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36.ふんだばー冒険記

 ちょっと展開に迷っていたんですが……

 こんな時ほど、勇者様の活躍(笑)が恋しくなります。

 早くリアンカちゃん達と合流しないかなぁ。




 それは兎が罠地獄にのたうち回る様を手に汗握ってリアンカちゃん達が草陰から観察していた時の事。

 リアンカちゃんが地面に置いていた鞄の中には、様々な物があった。

 薬草、薬剤、珍妙な素材……

 その中に、生き残っ……調理の余りとして纏められたアスパラが、一袋。

「ふんだばー」

「だばだば」

「だばー」

 囁くような微かな音量で、アスパラ達が会話する声が聞こえる。

 ただし何と言っているのかは、アスパラ以外には妖精さんくらいにしかわからなかったが。

 わらわらとアスパラ達は押し合いへし合い。

 彼らは何時だって誰かに食べられる時を待っているが、魔境という風土に育まれた自由な気質も畑の土から継承していた。

 退屈が猫を殺すなら、野菜(アスパラ)だって殺すかもしれない。

 やがて退屈を持て余したアスパラ達は、リアンカちゃん達の注目が兎の着ぐるみに集中しているのを良いことに、誰にも咎められることなく鞄の中から飛び出した。

「ふんだばー!」

 飛び出した先は緩やかな傾斜を描く草地だった。

 やあ、お空はお天気かんかん。絶好の行楽日和だ!

 自由で考えなし……そもそも考えるという機能が備わっていないアスパラさん達は、自分達がしまわれていた鞄から手頃な大きさの瓶を一つ取り出した。


 瓶のラベルには、赤い宝石を戴く小動物の図案が描かれていた。


 束の間の自由を遊んで潰すことにしたアスパラさん達。

 彼らは(おもむろ)に鞄から引っ張り出した瓶を転がし、傾斜の前に位置を取り……やがてバナナボートよろしく瓶に並んで座ると、勢いをつけて傾斜に身を乗り出した。

 やあ、草スキーだネ!

 アスパラさん達は、本当に自由で考えなしだった。



 ――その頃、如何なる運命の悪戯が働いたのか。

 それともせっちゃんが身に着けた『業運の腕輪』が働いたのか。

 一体何をどうしたものか、この時、実は思いの外リアンカちゃん達から近い距離に勇者様とせっちゃんの二人はいた。

 近いというか、林を挟んで坂の下にいた。

「うふふ! 鬼さんこーちら! 手の鳴る方へーですのー!」

「待った! 待ってくれ、姫! 今の状況じゃ洒落にならないから!」

 ただでさえ両目を封じられて足元の怪しい勇者様だというのに、その上木々の間という決して平坦とは言えない立地条件に晒され、せっちゃんに手を離されて。

 勇者様は今にも何かに足を取られそうになりながら、ふらふらしている。

 いや、取られそうというか、先ほどから木の根や石に躓いていた。躓いてはいたが、しっかりし過ぎた足腰と脅威の平衡感覚と反射神経を駆使して何とか転倒を免れている。

 今にも予期せぬ事故に遭遇してしまいそうで、勇者様はドキドキしていた。

 せっちゃんの手だけが、命綱だ。

 だから早々に命綱を取り戻そうと、くすくす笑って後ちょっとで手の届かない距離でくるくる跳ね回るせっちゃんを先程から必死に追いかけ続けていた。

 その様は、芸を仕込まれた犬が無理に二本足で歩く姿に似ている。

 飼育員さん、早く保護してあげて下さい。

 ちなみに勇者様がこんなリアルに生まれたての小鹿並みに足元お留守な状況に陥っている原因は、のんびり歩きながら和やかに勇者様とせっちゃんの二人が交わしていた会話に遡る。

 仲良くおててを繋いで歩きながら、勇者様が言ったのだ。

 かつて、暗闇で刺客(ストーカー)に囲まれても窮地を脱せるよう、明かりの無い状況下で両目が使えなくなっても気配を察知して動ける訓練をしたことがある、と。

 ――この時『刺客』が『ストーカー』と聞こえたのは決して気のせいではないだろう。

 そして勇者様のそんな修行話を聞いて、せっちゃんが無邪気に言ったのだ。

「勇者さん凄いですのー。せっちゃんにも見せて下さいですの」

 勇者様に、拒否する余地はなかった。

 何しろ目を瞑っていてもある程度動けるなんて言っちゃった後だったので。

 

 そうして、せっちゃんの両手が勇者様の手から離されて。

 完全に誰かや自身の目に頼ることの出来ない状況下に放置されて。

 自身の五感をフルに使って、せっちゃんに頼らず動こうとして……

 その段になって、勇者様は気付いた。


 木々や、岩や、風や空気や……

 万物に満ちる『自然の持つ気配』が、下界と天界ではかなり違うということに。

 質やら量やらという規模でなく、何から何まで違ったのだ。

 修行して習得した技術を発揮するには、あまりに周囲の環境が違い過ぎた。かけ離れていて、取り繕う余地もない。


 そんな経緯で、手元不如意ならぬ足元不如意で今まさに事故る五秒前的な様子の勇者様。

 本当に、いつ事故ってもおかしくないのだが。


 5……

  4……

   3……

    2……

     1。


「う、うわぁぁあああああああああっ!!」

 そうして、勇者様は事故ってしまわれた。

 どこから来たものか……足元に転がってきた、薬瓶(・・)に盛大に躓いて。

 勇者様の身体が、足元から盛大に滑って仰向けに倒れていく。

 後頭部を地面に打ち付ける瞬間。

 近いところで、声が聞こえた。

「ふんだばー♪だばー♪ ふんだーばだばだー♪」

 ……それは、なんとも。

 なんとも、言い難く。

 どこか聞き覚えがありつつも、全体的に嫌な予感が堪らなく襲い掛かって来る。そんな、勇者様の心に拒絶反応を引き起こさせるような声だった。


 その、一刹那後。

 直前に感じた嫌な予感を肯定するかのように、勇者様に降り注ぐモノがあった。


 勇者様が滑って転んだ原因……とある、薬瓶だ。


 つるり滑った勇者様の足が、瓶に回転を加えていた。

 反動で真直ぐ上空に跳ね上がった薬瓶は、衝撃でどうやら緩んでいたらしい蓋をすっ飛ばし……


 中身が、零れた。

 

 真下には仰向けに転倒中の勇者様。

 その上半身、特に顔面に瓶の中身が容赦なく降り注ぐ……!

 どくり、と。

 勇者様の心臓が一つ大きく高鳴った。

 彼が浴びてしまったのは、何か。

 そんなもの、決まっている。

 リアンカちゃんが鞄に入れて天界に持ち込み、アスパラが持ち出した――リアンカちゃんの、お手製薬剤。

 それがどんな薬なのかが、問題なのだが。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 その頃、とある草陰で。

 そろそろ兎の奮闘も終焉を迎えそうな気配を察し、リアンカちゃんが拘束用の道具を用意しておこうと自分の鞄を漁っていた。

「あれ……?」

「ん? どしたのリアンカちゃん。拘束アイテム失くした?」

「いえ、そんなことはないんですが……拘束アイテムは、ちゃんとあります。あるんですけど、別の物がないというか」

「別の物? リャン姉さん、何か失くしましたの? 私達の荷物に紛れたのかしら……何失くしたの?」

 ごそごそと荷物を漁るリアンカちゃんの行動は、他の仲間の目にも留まったらしい。

 リアンカちゃんの荷物には、危険物もいっぱいだ☆

 ちょっと心配そうに尋ねる声に、リアンカちゃんは真顔で答えた。


「 額に第三の目が生える薬 」


「……アレかぁー」

「え? 何持ってきてんのリャン姉」

 額に第三の目が生える薬。

 それは、魔境に住まう魔族の一種族……カーバンクルの治療用にリアンカちゃんが研究開発した薬だ。

 カーバンクル達は、額に赤い宝石を有している。

 だが宝石に見えるそれは、実は額に有った第三の目が退化して魔石化したもの。彼らの特性上、それを失うことは死の危険を伴う。

 かつての事件(※『ここは人類最前線4』参照)でカーバンクルの子供が額を抉られるという事件に直面して以来、リアンカちゃんは彼らが額の紅玉を失っても死なずに済むような薬の開発を続けていた。

 未だ何か重要な要素が足りないのか、試作する薬はいずれも完成品というには至らないモノばかりだが……

「天界には珍しい素材もありそうだし、余裕と時間があったら研究進めようと思ってたんですよ。試作品でもここ最近で特に出来の良いヤツを持ってきてた筈なんですが…… 無 い 」

「……天界に来てからも色々あったしね。僅か一日で☆ どっか落としたんじゃないかなー」

「後で探せば出て来るかもしれませんよ。探し物は探すのを辞めたら出て来る、と言うじゃありませんか」

「うーん……一時にし始めるとすっきりしないんだけど。でも今は気にしてる場合でもありませんでしたね」

 また後で探すことにします。

 リアンカちゃんはそう言って、鞄を漁る手を止めたのだが。

 しかしその顔は、どこか困ったように眉を八の字にしていて。

 薬の行方が気になって諦めきれないと、表情が如実に語っていた。

「それ以外の薬は、ちゃんと全部あるんですけどねぇ……」




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 リアンカちゃんが薬瓶一つ消えてるなぁとすっきりしない気分を味わっている頃。

 勇者様は額が燃えるように熱いと地面の上で転げ回って……いや、のたうち回っていた。

「額が! 額がぁっ」

「前髪前線が後退しちゃいましたの?」

「違うから! そういう意味じゃないから! 俺は決してハゲても薄毛でもないからな!? そうじゃなくって額が金棒で思いっきり全力滅多打ちされたかのように熱くて仕方ないんだが――!?」

「勇者さん、額を金棒でバンってされたことがありますの?」

「ああ、まぁ殿にな! 手加減されてても死ぬかと思った、あの時は!!」

「なんでそんな事になりましたのー……?」

「……まぁ殿が、修行だと、言って」

「勇者さん、はい。お水ですの! 額が熱々だったらお喉も乾いちゃいますの」

「セツ姫……熱いとは言ったが、苦しいとか燃えるようだとかそういう意味で、発熱とはまた意味が違うんだ…………だけど有り難く貰うよ。有難う」

「ジョッキ一杯で足りますの?」

「充分だ……」

 熱い、苦しい、燃えるようだ。

 そう言って実際に苦しみに身悶える勇者様だが、せっちゃんとの会話を聞くにどうやらまだ余裕がありそうだ。

 もしかしたら得体の知れない額の熱さに対する苦痛よりも、戸惑いの方が強いのかもしれない。

 だからこそ、平常通りの会話をすることで平常心を保とうと――?

「ぶふぉぁっ!? セツ姫! これ水じゃなくって蒸留酒ぅぅう!!」

「あに様は命のお水だって言ってましたのー! え、えっと、コブーラ? とかそんなお名前の!」

「それを言うならテキーラだ、姫ぇ!」

 ……別にそんなことはなさそうだ。

 そもそも平常心を取り戻す以前に、七転八倒したり右往左往したりツッコミを入れたりと忙しい勇者様に『平常心』などという悟りの第一歩にも似た静かな気持ちはここ一年数か月、縁遠い存在なのかもしれない。

「大丈夫ですの、勇者さん! ここは一思いに一気ですのー! ぐいっと干せば、動機息切れ全部大解決ですの」

「それぇ! むしろ解決どころか息の根止まってるんじゃないか、なあ!? それより、水を頼む……っ 喉が燃えてっこふっこふっ」

「お水ー、おみずぅー……あ、これですの!」

 そう言って、テキーラをぐいっとやっちゃったお陰で喉の不調と水への欲求を訴える勇者様に、せっちゃんが新たな液体が入ったジョッキを手渡す。

 気になるその中身は、透明な、澄んだ色合いで……


 → 清酒


 水への渇望からぐいっと杯を飲み干した、勇者様。

 その喉を滑り落ちていく液体に、体はすぐに反応してしまう。

「……って、また酒かぁぁあああ!」

 勇者様は、再び噴き出した。

 せっちゃんとの一連のやり取りに気を取られて、いつの間にやら額が全く気にならなくなっていたのだが……彼がいつの間にやら額の熱さもなくなっていると気付くのは、この五分後の事。


 それと同時に彼は、気付くことになる。


 無視することの難しい、額の違和感に……





 勇者様、生えちゃった?



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