39.恋は盲目、怒りも盲目
最初、目の前にした光景が信じられませんでした。
だって、あの勇者様が。
あの勇者様が、ですよ?
こんな盛大に血迷いまくった無残な有様を、まさか私達の目の前に披露するなんて……
世の中って、無情だなって思いました。
……え? 私が言うな?
どういう意味ですか、それ。
私だからこそ言うんですよ。
私はちょっと悲しくなりました。
悲しくなって、ですが認めずにはいられなくて。
現実から逸らしていた目を、そっと勇者様に向けました。
左手のひらにアスパラを乗せて。
右手の指でつんっとつつきながら幸せそうに恍惚とした表情で微笑む勇者様。
優しげな眼差しは蕩けるようで、『愛しさ』と形容されそうな何かが零れています。溢れています。汁だくです。
「こんなに俺の心を掻き乱すなんて……怖いくらいだ。こんなに可愛いと思えるのは君だけだよ」
ゆ、勇者様が!
あの恋愛に及び腰どころか頭部を庇いながらの逃亡待ったなしの、恋愛以前に女性怖いな勇者様が!
こんな、何とも勇者様っぽくない台詞を……!?
異常事態の発生です。
見ただけで明らかですが、思った以上に深刻な異常事態っぽいです。
それは私だけじゃなく、他にも肌で感じた人はいたのでしょう。
おろおろとした様子で、サルファや画伯まで勇者様の顔を心配そうに見ていますから。
「ちょ、ちょっと勇者のにーさん、頭……大丈夫? イケる?」
「頭……? ああ、俺の頭ならずっと熱に浮かされているようなものだ。愛しい存在を前にして、どうしたら正気でいられると?」
「え? 瘴気? ……違う?」
「え、ええー……勇者君ってば自発的に新規開拓するなんてどんな心境の変化? けど、マニアック過ぎない……? 上級者向けにも程があるっていうかー……突飛で珍奇過ぎて、俺もちょっと食指は動かないかなぁ。奇抜過ぎて今までネタにしたことも無いって」
「新規開拓? そんなんじゃない。これは……そんな言葉で済ませられるような愛じゃないんだ」
「これが勇者君の言葉!? あの、魔境の武闘大会で盛大に巨大アスパラ共をキャンプファイアよろしく燃やした勇者君の!」
「あの動き回るアスパラに向かって「畑に還れ」とまで言い放った勇者のにーさんの言葉とは思えねえ!」
勇者様の態度に、みんな驚愕を顔に浮かべました。
だって、あまりに普段とかけ離れていたんですから。
……驚くなって方が無理ですよね?
私達があまりに驚いて硬直するも、どこ吹く風。
勇者様はこちらの驚愕も動揺も何も全く気にせず、意の向くままにアスパラを愛でています。
「はあ……なんて可愛いんだろう。この緑に艶めくシルエット、まるで常緑の森を思わせる色の顔。愛らしいエメラルド色の手足……」
「結局全部緑! 表現を変えて褒めてるように見えて、勇者のにーさんってば緑としか言ってなくね!?」
「二人で、俺達だけの世界に行けたら良いのに」
「……野菜の世界? 畑? 台所? どっち……?」
「どうして、君はこんなにも愛らしいんだろう。見ているだけで、俺の胸は高鳴るよ」
「それ、変な病気なんじゃない? 特に頭と眼球の。あ、あと心臓もか」
「はは、困ったような顔で見ないでくれ。だけど君が俺のことを気にしてくれているのかと思うと……あまりに嬉しくて、おかしくなってしまいそうだ」
もう、おかしくなってるんですよ。
周囲で私達が何を言おうと、注意を引こうと。
勇者様はコチラなどお構いなしでひたすらにアスパラに注視し続けました。
その、勇者様とも思えない勇者様の姿。
これが勇者様じゃなくって、他の誰かなら「ああ、脳をヤられたんだな」で済む話なんですけど。
……なんでしょう。これが勇者様だと思えばこそ、クルものがあるというか。
正気に直撃するというか、精神を汚染されそうな気がするのは私だけでしょうか。
ある意味で目に毒というか、あまりに現実離れした現実を前にして戸惑うというか。
何はともかく、衝撃としか言いようがありません。
もう今の身体的なお姿の変わり果て具合とか、勇者様の精神面での変貌に比べたらどうという事もありませんよ。
半裸だろうが。両手が拘束されていようが。
額に第三の目が生えていようが、両目がなんか赤い結晶に覆われて塞がれていようが、背中に真っ白・金色・鴇色の合わせて三対の翼が生えていようが。
そんなこと、勇者様の言動のおかしさに比べたら些末事でしかないはずです。
「なんという変わり果てたお姿に……勇者様、貴方に何があったというんですか!?」
これは、以前ルシンダ嬢に遭遇して幼児退行した時の……いえ、それ以上のショッキングな災禍が勇者様に降りかかったとしか思えません。
余程の精神的外傷を負わない限り、勇者様がこんな有様になるとは思えない。
だって、あの勇者様ですよ。
打たれ弱いというか、すぐに膝をつくけれど、それでも驚異的な回復力ですぐに立ち直り、立ち上がる。そんな不屈で強い精神力を有した勇者様が。
そうでもなければ、こんな惨状を私達の前でご披露下さる筈がない……!!
ともかく、まずは正気に戻さないと。
どうしたって、勇者様が心配です。
この惨事が一時的なものだと、ちゃんと勇者様が元に戻れるっていう保証がなければ安心できません!
心配で、そわそわして、他のことが手につかなくなっちゃいます。
だから、私は勇者様に話しかけました。
恐る恐る、でしたけど。
「ゆ、勇者様ー? 正気をどこに落としてこられたんですかー?」
「……はあ、どうしてこんなに可愛いんだろうね。君は」
「って無視された! 勇者様が!? 私を!!」
え、こんな対応、勇者様にされたの初めてなんですけど!
何より雄弁に態度で「アスパラ以外目に入らない」と示されるのも辛い物がありますが。
でも私の知る勇者様なら……紳士で真面目で優しい勇者様なら、誰かを無碍にすることも無視することも不自然です! サルファとストーカーさん以外!!
どんな時だって、その時々で微笑んでいたり困ったように眉を下げていたりと様々に対応が違っても、相手を蔑ろにするようなことはしなかったのに。
だけど、まだめげません。
この程度で折れてなるものですか。諦めず、勇者様を見習って不屈の意志で接するのです!
だってまだ、奥の手があります。
勇者様がおかしくなったとしかいえない状況下だからこそ!
由緒正しい『勇者様の復活法』を試すべきです。
こんな、勇者様に反応させる為だけに、故意にやるのはわざとらしくて気が引けますが……!
私は渾身の力を……持てる手札の中から吟味した、とっておきの力を引っ張り出しました。
「勇者様ー❤」
「……」
「ふふ。無視ですか。でも見て下さい! 強引にでも視線を頂戴しますよ」
「ぐ……!?」
こっちを見てくれない勇者様の両頬を、掌で挟んで。
無理矢理でも構いません。はい、視線はこっちですよー。
強引に、勇者様の顔を向けさせた先。
そこには私の鞄から取り出した…………
――『黄金の勇者様像(1/10スケール)』サンバver.が。
……前に勇者様の故国で御前試合が開かれた時、とある会場を飾っていた無数の勇者様像。
勇者様の像を作るとなった時に公募して、全国から贈られてきたというデザイン案に基づいた数々の勇者様像。
公営のお土産販売所で売られていた、そのミニチュア版がこちらです。記念にちゃっかり買っておいたんですが、勇者様からの反応はほとぼりが冷めたここぞという時にいただこうと思ってこっそり隠しておいたんですよね。
今回は天界の広さがどんなものかわかりませんでしたし、勇者様を探さないといけないと、でしたし。小さくても邪魔になるかな、って思いはしたんですが……勇者様の目撃証言を尋ね歩く事になった時、似顔絵代わりに使えるかと思って一体持ってきてたんです。
そんな、勇者様を模った黄金像|(※メッキ)。
これだけじゃ反応をいただくにも寂しいかと思って……いま、現在進行形で画伯とサルファがデコレーションしてまっす☆
勇者様の目の前で、みるみる彩られ、飾り立てられていく勇者様像|(※メッキ)。
サルファがその器用さを全面的に発揮して急拵えで用意した、小さな小さな薔薇の髪飾り(紙製)が散らされた頭部全体。
ショッキングピンクのリボンが良いアクセントになっています。
後頭部から生えた極楽鳥の尾羽と、サンバの衣装(女性用ビキニタイプ)を思わせる羽根飾りが素敵ですね☆
さあ、こんな画伯とサルファの感性で穢された自身の小さな分身を前に、勇者様の反応は……!?
どきどきと期待に胸を高鳴らせる私。
しかしそんな私の思惑に反して、勇者様の反応は何とも寂しい物でした。
「………………ああ、花も似合いそうだ。これ、一つもらおう」
そう言って、小さな勇者様像の頭部から赤い薔薇の髪飾り(紙製)を一つ摘まみ取り。
自身の手に乗せたアスパラの頭(?)にそっと付ける勇者様。
「ふふ、似合うね」
「ふんだばー?」
幸せそうなその笑みは、手の中の幸せ以外は全てどうでも良いと宣言しているみたいで。
私は、爆沈させられざるを得ませんでした。
こんな、地面に懐くみたいな格好……いつもは勇者様の専売特許なのに。
「じゃ、じゃあ次は……っ」
それから暫く、私は勇者様からの反応をもらおうと奮闘することになりました。
まさに手を変え品を変え、あの手この手で。
アスパラの素揚げだって、イソギンチャクの残骸だってお目にかけました。
なのに。
……全滅、で。
「なんだかとっても、幸せそうですのー」
せっちゃんが言った言葉は、私の胸に刺さりました。
勇者様は私がその隣でどれだけ頑張っても。
どれだけ、勇者様の注意を引こうとしても。
ずっと……アスパラ以外には目もくれませんでした。
………………私、がんばったんですけど。
勇者様の為にって思って、頑張ったんですけど……!
なのにその肝心の勇者様が無反応ってどういうことですかーーーー!!
っていうか勇者様がツッコミ入れないとは何事ですか!
勇者様が、勇者様がツッコミを放棄するなんて!!?
余力がなくても、余裕がなくっても反応しちゃう勇者様ですよ!? その勇者様が無反応っておかしいでしょう!!
これ、本当に勇者様なんですか……?
なんか今更ですけど、アスパラマスターとして変貌を遂げたアディオンさんを前にした時の勇者様の気持ちが、今になってわかったような気がします。
アスパラって共通点があるあたり、より深くそう思います。
ボケかましても駄目なんて。
もうこうなったら力技しか……それしか、方法はないんですか? ちなみに私は他のアイデア出てこないんですけど。
「まぁちゃんが言いましたー……!」
「あに様が言いました!」
「こう……相手がおかしくなった時は」
「どうするんですの?」
「斜め45度の角度で、ぶっ叩く!!」
「はいですの!」
「あれ? っていうかせっちゃんがやるの?」
私が勇者様の頭を叩くつもりだったんだけどな?
だけどどうやら、私じゃなくってせっちゃんがやるつもりのようです。
そして攻撃力的に、私よりもせっちゃんの方が適任な気がしました。
勇者様の耐久力を前に、私が叩いても油すましに嘗められたような物でしょうけど。
前魔王の娘にして現魔王の実妹であるせっちゃんなら、彼女の攻撃力なら……勇者様の耐久性を超えて、勇者様の頭に衝撃を加えることが出来るはず。
我関せずと、こちらに注意を払わない勇者様。
その頭に向かって……背後から、せっちゃんは、紙を細長く丸めた物を振り下ろしました。
……いえ、ね? せっちゃんが万一本気で殴ったら洒落にならない気がしましたので。
どう殴っても致命傷にはなりそうにない獲物を持たせた次第。
それでも結構な攻撃力が紙の棍棒越しでも伝わったらしく。
背後から殴られた勇者様は、顔面から地面に突っ込みました。
その両手を高く、空に掲げて。手の中のアスパラを守り切る形で。
顔面からイッた勇者様。
ここまでやれば流石に反応が……!
……………………………………ありませんでした。
顔を起こした勇者様の反応は、アスパラの安否の確認だけで終了しましたよこん畜生……っ!
どうして、どうして勇者様は私達がこんなにしても無反応なんでしょうか。
いつもの元気と、理不尽や非常識に対する反応速度はどうなってしまったというのでしょうか。
あれもう条件反射入ってたと思うんですが……ここまで無反応だと、流石に私達も動揺します。
動揺しながらも、これは私達が考えていたような精神異常じゃないと察する物がありました。
だって不自然です。
とっても、とってもとっても不自然です!
こんなの勇者様じゃない。そんな言葉が、一瞬心に浮かびます。
だけど、どこからどう見ても……勇者様なんです。多分。なんか額に目とか生えちゃってますけど。ついでに背中にも翼が生えちゃっていますけど。凄い様変わりどころでなく変わり果てていて、本当に同一人物かちょっと疑わしくなってきますけれど。
優しい声も、優しい微笑みも。私に向けてくれたのは、そんなに前のことじゃないのに。
勇者様……。
私の知る勇者様は死んでしまったの……?
私にはもう、かつての勇者様は取り戻せないと絶望するしかないんですか……?
そんなこと、信じたくありません。認めたくありません!
「せっちゃん、私達と離れている間に何があったの!?」
私達が離れていた間の出来事は、せっちゃんしか知る人がいない。
そう思っての質問でしたが。
私の問いかけに、せっちゃんは首を傾げて。
「えっと、勇者さんが切り株に躓いて転んじゃいましたの」
「ころりころげた木の根っこ!?」
「あ、あとそれから、勇者さんと目隠し鬼をしましたのー」
「目隠し鬼さん手の鳴る方へ!?」
え、それがどう転じて、勇者様があんなに目を逸らし気味の態度で接していたアスパラに愛を囁くようになるんですか? それも大マジで。
因果関係が謎過ぎます。
勇者様の変貌に私以外の面々も困惑して戸惑っていたんですが、やっぱり原因追及は重要だと思ったんでしょうか。
原因を突き止めず放置して、自分達まで同じ惨状に陥っては大変だと思ったのか。それとも純粋に勇者様を哀れんだのか。はたまた別の理由でか。
頭を悩ませる私の横から、りっちゃんがそっとせっちゃんに目線を合わせて。
眉を寄せながら、真剣な表情でせっちゃんにゆっくりと尋ねかけます。
「姫殿下、これは大切なことです。よく、細かいところまで思い出してみましょう? 例えば……勇者さんがこのような狂気に陥る直前、いつもとは違うことはありませんでしたか?」
直前ですよ、直前。
りっちゃんは、そこが大切だと言わんばかりに念を押します。
そうです、勇者様がこんな狂気に陥る原因があったなら、何より奇行に走り始める直前にこそ兆候があった筈。
せっちゃんはちょっと悩むように考え込んで。
「むぅ~……? あ、勇者さんの額におめめが生えてきましたの!」
「この三つ目が原因ですか!?」
「他には? 殿下、他に変事はなかったでしょうか」
「えっと、これだけですの!」
せっちゃんが大きく頷いて断言します。
……っていうかなんで勇者様の額に目が生えているんですか?
些末事扱いして放置していましたが、これが突如目覚めたアスパラ愛もしくは勇者様の狂気の元凶だと言われると、にわかに気になり始めました。
これは、天界に来るに当たって説明を受けた「天界に順応しようとして下界の民の肉体が変調を来す」というアレでしょうか。
この額の目玉も、両目位置を覆う結晶も、背中に生えている三対の翼も?
え? さすがにアスパラに愛を語り始めた事まで『順応』の範囲に含まれるとか言いませんよね?
だけど変貌するかもと言われてはいましたが、こんなにはっきりと肉体に変化が訪れる物なんですね。ちょっと予想以上でした。
でも、これが肉体に現れた『異常』なら治療のしようもあるでしょうに。
これが天界に馴染もうとして起きた変化……『進化』だというのなら、治療する術なんてない。
もし、第三の目が生えたせいで勇者様が狂ったんなら。
それが正しい作用だなんてことになったら、勇者様を元に戻すことなんて……
「……ね、リアンカちゃん? この目玉って、さっきリアンカちゃんが行方不明!っつってた薬のせいじゃね?」
「あ」
……そういえば、紛失しているんでしたね。『額に第三の目が生える薬』。
言われてみれば額の目以外は知りませんが、額に生えた第三の目だけは私がどこかで落としたらしい薬の効能どんぴしゃりです。
「まさか、私が薬をどっかで落としたせいで勇者様がこんな事に……!?」
ちょっと勇者様も、ピンポイントで被害に遭うとか災難過ぎませんか?
私の偶然落とした薬をどういう状況で使うことになったのか知りませんけど、薬を拾うにしても使うにしても、どんな運命の悪戯が働いたって言うんでしょうか。悪戯過ぎますよ、勇者様の運命を司るのがどこのどなたかは存じませんけれど!
「ええと、じゃあ何がどう作用してそんな状況になっちゃったのか謎ですが……この勇者様の額に生えた目を何とかすれば、この状況は改善されるんでしょうか」
これが勇者様に自然に起きた変化ならどうにも出来ませんけど、私の薬が原因なら何とかしようもあります。
えーと、確か、私の薬で起きた身体変化を治す薬の材料は鞄に……
りっちゃん達にも手伝ってもらって、急いで薬を調合しようとしたんですが。
材料や道具を鞄から取り出していた私の背中に、思わぬところから声がかかりました。
着ぐるみ越しの、くぐもった声が。
聞き捨てならない、呆れの響きを込めて。
「……無理だと思いますですよ」
私達にそう言ったのは、某兎の着ぐるみでした。
視線のかみ合わない気持ち悪い兎の顔で、いけしゃあしゃあ宣う着ぐるみ。
彼女は、私達の希望を絶つように断言しました。
「愛神様の残滓が感じられるです。その男、愛神様の『金の矢』で射られたですね」
「それ、どういうことですか……?」
着ぐるみの言葉は、とても聞き流せる物ではなくて。
私は、思わず着ぐるみの側につかつかと迫ります。
「ひぃっ 怖い怖い怖い! 無表情の真顔で迫って来るのは止めるですよ!」
「良いから、お答えください。勇者様が金の矢で射られた? どういうことですか!」
「……どうも何も。吾は感じ取ったままを口に出しただけ。今の吾にわかるのは、そこな勇者が愛神様のお計らいでその変な……魔物? 妖怪?」
「アスパラです」
「吾の知ってるアスパラと違っ!? ……まあ、良いなり。とにかく、吾にわかるのは愛神様のお計らいで勇者はアスパラに惚れたのだろう……って事だけなり」
「それじゃあ、つまり……勇者様の頭がおかしくなったのは、愛の神の仕業だと?」
「それ以外にないなり」
私の疑問に、兎の着ぐるみがこっくりと頷いて応え。
次いで私の身に湧き上がったのは……
筆舌に尽くし難い、胸に抱えているのも苦しい大きな怒り。
憤慨する自身を抑えきれず、私は吠えずにいられませんでした。
声に出して、全身で表現して。
少しでも怒りの発散に繋がるような、そんな反応を示す他。
「おのれ、愛の神……! 余計な手出しのお陰で勇者様の存在意義が行方不明じゃないですか!」
「あるぇ勇者のにーさんの存在意義ってツッコミだけ?」
「勇者様が活き活きとツッコミを入れる、あの元気なお姿を見たかったんです……! ツッコミを入れない勇者様なんて、ホワイトソースが混入されていないシチューみたいなものじゃないですか!」
「それもう別の料理じゃないですか。ホワイトソースが入ってないって……ただのコンソメスープですよね」
「とにかく、私は決めました!」
「何となく不吉な予感がするけど、何を?」
「勇者様の仇です。なんとしてもこの酷い有様の勇者様を正気に戻してもらわなくっちゃですし。そう、責任ってヤツですよね?
――愛の神、シメます 」
そう断言した、私に対して。
何故か近くにいた皆が、軽く最低一歩の距離を取って後退しました。




