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48.魂の女神

※ 前話、投降数十分後に少々書き加えをしてあります。




 勇者様を元に戻す手段の、その手がかりをようやく掴んだ私達。

 掴んだからには、何が何でも離しませんよ!

 でも勇者様を元に戻すには、私達の協力が必要とのことで……?

「それで、私達は何をすれば良いんですか」

「そうですわねぇ……この方の正しい精神の形を知らない私が手を出してしまうと、以前とは別人のような人格に変貌したり、あるいは人格が破綻してしまう危険性があるのですけれど」

「それは是非とも、過剰な手出しはご容赦願います」

「ですわよね。なので、私が手を貸すけれど協力は間接的な物に止めるとして、貴女がた自身の手で治してもらえるかしら」

「否やはありませんが……具体的には?」

「難しい話は抜きで、直接干渉して治す方向で如何かしら。この方の『心』に潜って、深層心理の最下層に封じ込められているこの方の『本心』を解放するの。その課程で『心』に蔓延る汚染物質……植え付けられた『恋情』を排除出来ればなお良しですわ」

「ええと、つまり勇者様の心の中の血迷ってる部分を粛正がてら、お休みしている勇者様の理性とか常識とか……ううん、『正気』を叩き起こしてくれば良いんですね!」

「ええ、その通りよ!」

 任せて下さい! 心の中に潜るとか正直どんな感じか予想もつきませんが、勇者様の性格はよく知っています。血迷っている『勇者様らしくない部分』と抑え込まれた『勇者様っぽい部分』の区別を付けるのなんて簡単です!

 要は公序良俗としっかりした道徳心、良識、そういう物を指標にすれば間違いはないと思います。

 勇者様を叩き起こす任務、見事果たして見せましょう。

「あの、やり過ぎには注意して下さいね?」

 そして女神から来る、心配そうな注意事項。

 精神世界は繊細な領域なので、慎重に行動しないと後々勇者様の人格に思わぬ影響が生じてもおかしくない……と。

 そんな複雑怪奇な場所なら、素人を突入させようとしないでもらえますか……?

 愛の神様の加護に免じて治療にご協力下さるそうですが、この女神様も下界の人間相手には割といい加減で雑把な部分がありそうです。

「準備、何か必要ですか? 後、定員は何名までですか」

「そうね。あまり多くの人間で踏み込むのは好ましくないかしら。特にこの方の心の防壁に引っかかるような、あまり親しくない人は連れて行かない方が良いと思うわ。心が拒絶反応を起こして疲弊してしまうから。後は……今の正気じゃないこの方が『望まない変化』に抵抗してくるかも知れませんわ。武装して行くことをお薦めするけれど」

「ロロイー、リリフー、戦闘はお任せしました」

 勇者様の『抵抗』に私のような戦闘能力のないただの人間が太刀打ちできる筈もありません。だったら最初っから戦闘向けに他の人を連れて行って代わりに頑張ってもらうに限ります。

「任された」

「お任せ下さい、姉さん!」

 魂の女神様の説明的に、普段の勇者様が心を許している人間中心で踏み込めって事だと思います。

 『お友達』の私には、多分心を許してくれていると思うんですが……少なくとも、今ここにいる面子の中では私が一番勇者様の『親しい人』だって自負がありますよ!

 逆にサルファあたりは考えるまでもなくお留守番ですね。

 えーと……画伯に対してもよく「理解できない」って頭抱えてましたし、ヨシュアンさんもお留守番対象ですかね? 勇者様に修行を付けてくれたりもしていましたけど……

「よーし、勇者君の性癖発掘しちゃうぞ☆」

「画伯はお留守番で」

「えー!?」

 うん、やっぱり画伯はお留守番です!

 絶対に、治療の甲斐なく勇者様に変な影響残るから!

「リャン姉様、リャン姉様! せっちゃんは? せっちゃんも姉様の為にがんばりますのー!」

「せっちゃんは……」

 他に誰を連れて行くかな、と。

 考える私の前にぱたぱたと駆け寄ってくる小柄な美少女。

 張り切った様子全開のせっちゃんが、そこにいました。

 私の目の前でぴょんぴょん飛び跳ねて、やる気に満ちた様子を見せてくれるんですけれど……

 

 女神様曰く、余計な事をやらかすと勇者様の人格に深く影響してしまう恐れがある、と。

 その言葉が再度、私の脳裏を過ぎりました。


 もう一度改めてせっちゃんを眺めると、そこには両手をぱたぱた振って「全力でがんばる☆」と全身で表現するせっちゃん。

 私は、暫し沈黙しました。

 何か尤もらしい言葉が浮かばないから、口を閉ざして三秒ほど考えました。

 うん、やっぱり結論は一つですね!

「……よし! じゃあせっちゃんも一緒に行「リアンカちゃん、早まらないで!」「俺は駄目なのに殿下は良いの? 本当に良いの!?」「もっと深くよく考えて下さい、リアンカ様!」

 …………最後まで言い切る前に、三人のおにーさん達にがっちり体を掴んで止められました。

 私の右腕をサルファが、左腕をヨシュアンさんが。

 そして背後から両肩をりっちゃんがしっかり掴んで私を引き留めます。

 あの……そんなにしっかり掴んでくれなくっても良いんですよ? 別に、崖っぷち間際に立ってるとかそんな危険な状況でもないんですから。

 ですが、仕方ありませんね。

 私だって彼らが何を案じているのかわからないではありません。

 キラキラ輝く期待の眼差しで私を見上げるせっちゃんにこんなことを言うのは、胸が痛みますけど……

「せっちゃんは応援係……いえ、応援団長です!」

「おうえんだんちょう! リャン姉様、せっちゃん応援団長さんですの?」

「うん、その通り! 応援団長さんなので、私達がやる気を出して頑張れるように応援してくれる?」

「……はいですの! せっちゃん、頑張りますのー! 姉様、ふれっふれー、ですの!」

「せっちゃんが可愛い……!」

 あまりに無邪気なせっちゃんの愛らしさに、私は地面に手をついて悶えました。

 そうしてちらりと、顔を上げずに視線だけを走らせて。

 側に苦笑顔で立っていたりっちゃんに、目線で合図を送りました。

「(せっちゃんのこと、よろしくお願いね! りっちゃん!)」

「(監督役、謹んで拝命いたします)」

 せっちゃんは可愛いし、真剣だし、いつだって真面目で頑張り屋さんで健気で可愛いけど。

 げに恐ろしきは、『天然』かな……。

 せっちゃんを連れて行くと、漏れなく『不測の事態』というおまけが高確率でついてきます。普段だったら、それも楽しいものだけど。

 取りあえず取り返しのつかない事態になると色んな物が水の泡と化しそうなので、余計なことをしそうな人材は置いて行かねばなりません。

 もっと余裕を持って楽しめる状況なら、絶対にせっちゃんを置いて行ったりなんてしないのに……!



 こうして物の数分で、勇者様の正気救出部隊とお留守番係が確定しました。

 私と若竜コンビが、勇者様のお心に潜り込むこととなり。

 一方でせっちゃんと監督係のりっちゃん、それから勇者様の心の防壁に介入を拒まれていそうなサルファとヨシュアンさんがお留守番です。

 あっと、そういえば神様達はどうするんでしょうか。

「ご先祖様と酒神様はどうなさるんですか?」

「俺っちはここであんたらの生還を祈ってぐいっと一杯やっとくさ」

「それただ単にお酒が飲みたいだけですよね」

「俺の方はそっちの坊主とはそんな親しくもねえしな。それに俺も神の端くれだし。こんな重てぇ存在、精神世界にぶち込んだら支え切れずに崩壊しても知らねーぞ?」

「なるほど」

 神様達は神様達なりの配慮で、お留守番してくれるようです。

 ということは、やっぱり私達って三人で勇者様のお心の中にお邪魔しますしないといけないんですね。

 勇者様の心の中、変な場所じゃなければ良いんですけど……。

「大丈夫だ、リャン姉。勇者はまだヨシュアンの心の中よりは絶対にマシな筈」

 ロロイはヨシュアンさんの心の中になんて行ったこともないだろうに、無駄に説得力を感じさせる言葉でした。

 でも、そうですね。

 多分、きっと。

 画伯の心の中に行くよりはずっっと精神衛生上安心していられます!

 

 そうして、私達は。

 魂の女神の導きにより、勇者様の心の中へと潜り込むことになったのです。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 私達が、勇者様の治療の為に心の中とかいう訳のわからない場所へ赴こうとしている……丁度、その時。

 私達にすっかり存在を忘れ去られた存在感のある女装のあの人……まぁちゃんは、絶賛追いかけっこに興じている真っ最中でした。


「うぉら待てこら! いい加減にしろ!」

「それはこちらの台詞よ……っ いい、か、げんにぃっして!」


 微妙に息を切らしながら、必死の形相で逃走を図る美の女神。

 今現在の彼女に、常の優雅さは微塵も見当たらない。

 しかし死に物狂いで逃走しているのにも関わらず見苦しさが欠片も見当たらないのは、流石美の女神といっても良いかもしれない。

 ――その背後に迫る『鬼』の方が格段に見苦しい姿をしている為、対比によって見苦しさが紛れているだけかも知れないが。


 美の女神を柄も悪い口調で罵りながら追いかける、それは。

 麗しの艶姿☆もさよならしちゃった姿と変わり果てたナターシャ姐さん……いいや、既にその姿はもうナターシャ姐さんの片鱗よりも割合『(まぁちゃん)』の方が大きくなった魔王当人であった。

 サルファ渾身の技術力によって施された化粧は未だ残っている物の、逆にかえってそれが『彼』の艶姿を異様な物へと変えている。

 結われた髪はとっくの昔に崩れて流れ落ち、しかも逃走劇の間に風に煽られまくって乱れに乱れまくっていた。もうただの下ろし髪だ。

 上半身は何となく胴に限ってドレスの原型が残っていたが、ドレスの袖や肩周りはやはり気兼ねなく動き回るには窮屈だったのだろう。びりっびりに破けて僅かな布が纏わり付くのみ……いや、意図的に破られたのか。細く裂かれた布が彼の腕や拳に巻かれ、即席防具代わりにされている。

 軽やかに風に踊ったスカートは盛大にかぎ裂きを拵え、動きにくいとの装着者の無情な判断により意図的に大きな裂け目(スリット)を作成されて。

 今となってはスカートというか『腰巻き』と呼ぶべき別のナニかに変貌を遂げていた。

 ヒールの高かった靴は既に失くして、足はストッキングもびりびりの素足ダイレクト。

 蜘蛛のギミック? そんな物はとっくの昔に失われたようだ。

 その姿は何というか……もう女装ではない。女装ではなかった。

 だが恐ろしい姿であることには変わりない。


 そんな格好で金髪(内面はともかく外見は)美女を追いかけ回す、魔王様。


 どうしてだろうか。

 実情を知らないで見ると、傍目にはまぁちゃんの方が悪党に見えた。悪党というか……いや、なんだ。変な人だ。

 それでもその美貌が損なわれていない点が凄まじい。超絶美形は何をしても美形だが、今のまぁちゃんは残念な超絶美形である。

 そしてそんな変な人から全力で逃走する女神。

 既に遭遇(エンカウント)を果たした神々の集会所を飛び出して、今の彼らはただっ広い大草原の中を駆け抜けている。とっても全力疾走ですね。遮蔽物がないからこそ、その走りは本気の速度を保ち続けていた。わあ速い。

 走る。走る。

 空を飛ぶ余裕もなく、走る。

 天界の温暖な空気の中、抜けるような青空の下。

 花々の咲き乱れる豊かな草原を脇目も振らず全力で走り抜ける二人。

 これ程にシュールな光景が、かつてこの草原で繰り広げられた事があるだろうか?

 草原で葦笛を吹いていた牧神が、遠い目で二人を見送った。

 あまりに速い速度で走って行くので、横を通り過ぎるのは一瞬だった。二人は風になっていた。

「あのひとたち、どこまで行くんだろ……」

 普段は陽気で浮かれ気味、更に言うなら空気を読めないことで有名な牧神はぼんやりと風になっている二人にそんな感想を抱いていた。

「あっちの方は……軍神の神殿じゃっけ?」

 魔王から逃げよう、逃げようと走り続ける美の女神。

 逃げ込む場所として彼女が一路目指していたのは……軍神の神殿。


 『軍神』……その称号を持つ神は、天界にも数あれど。

 魔境の面々が殴り込みをかけているこの神群の里で軍神といえば、指し示される神はほんの僅か。

 中でも代表格とされる、雄々しき神が一柱。

 それは、この神群の長の息子(珍しく嫡出子)。

 猛々しく気性が荒いことで有名な美丈夫であり……


 ………………そして、美の女神の愛人代表格であることで有名だった。






勇者様の『心の中』に次回からリアンカちゃん達が殴り込みだよ☆

なんか余計なことしたら、勇者様の人格がダイレクトに影響喰らうんだって!


 でも、リアンカちゃん達が余計な事をしないで終わるのかな?


→勇者様、人格崩壊の危機

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