことを隠しもしない。

 彼の審査に落選した野郎がリアンカちゃんやせっちゃんと恋愛的な関係を構築しようとした場合、彼女達の知らないところで天から裁きの雷を降らせることも辞さない構えなのかもしれない。

「えっと、ちなみに勇者君以外で檜武人様のお眼鏡に適うようなお相手って……?」

「まあ、そこそこいなくはないぜ? けどリアンカちゃんの気持ち優先だかんな。あの子が一定以上の好意を向けている相手と限定すりゃ、候補は四、五人ってとこか」

「え、五人もいるんだ。誰だろ……」

 気になりつつも、詮索は止めようとヨシュアンは思った。賢明な判断だった。

 ちなみにご先祖様の勝手に作ったランキングでリアンカちゃんの婿候補一位に燦然と輝くのは、まぁちゃんの名前だったりする。

 

「馬鹿だね、君ら」


 男ばかりが固まってきゃっきゃとリアンカちゃんの婿がねについて語り合う中。

 そんな彼らを冷めた目で見る者が一人。

 愛の神である。

「馬鹿とは、どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だよ。本人の気持ちに任せる? 有り得ないね」

 不思議そうな顔をする、野郎共。

 話題の中心はリアンカちゃんではあるが、話の内容は所謂恋バナに近い。

 だというのに愛を司る神である男がつまらなさそうにしていることには、何か違和感があった。

 こういう話には、なんとなくノリノリで輪に加わってきそうなものなのだが……

「さっき、ヨシュアンも言っていただろうに。人間を恋愛地獄に突き落として右往左往させる神である、この愛の神が断言しよう。

――その娘、恋愛的な情緒が全然育っていないだろう!

恋愛感情二歳児とほぼ同等なんだがそれで自力で恋愛出来るとでも!?」

 その時、その場には衝撃が走った。

 なまじ断言しちゃったのが恋愛を司る神様だけに、その宣言には洒落にならない響きがある。

 今、リアンカちゃんは愛の神に「自力で恋愛不可能」と言われてしまったのだ。

 なんとなくそんな気はしていつつも、その道の神にはっきり言われてしまえば楽観的に笑って流すことなど不可能。

 そんな状況で、一体誰が「本人の自主性に任せよう」と言えるのか。

 特にご先祖様などは、愛の神の言葉に見事に固まっていた。

 まだ他人事で済ませられるりっちゃん達とは違い、彼にとってリアンカちゃんは直系の子孫。思い入れも半端ない。

 だけど衝撃を受けた三秒後。

 愛の神以外の全員が、漏れなく同じ反応を見せた。

 目を伏せ、肩を落とし、どこか諦めの滲んだ微笑み。

「なんとなくそんな気はしてたぜ……」

「なんとなく、なんとなくね、うん」

「予想はしていなくもありませんでした」

 最後通牒を突きつけられたようなものだが、うっすら全員が突きつけられるまでもなく予想していたらしい。

 諦め混じりに、それでも。

 目の前に愛の神がいるのは丁度良い機会なのかも知れない。

 恋愛二歳児を宣告されたリアンカちゃんのご先祖、フランは愛の神に縋り付くようにして膝をついて言った。

「先生! うちの子は……うちの子は治せないんですか!?」

 ご先祖様的には、自分が恋愛結婚しているだけに子孫にも愛のある結婚生活を送ってほしいと思わなくもない。その一心で手を組み合わせてみちゃったりもする。

 そんな武神の嘆きに満ちた姿を前に、外見露出過多の変態美少年と見えなくもない愛の神が重々しく頷いた。神々しいアルカイックスマイルだが、物理的にも背後から差し込みまくって眩しい笑みだ。

「手はなくもないよ」

「え、マジで?」

 縋っておきながら、解決策を提示されるとは思っていなかったらしい。

 思わず素で返したフランに、愛の神はぷくっと頬を膨らませて不満も顕わにびしっとリアンカちゃんの体を指さした。

「原因ははっきりしてる。あれだ、あの阿呆みたいな魅了耐性の高さ! なんだよ魅了耐性MAXって!! 物心つく前に魅了への耐性が鉄壁の強さで身についたせいで恋愛情緒が育つ端緒すら芽生えず(つい)えてしまっているじゃないか! あれで異性への興味関心が育つ筈ないだろう!? 他人の性的魅力は全スルー! 誰だよ物心つかない幼子にあんな阿呆みたいな耐性身につけさせたのは!」

 憤慨に満ちた、愛の神の不満の声。

 それを聞いた瞬間、魔王の臣下二人がふいっと顔を逸らした。

 「陛下か……」そんな呟きが、同時に二人の心に響いた。

 リアンカちゃんは人間では珍しいことに、全状態異常への高い耐性……『状態異常無効』の特性を持っている。

 それは生まれつき備わっていた先天性のものではなく、全状態異常の能力を持っていた現魔王(まぁちゃん)と接する内に備わった後天的なもの。自力で身に着けちゃった能力だ。

 どうやらリアンカちゃんの異性に対する意識が低すぎて恋愛情緒二歳児レベルに留まっている原因は、まぁちゃんに全責任があるらしい。

「魅了耐性もね、程々の高さだったり恋愛情緒が育ってから高くなってるんならまだ良いんだよ。本来は不自然な魅了……状態異常としての魅了を阻む耐性なんだから。異性の魅力ってのに気付ける程度の余地さえあれば良かったんだ。だけど異性に対する恋愛的好悪の基準が定まらない内に、異性に感じる魅力全部遮断する勢いで魅了耐性がついたものだから、他人の人間的魅力には気付けても性的魅力には一切無反応なんてことになるんだ」

 つまり、リアンカちゃんと接する時には性的アピールは無為の代物と化し、完全に中身で勝負しなくてはいけないということですね。はい。

 ただし中身で勝負しても、恋愛音痴と化している彼女が相手ではお友達止まりが良いところ。恋人になるには果てしなく遠く険しい試練の道程が待っている上に、踏破できる可能性はほぼ零である。

 尊敬はして貰えても、恋して貰える確率は限りなく低い。

 それが、今のリアンカちゃんの精神状態である。

「情緒も何も、何事も、育てるのは経験による。その経験する機会を尽く潰せば恋愛不感症にもなるさ」

「先生、うちの子は、うちの子は大丈夫なんですか! っつうかマジで何とかなるんだろうな!?」

「任せて欲しい。これでも恋愛を司る神なのだから……人間を恋愛地獄に突き落として右往左往させることこそ、我が存在意義! 愛の神の誇りに賭けて……この娘の恋愛的情緒を芽生えさせてみせる!!」

 覚悟を決めた顔つきで、愛の神としての使命を果たすと宣言する神。

 そんな美少年を眺めながら、りっちゃんは愛の神を止めるべきか否か悩んだ。

 リアンカちゃんを溺愛する主君(まぁちゃん)不在の今、勝手を許して良いのだろうか……?と。

 彼女の恋愛感情を育てるような行為を、果たして魔王はどう思うのだろうか。まぁちゃん、過保護だからなぁ。

 将来を思うと放っておくべきなのだろうが、愛の神をそこまで信用して良い物か否か。さっきから宣言が微妙に不穏当なのだが。

 だけど自分より遙かに格上の存在である檜武人が、愛の神を後押ししている。

 この場で異議を唱える権利が、果たして他人のりっちゃんにあるのだろうか。

 

 考えた末に、りっちゃんは思った。

 この場でリアンカちゃんの保護者は、どう考えても檜武人。

 だったら全責任を檜武人に丸投げしておこうと。

 魔王に叱られたら檜武人がGOサインを出したことを述べて仕方なかったと言っておこう。


 それに恋愛的情緒に目覚めれば、前から魔王が憂慮していたリアンカちゃんの異性への恥じらいや慎みが育つかも知れないし……?

 

 それでも魔王に従妹の君を任せられているのだ。

 せめてこれだけはと、問題定義を試みた。

「あの……子供の頃から徐々に育つのと違い、リアンカ様の精神年齢はもう大人とほぼ変わりません。恋愛情緒が育っていないと言うことは、ある意味で異性への免疫がないに等しいと思うのですが……」

「……君の言う通り、この娘には性的な意味で免疫だの耐性だのはない真っ新な状態だね。うん」

「その状態でいきなり、慣らしもせずに恋愛的情緒の目覚めを促すことに、問題は?」

「そんなのはやってみなくては。個々人で感じ方も反応も異なるだろうし、暫くは過剰反応が出るかも? 言ってしまえば頑張って慣れるしかないだろう」

「それで問題は!? 本当にそのままやってしまって良いんですか!? 何の対策もなく!?」

「だけど今ここで処置しておかなくては、この娘は永遠に恋愛情緒二歳児だが!? それで良いのか。やるもやらないも、今この場で判断してもらいたいな」

 ここで止めてしまえばリアンカちゃんは恋愛に目覚めることはない。

 何か問題が出たとしても、それが変化として恋愛的情緒の成長を促すのだと信じるしかない。

 愛の神の言葉に、患者(リアンカ)の保護者として檜武人が権利を行使した。

「やってくれ……」

「本当にそれで良いんですか、檜武人様!」

「良いんだよ! 変化を恐れてちゃリアンカちゃんは治せねえ!」

「不治の病の如く仰いますが、別に病気ではありませんよ!?」

 りっちゃんがよく考えろと言うも、檜武人の決意は固い。

 彼は、愛の神に施術を促した。

「具体的にどうするんだよ、愛の神」

「恋愛的機微に気付ける程度まで、何とか魅了耐性を下げる」

「んなことが出来るってのか? 既に一度身についた鉄壁の耐性がよ」

「愛の神の称号()に賭けて……恋愛感情を司る、全ての力を賭けてでも、やり遂げてみせよう」



 意識がなくては動く筈もない。

 無抵抗を余儀なくされたリアンカちゃんは、意識のないまま愛の神によって謎の秘儀にかけられた。



 結果。

 本人の知らない間に、リアンカちゃんの魅了耐性は『MAX(100%)』から『87%』まで下落した。

 それが愛の神の限界だった。




愛の神

「く……っこれが限界か。耐性下げてもこれだけの数値じゃ、余程魅力ある異性じゃなければ耐性を突破できないじゃないか!」


 ちなみに愛の神も呑んでいた。(酒)


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