37.勇者様が超進化を遂げる五秒前
おいおいそんな鬼畜な……勇者様が可哀想だろ!
なんて酷い、なんて可哀想……そう思いながら躊躇いなく書いたのがコチラです↓
そんなこと起こる筈ない。
起こると思いすらしていなかった。
だから、違和感に気付くのが遅れた。
『それ』は本当に当たり前のことだったから。
――見える。
両目はまだ封じられていた。
瞼の裏の暗闇以外、今は何も目に映さないというのに。
なのに見えるという奇妙さ。
元々見えて当たり前の生活をしていたから、反応が遅れる。
……その時、丁度喉の焼ける苦しさに咳き込んでいた。
俯く姿勢になっていて良かったと思う。
お陰で、取敢えずの危険は免れていたけれど。
それがただ先延ばしにしただけでなければ良い。
気付いたら地面の色が、自分の足先が見えていた。
視覚的に写し取られた情報。
映像と成し、視覚を封じられている筈の脳へと結ぶ。
「あれ、なんで……見え………………ハッ!」
有難う、聞き察知本能。
見えると認識するが早いか、俺は咄嗟に掌を額に叩き付けていた。
叩き付けるようにして、押さえていた。
不意の飲酒でうっかり忘れていたけど、さっきまで燃えるような苦痛に……比喩ではなく、物理的な苦痛に見舞われていた額を。
今はもう、苦痛を感じない。
だが押さえた掌の下に。
いつもなら何もない筈の、そこに
……本来、そこにある筈のない感触があった。
あっちゃいけない感触が。
…………その感触には、覚えがある。
掌が触覚を通して読み取った情報は、脳裏で一つの言葉に変換された。
眼。
………………信じたくないし、認めたくもないが。
俺の額に、目が生えていた。
どうして、そんな疑問を差し挟む余地もなく。
眼が生えていた。
額に目が生えるという言葉に、既視感を覚える。今は記憶を掘り返している場合でもなかったんだが。
「何の試練だ、おいこらぁぁあああああっ!!」
運命は、理不尽だ。
前々から何度となくそう思っていたが、今日も既に同じことを何度も考えている。
その中でも特大級の、因果関係不明な事態。
原因に思い当るものがないから、より一層募る思い。
姫が目の前にいきなり現れた時も相応に混乱したが、今回はその比じゃなかった。
だって姫に限らず、魔境の住民にはどんな不可思議や奇跡を起こしてもなんだか不思議じゃないと思わせるところがあるが……今回は魔境の民じゃなく、俺の身に起きたことだ。
額に目が生える心当たり何て、微塵もない。
もしや、これがティボルトの言っていた……下界の民が天界に馴染もうとすることで発現するという不都合。適応に伴う変化の発露なんだろうか。
……これが、俺なりの天界への適応?
いや。いやいや、それはないだろう。
ない筈だ。違うと、誰か言ってくれ。
って違う!問題は何処にもかしこにも無数にあるが、今一番考えるべきはそこじゃない!
今は……このタイミングで目が生えるのは、まずい。
特大級に、この上なくまずかった。
「勇者さん、どうしたんですの?」
「姫、済まない……手で押さえていれば大丈夫だとは思うが、万が一ということもあるから。念の為、俺の正面に立つのは避けてくれ」
「でもお話しをする時は相手と目と目でメンチカツを切り合うもの!ってあに様が言っていましたのよ? でもメンチカツって目でどうやって切るのかよくわかりませんの。ビーム?」
「それ絶対にメンチカツじゃない! 姫、何か別の物と聞き間違えてないか!? って、メンチ? メンチ切り合うって絶対に穏便な話し合いじゃないだろう、それ!」
まぁ殿は妹君にナニを教えているんだ……っ
時折、教育がどうの情緒がどうのと言っているが、まず間違いなく教育への悪影響を率先して与えているのはまぁ殿本人だと思う。
……話が逸れた。
今はそれより危険性があることを姫に説明しなければ!
万が一の事態を避けるには、周囲の理解と協力も不可欠だ。
「姫、疑わずに聞いてほしい」
「はいですの! せっちゃんはちゃぁんとお話を聞ける良い子ちゃんですの」
「そうか、それは素晴らしいことだけど……まずはきちんと話を聞こうな、最後まで。これは冗談でもなんでもないんだが……
………………何故か、俺の額に眼球が生えた 」
それは、俺としては決死の覚悟での告白だった。少なくとも俺はそのつもりだった。
普通、人間の額にいきなり目が生える訳がない。
有り得ない事態だ。呪いや変身魔術の失敗など、何らかの外的要因があったなら話は別だが……それでも信じがたい話だと思う。
これで目の前の相手が故郷の側近や両親なら、まず間違いなく疑ってかかられた末、事実確認の末に医者と魔術師と神官が呼ばれる事態だ。
……が、目の前の相手はそういえば普通じゃなかった。
だから人間相手に想定するような反応が返ってくると思い込むのが危険なことくらいわかっていたさ!
「勇者さん、おめめが三つですの? 勇者さんってばお洒落さんですの~」
「普通に信じた!? って目の数はお洒落の範疇なのか? 魔界基準じゃお洒落なのか、これ」
掌で隠した目を見るまでもなく。
あっさりと受け入れる、セツ姫。
……半ば想定はしていたさ、ああ!
「でもどうして勇者さんったらおめめを隠しちゃっていますの?」
「姫、覚えていないのか? なんで俺が目を隠していると思う? 額の目だけじゃなく、元々生えていた両目まで」
「うーんと、メルボルン?」
「何故そこでメルボルン……いや、そもそもメルボルンってなんだ?」
「あ、わかりましたの! めもらい?」
「……愛の神の矢を受けて、今の俺は誰かを見たら、問答無用で相手を好きになってしまうからだよ。だからこそ、姫に目を封じてもらったんだが」
「そうでしたの!?」
「さっき散々そんな話をした末に、美の女神の神殿を脱出していたことを覚えていないのか!?」
ハッと息を呑み、驚愕を表す姫。
ここで驚かれることに、俺の方が驚きなんだが……
しかし俺の驚きは、魔境の人々を前にすると尽きることがない。
今だって、姫は首を傾げて俺の考えなかったことを問うてくる。
「でも、それって何が駄目なんですの?」
「え? はっ!?」
「誰かを好きになるのは良いことですの! 少なくとも、悪い事じゃないと思いますの。せっちゃんは、沢山たくさん好きな人がいますのー」
「……姫、そういう汎用性の高い『好き』じゃないからな? 万民に向けて問題のない『人間としての好き』じゃなくって、『恋愛的な意味での好き』だから」
「うーんとー……? えっと、伯父様が伯母様をお好きで、伯母様が伯父様をお好き、みたいな『特別な好き』の事ですの?」
「そうそうそれだ。伯父って村長さんのことだよな……なんで両親ではなく伯父夫婦で例えたのかは謎だが、姫も一応、恋愛感情は理解していたのか。……なんで今更、こんな話をしているんだろうな」
「勇者さん、大変ですのー」
「うん、そうだな。大変なんだ……」
「それじゃ、せっちゃんがよしよしーってしてあげますの! 元気の出るおまじないですの! よしよしー」
「……その、姫? 流石にこの年で頭を撫でられるのは気恥ずかしいんだが」
「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ、我は求め訴えたり……」
「ちょっと待て。おまじないって『お呪い』か!?」
「でも困りましたのー。せっちゃん、お困りですの! 勇者さんが節操なく見ただけでいろんな人をお好き気になってしまうんなら、旅のお友達がどんどん増えてしまいますのー……それも楽しそうですの!」
「姫! 結論『困った』じゃなくて『楽しみ』になってるぞ!? あと恋愛的な意味で好きになると言っても、無節操に何人も好きになる訳じゃないからな!? 多分。……多分、先着一名の筈だ」
愛の神の金の矢が持つ効力については、人間の国々にも多くの伝承が残されている。
恋愛に振り回される男女と、それを仕組んだ愛の神……という構図の逸話は、王城の図書館に納められた神話の本にも幾つも載っていた。
……が、一本の金の矢で複数回の『一目惚れ』が起きるなんて話は何処にもなかった筈だ。愛の神に加護を受けていると知って以来、率先して各地の伝承を調べまくったのでこれは確かだ。
だが、下界に残された逸話が神々の全てと言える訳がない。
……矢、一本につき一回限りだよな? それ以上の効力は、ないよな?
なんだか不安になってきた。
そんな可能性、今まで一度も考えたことはなかったのに。
この不安。
金の矢の効力の程。
未だ何も打開策はないが、俺はそんなもの絶対に知りたくない。
だが運命は、どうも俺に辛口で接してくる。
絶対に、知りたくはなかったのに。
俺はそれを……この直後、身を以て知ることになる。
「ふんだふんだ♪ ふんだ♪ ふんだーばだばだー♪」
耳に聞こえてきたのは、不吉な歌声。
漁師を惑わすローレライでも、ここまで不安を煽るような歌声はしていないと思う。
気のせいだ。なあ、気のせいだろう?
誰か気のせいだと言ってくださいお願いします……!
なんか聞いたことのあるナニかに似た歌声が聞こえるとか……俺の耳が一時的におかしくなっただけに違いないんだ。
「あ、アスパラさん! 勇者さん、アスパラさんですの!」
「……さっき聞こえてきたのは気のせいじゃなかったのか!」
「あの子達、とっても楽しそうにこちらにやって来ますの」
「複数形!? なんでこんなところに……天界に奴らがいるんだ! 遥々魔境から遠征してきたとでもいうのか! それとも魔境のアレに酷似しているだけで、自生している在来種か!?」
「きっとリャン姉様が近くにいますの! あのアスパラさん達、リャン姉様が鞄に詰めていた子達ですの」
「って持ち込んだのはリアンカか! 案の定そんなことだろうとは思ったけれど、目を逸らしていたかった!!」
思わず、額を押さえる手に力が入る。
何だろう、この不条理を前にしたかのような脱力感は…………って、リアンカ?
「リアンカが、この近くにいるのか!?」
何よりも気にするべきは、そこだったのに。
奴らのもたらす衝撃で、気を回すのが遅れた。
だけど、リアンカが近くにいる。
気付くのが遅れても、その情報は確かに俺の心を揺さぶった。
まだ何も問題は解決していないし、解決の目途すら立っていないのに。
セツ姫と二人きり、暗中模索な現状に自分でも自覚しないまま精神的負担と疲労を募らせていたのかもしれない。
彼女が近くにいる。
そう思っただけで、心が浮き立った。
なんだか疲れ果てて重く感じていた体が、軽くなるような気がした。
もしも本当に、この近くにリアンカがいるのなら……
いや、待て。
待て、俺。喜ぶな。
嬉しいは嬉しいし、ようやっと合流できると思えば喜ばずにはいられないんだが……安易に喜びに浸っている場合か。
だって考えてもみろ。
リアンカが単身でいる訳、ないよな……?
まず間違いなく、リアンカに誰か同行している。
リアンカの他に、魔境出身の誰かが側にいる筈だ。
誰が何人いると今の俺にわかる筈もないが、姫に確認しておくんだった……。
少なくともまぁ殿やリリフ、ロロイあたりは一緒にいる。間違いない。
過保護な彼らが、リアンカやセツ姫を天界に単騎で突撃させるとはさらさら思えない。
と、すると。
………………問答無用で誰かに一目惚れしてしまう俺の今の状態で、あの濃い面子と合流するのは危険じゃないか?
思い至った危険性。
まさか彼らも、流石にこの状況で面白がって俺の心を弄ぶような、取り返しのつかない事態を引き起こそうと………………しないよな?
うん、するとは思えないが。
だけどうっすら悪寒が背筋を駆け巡るのは、何故だろう?
なんだかふらりと身体が揺らぐ。
膝に力が入っていないせいだ。
自然と力が抜けて……俺は、地面に膝をついた。
目を封じているので目の前は物理的に真っ暗だが、比喩的な意味でも目の前が暗くなったような気がする。
どうした、俺。しっかりしろ。
今までの苦難を思え。今はまだ心折れる時じゃないだろう?
今までのアレコレに比べて、この苦難が極端に重いなんてことはない筈だ。
まだまだ頑張れる。そうだろう。
俺は、立ち上がれる。
だから立て。立って、リアンカ達の元に行かなければ。
探そう。探す為に、自分の力で歩いて行ける。
その筈だろう?
なのでお願いですから言うこと聞いて下さい俺の膝……!
「大丈夫、まだまだ頑張れる。力尽きるには早すぎるぞ、俺……」
「ふんだばー」
「ふんだばー」
「ふんだばー」
「「「「ふんだばー」」」」
「ハッ 囲まれた!?」
「わあ、かごめかごめですのー!」
自分の考えに捕われている内に、いつの間にかアスパラに囲まれていた。
俺に対する追い打ち早くないか!?
いったい何匹いるんだ、このアスパラガス!
「「「「「「「ふんだばあぁ」」」」」」」
「いたっ! なんかチクチクする! このアスパラ、何か鋭利な物体で俺のことを突いてないか!?」
「あ、勇者さん大当たりですの。アスパラさん達、みんな手に手にフォークを握ってますのー」
「……フォーク?」
「フォークですの」
確認する俺に対して、姫がこっくり頷く気配がした。
フォークって。
フォークって、この大きさにこの感触は食器しかないよな?
どうやら俺は、野菜にフォークで突かれているらしい。
それを理解した途端、俺の全身を衝動が駆け抜ける。
我慢は出来なかったし、我慢をするという考えすら浮かばなかった。
「食材(?)に食器で突かれる謂れはないわぁぁぁああああああ!! 俺を食う気かお前らは!」
気が付いたら俺は、手首で拘束されたままの腕を大きく振り払い……額を押さえていた方の手も、払った手に引っ張られて離れ。
腕で俺を囲っていたアスパラ共を、形振り構わず薙ぎ払った。
そうして自由になった額から、第三の目を通して視界が開ける。
鮮明になった俺の視界の真ん中には……………………
「ふんだばー……?」
アスパラが。
「勇者さん、食べ物は大事に!ですの」
めっと俺を叱る姫の声も、今の俺には聞こえなかった。
勇者様を誰にHITOME★BOREさせるか大分悩みました。
でも突如として一昨日の午前中、このネタが降臨しまして……
一度意識が向くと、「もうこれしかない!」なんて考えてしまい、こんな事態へと陥りました。
勇者様、強く生きろ。
次回:「38.勇者様の初恋(惨)」
突然のときめきに戸惑う勇者様をよろしく★




