35.兎狩りだよ罠連発
冒頭以外、罠の対象ラブコメの神視点でお送りいたします。
兎の目の前に広がる、たくさんの切り株。
そして切り株と切り株の間に張り巡らされた綱。
どう見てもあからさまに怪しい上に、前もって罠と宣言されたこの空間を、はてさて兎娘はどう乗り越えていくのでしょーか。
草陰から見守る私達も、手に汗握ってドキドキです。
ふふ、さあて早く罠にかからないかなー☆
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
何やら訳も分からず得体の知れない汗がだらりんだらだら。
ラッキーちゃんが仕掛けたらしき罠を前に、吾の背筋がぞくりと戦慄いた。
風邪でも引いたかと一瞬思ったですが、考えてみれば神が風邪などかかる訳もなく。
あれ? 吾、なんで風邪引いたなど思ったなり? 人間でもあるまいに……
変な錯覚をしてしまうくらい、危機を感じていると思ったですか……?
ラッキーちゃん、吾なんぞしたなり……?
いきなりこんなドッキリ仕立ての罠に挑戦させられる理由がわからず、困惑が増すなり。
だけどここで立ち往生している訳にもいかないなり!
吾の前には、選択肢が……えーと、みっつ!
いち、このまま帰る。
に、罠に挑む。
さん、罠を無視して飛び越える。
……いち、と、さん、は選ぶにも勇気がいるなり。に、も酷いけど。
もしもこの罠が、ラッキーちゃんの何らかの怒りに由来するのですなれば……無視は、亀裂を深める危機になりかねんですよ。
ラッキーちゃんとは、今後も仲良くしたい。
ふたりで地上の恋愛喜劇のアレコレを一緒に眺めて、転げまわりたい。
本当の意味でわかりあえるのは、この天上でラッキーちゃんだけだから。
だから、吾は……!
「この罠に、挑戦するですよー!」
決意を固めて、第一歩!なり!
切り株と切り株の間に張り巡らされた綱を、乗り越えようと思ったなり。
……思ったけど、吾の足はそんなに高く上がらなかった。なり。
第一歩目から躓いたなりー!!
足が青い綱に引っかかって、盛大に前のめりで転倒しそうになったですよ。
咄嗟に踏み出したのとは逆の足に力を入れて、何とか踏み止まるも。
瞬間。
……足が引っ張った綱から、変な感触が伝わってきたです。
なんか、ガコッて。
積み木が転倒する瞬間、みたいな――
ドヒュッ ドヒュドヒュドヒュッ
「矢ぁぁあああああ!?」
し、四方八方から矢がー! 矢が射かけられてきたですよー!?
「ひぃっ」
吾の着ぐるみは分厚いけど、耐久性はいまいち。
咄嗟に両手で頭を庇って、前方に伏せ……ようとしたのにぃー!?
額が地面に接触した瞬間、バリッと音を立てて地面が裂けた。いや、破れた。
「お、落とし穴ぁぁあああっ」
紙の裂ける音は気のせいじゃない。
地面にはどうやら穴に被せる形で紙が敷かれ、その上に薄く土を被せてあったです。
音に気付いて、無意識に両手が動く。自分でも驚きの反射神経が働いたですよ。
咄嗟に、左右にあった切り株を掴んで落ちるのを防ぐです。
……吾は見た、なり。
………………落とし穴の底には、竹槍が。
「ら、らっきぃちゃぁぁあああああん!?」
吾、なんぞしたなりかー!!?
何か恨まれるようなことをしたですか。心当たり、ないですが。
ラッキーちゃんの怒りを感じて思いを馳せる。
こんな遠回りに憤怒の意を示されるような悪い事、なんぞしたなりか……?
でも残念なことに、悠長に思いを馳せている時間もなかったですよ。
ガコンッ
…………両手をついた、切り株。
そこから、なんぞ嫌な音がしたなりよ……。
ガココココ……
視線をやると、ゆっくりと地に沈んでいく切り株。
この場に留まっていたら、あぶない。
今までのアレコレから、考えるまでもなくそう思った。
「ひぃぃっ」
倒れかけた前傾姿勢で、そんな急には動けない。
既に動き始めた切り株に遠慮は無用なりと、両腕に力をかけて体を起こす。
倒れかけた地面の胴体の下に位置するは落とし穴。左右の切り株のみが頼りと、がんばって身を起こす。
……身を起こしても、切り株も怪しい作動音を響かせて動いている真っ最中なり。
吾はもう死に物狂いで、落とし穴を飛び越えて前に進んだ。進もうとした。
「あうっ」
そうしたら前方には綱が――!
「わ、忘れていたですよー!!」
切り株と切り株の間に張り巡らされてあった、綱。
今度は赤い綱に引っかかっちまったなりー!
そうしたら案の定、変な手応えが!
「こ、今度はなんなりかー!?」
後方の、さっき体重をかけた切り株から何かが生えて襲ってくるのが、ちらりと見えた。
……なんぞ触手っぽいものが。
「うっ なにやら頭痛が――」
時々、何かに触発されるように起きる片頭痛。こんな時にぃ……!
体が一瞬硬直し、その隙を過たず触手が足に絡みつく。
触手に見えたそれは、どうやら植物の蔓か何かのようだったです。
でも、こんな不規則ににょろにょろ動いて急速に巻き付いてくる植物、天界にあったなりか……?
そして、切り株と触手に気を取られている隙に。
赤い綱の、手応えのした方向から。
……なんか飛んできたなり。
矢じゃ、なかったです。
「これなんぞー!?」
飛んできたのは、なんか、こう、なんか……いかがわしいピンク色の模様が入った……し、下帯だったなり!? (下帯=ふんどし)
「な、なんの嫌がらせなんなりかー!」
これ、ラッキーちゃんの勝負ふんどしなりか!? 酷い嫌がらせなりぃ!
布の両端に錘が付いた下帯が、くるくると旋回しながら飛んでくるなり。
ひいっ迫って来るー!
「と、とうっ!」
飛んで逃げようとしたですが、足が触手に絡まって……飛べないなり!
どうにも逃げようがないなり……じたばたもがいている内に、下帯が!
下帯が、吾の頭部に絡まってー!? き、きぃやぁぁぁあああ!
……下帯からは、茉莉花の香がした、なり。
ものすっごい心にどすんと重い衝撃が……。
なんだかすごい攻撃喰らった気分がしたです……。
衝撃で、手足がふらっふらするです……足が勝手に千鳥足。
ふらーり、ふらーり、こんなどこにも足場のないような場所で、降らり。
さっきとは別の落とし穴に、落下した。
脳裏に、さっきのしゃきぃーんと突き立った竹槍が連想されたです。
「し、落ちてたまるか、ですよー!」
頑張って、穴の縁に手をかけて落下を防ごうとするですよ。
でも高さ的に、落下を防げても足が竹槍に…………刺さらないですなり?
そろり、下を見て。
全身に寒イボが立ったなり。
怖気が、怖気がー……!!
落とし穴の中には、無数のフナムシがうぞうぞと!
「う、蠢いているなりぃー!!」
落ちたら、死ぬ。竹槍とは別の意味で。死ぬ。
……もう、それしか思えなかったなり。
そこからはもう、怒涛の展開が連続で。
もう何かを具体的に考えたり判断したりという猶予は一秒たりとも存在しなかったです。
等間隔に並ぶ切り株。
→ 踏んだら罠が発動。(切り株の根元から、何かが生える。)
切り株の間に張り巡らされた綱。
→ 引っかかったら罠が発動。(綱の色によって違うナニかが飛んでくる。)
切り株と切り株の間の地面。
→ 踏んだら落とし穴。(中身は千差万別。)
この絨毯の様に張り巡らされた罠の園を、どうやって生きて潜り抜けろというですか。
そりゃ、吾も神の端くれ。
肉体強度的には死に至らんものばかりですなりが。
……なんか、心が死にそうな罠ばっかりだったなりー……。
足の踏み場がないので、罠が発動するのも覚悟で飛び越えていくしかなかったです。
主に、切り株を足場に。本物の兎の様に飛び跳ね、罠の終わりを目指してひたすら飛び跳ねた、なり。
吾が通った後には、うぞりうぞりと生えて来る様々なブツ。
ほとんどは触手だったなりが、中にはなんか違うのも生えていたなり……。
真っ黒の髪の毛みたいな海藻みたいなナニかが一番気持ち悪かったですよ……。
「ラッキーちゃん、吾ってば本気でナニしたものぞ……」
着ぐるみの中から虚ろな目を遠くに飛ばしてしまうですよ。
ここまでされるような悪い事、ラッキーちゃんにしちまった覚えは皆無でしたなり。
現在、吾は今にも落とし穴に真っ逆様と落下しちまいそうな状況に陥っている。
その現実逃避もかねて、穴に半分落ちかけながら見えない筈の遠くを幻視するです。
吾の両足は切り株から生えた人面茸に食いつかれ、上半身は落とし穴から湧き上がる黒い靄(よく見ると人の顔が無数に……怨霊?)に絞られている真っ最中。上と下(下と下?)、同時に引っ張られて今にも真っ二つになっちまうですよ。体は無暗に頑丈なので、早々簡単には裂けやしませんですけどな!
しかし上半身も足も、吾の予想以上に強く食いつかれて縛り上げられ、両手両足の自由を失った状況ではなんともし難く。詰んだ。その言葉が脳裏を駆け巡り、吾は自分ではどうしようもなく二方向から引っ張り続けられるだけ。これ、どうやって脱出しろというですかー。
「だぁーれーかー、たっけてーですー……」
もう自分では活路なんぞ見いだせやせず。
普段は自分とラッキーちゃん以外に通る者のない場所でも、これがラッキーちゃんの罠ならどこか近くで見ている筈と踏み、吾は恥も外聞も自分の身代わりに落とし穴へと叩きこんで助けを求めたですなり。
その声は、確かに聞こえたようです。
吾が罠を相手に四苦八苦する様を、予想通りどっかその辺で拝見していた。
しかし、吾の予想とは全く違う、人物に。
「つーかまっえた♪」
軽やか、軽快、楽し気、明るい。
弾む音符を伴って、そんな声が聞こえた気がして、ですね……。
吾は、誰かに両足首と胴と背中と首を同時にむんずと掴まれる感触に、身を震わせて。
思わず絞殺された鶏の断末魔、みたいな悲鳴を上げた。




