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33.エロ爺への丁寧な説得法




 やむにやまれぬ事情により、急遽兎狩りがしたくなってきました。

 なんとしても……過去のアレコレを水に流してもらう為にも、ザッハおじさんに兎を捧げなくっては!

 寛容なザッハおじさんはとうの昔に若気の至りなんて水に流してくれている気がしましたが、一応思い出したからには償わなくっちゃ気まずくって仕方ありません。

 そしてりっちゃんには老舗の温泉宿のご家族優待券を贈るつもりです。

「それで酒神様、エロ親父はどこに生息しているんですか?女子更衣室のお向い?それとも女性向け下着店の裏?」

「あはははは☆リアンカちゃん、どんどんラッキースケベ神の扱いが直截的になってくね。まだ会ってもないってのに」

「……サルファ、なんだかアンタもラッキースケベの神とは気が合いそうですね?」

「何言ってるの、リアンカちゃん。スケベはラッキーに頼るものじゃない。自分の手で掴み取ってこそ男ってものさ……!!」

「かつてない真顔で何を言うかと……つまり、自発的なエロ行為=覗きですか?」

「そう言えば俺、ラッキースケベ神には感謝しないとなんないかも」

「……は?」

「俺とリアンカちゃんの出会いもラッキースケb……」


  ぐしゃ……


「……前に私は言いませんでしたかね?忘れろ、と」

「わごあれtがちあうpwぴがががが……っ」

「これはまぁちゃんが戻ってきたら念入りに、そう……念を入れ過ぎるくらい、念入りに、大事な記憶まで吹っ飛ぶくらい蹴り転がしてもらわないと、ですね。まぁちゃんがその頭、ちゃぁんと弾む立派なボールにしてくれますよ、きっと」

「既にリャン姉の指がめり込んでべっこべこになりそうだぞ。そいつの頭」

「リャン姉さん、(いびつ)になったらボールとは言えませんよ……?」

 ……いけません、嫌な過去を思い出して取り乱しました。

 いつの間にか私の指がサルファの顔面を鷲掴みにしていたんですが……これはどうしたことでしょうねー(棒)。

 地面に崩れ落ちたサルファが何か言いたげに此方を見ています。

 言い残したいことでもあるのでしょうか。

「何か言いたいことがあるの、サルファ?」

 優しく、それはもう優しく聞いてあげましょう。ついでに死に水を取ってあげても構いません。

 サルファは、言葉を促す私に言いました。

「我が人生に一片の悔いなし……!あ、でもマリーアレンの花が咲くまでは……っ」

「懲りてなさそうですね」

 

  ぐしゃっ


 私は地面に倒れる(サルファ)を踏み越え、先に進むことにしました。

 犠牲を踏み越えて進む先に、果たして望む未来はあるのでしょうか。

 なくても、ないならないでその時は都合の良い未来を作るまでです。

 私は先を急ぐことにしました。



 大体、三十分後。

 私達は酒神様の案内で小さな洞窟に到着しました。

 話によると、なんでもここにラッキースケベの神は棲息している模様。

 なんだか俗っぽいエロ親父の住処というより、仙人とか隠者が悟りを開く修行の一環で暮らしていそうな、どこか厳かな気配のある洞窟なんですけど。

 本当に、こんな所にエロ親父が?

「娘さん、エロ親父じゃなくってエロジジイだ。少なくとも外見は」

「どうでも良い情報を有難うございます、酒神様」

 洞窟の中なんて、じめじめして暗い印象だったんですけど。

 意外と清涼で過ごしやすい空気です。

 ……洞窟の中が爽やかとか、確かに只者が住んでる感じじゃありませんね。

 相手がラッキースケベ云々の神と思うと、途端にげんなりしてしまうのですけど。


「うっひょっひょっひょっひょ」


 ………………なんか、洞窟の奥から聞こえてきたような。

 なんだか嫌な感じですが、笑い声、みたいな?

 えっと、気のせい……ですかね?


「ひょひょひょひょひょ!ひょっひょっひょっひょっひょ!」


「……っちがう!気のせいじゃない!」

 マジで聞こえてくるんですけど!

 聞くからになんか厭らしい陽気な笑い声が……!

「うっわぁ……なんかあからさまにエロジジイって感じの声だな」

「貴方の老後を前にするようですね、ヨシュアン」

「さりげなく失礼なこと言わないでくれない!?なんかマジで有り得そうで俺、怖いんだけど!」

「ヨシュアンさんはあんなむっつりっぽくはならないんじゃないですか?だってイロイロ開けっ広げじゃないですか。顔も可愛い系ですけど整ってるし、もっと外見で周囲を欺けそうな老後を迎えそうです」

「リアンカちゃん、それあんまり庇えてないからね……?」

「庇ったつもりはないんですけど。素直な感想です」

 あの愉快な笑い声を聞いていると遠慮してやろうという気が微塵も湧いてこないどころか、消滅していく気がします。

 元よりあまり遠慮はありませんでしたが。

 でも、あの笑い声にはなんだかすっごくイラッとしたので。

 家主の許可を取っていないとか、そんなことはどうでも良い些細なことのように思えます。

 私は、さっさと洞窟の奥に踏み込むことにしました。

 しかし、ここはエロ仙人の家。

 年頃の女の子として、見てはならないモノが散乱していたらどうしましょう……女性物の下着とかが転がっていた日には、うっかり衝撃を受けて相手に向かって毒霧散布とかやらかしてしまうかもしれません。生かして捕らえるという方針上、物騒なことをせずに済めば良いのですが。

 

 そうして踏み込んだ先で。

 私は見ました。

 恐らく元は白かったのだろうと予想できる、ボロボロの灰色ローブ一枚を着込んだ小汚いオッサンが。

 万年床の名称に恥じぬ煎餅布団の上でだらけた姿勢のまま。


 見るからに少女向けの恋愛小説を熟読している姿を。


 キラキラって言うかきゅらきゅら★って感じのベリーピンクな表紙が目に痛い。なんかもう、表紙を見ただけで甘酸っぱい系の青春とか恋愛とかそういうなんか少女向けのアレコレが展開されているんだろうなぁと……大体の中身が察せられるモノの、それを読んでいるのが見た目小汚いオッサン(一応神)で。

 食い入るような眼差しで小説に熱中するオッサンは、本に夢中で押し入ってきた私達には気付いていないようです。

 良く見ると顔は皺だらけですし無造作な髪は白髪混じりなので、確かに酒神様の言葉どおり親父というより爺という言葉が相応しいことでしょう。でもなんだかオッサンと呼びたくなるナニかがあります。ニヤニヤ笑う顔は、容姿だけは穏やかな好々爺という言葉を連想する人相なのですが……顔の造作など瑣末なこととして片付けたくなる厭なオーラが全身から滲んでいます。

 これが、ラッキースケベの神……。

 こんなしょうもない神様がいて良いんでしょうか。


 私は何となく声をかける機を見失っていました。

 でもそう待たずに、向こうの方が私達に気付きます。

 布団の脇に置かれていたグラスの中身は、微かに漂う匂いからしてイチゴ牛乳でしょうか。

 小説の世界から帰って一息つこうとしたのか。

 グラスを手にとってぐいっと呷ったラッキースケベの神。

 グラスに口を付けたまま、その目がこちらの姿を捉えました。


 そして口と鼻から噴き出されるイチゴ牛乳。


 わあ、桃色の霧……でも全然綺麗とは思えない。

 むしろ触りたくない一心で、ぎょっとした私達は思わず距離を取ってしまいました。

「あ、あわわわわ……っ何故こんな場所に破壊神が!?」

「破壊神って誰のことですか!?」

「あ、わりぃ。俺の渾名らしーぞ、それ」

「御先祖様!? あ、納得……」

 一瞬、似合うと思ってしまいました。

 口に出しては言いませんけどね!

「御先祖様、なんだかスケベ神に怯えられてるようですけど……」

「あー? ……そういやぁ、前に地上に蹴り落としたことがあったか?」

「曖昧な記憶! わしゃあ覚えておるぞ! あの時の蹴り転がされた腰の辛い痛み……! 何の用じゃ、破壊神様! また儂の楽しみを奪いに来おったんか!」

「……御先祖様、気持ちは何となくわからなくもないですが、どうしてこのお爺さんを蹴り転がしたんですか?」

 御先祖様も大概肉体言語に長けたお方ですが、何の理由もなしに暴力を振るう方だとは思えません。

 些細なものでも理由があればやりそうですけど。

 一応は詳細を聞こうと問いかけると、御先祖様は真っ赤な髪の毛は返り血に染まった姿かと一瞬錯覚するような、妖しげな笑みを浮かべました。わあ、なんか危険な笑顔ー……

「なぁに、大したことじゃねえよ……こいつ、俺の玄孫の身辺にちょっかい掛けやがってな?」

「ああ、そりゃ仕方ありませんね」

 御先祖様の玄孫といえば複数いますが、中には女性も数名いた筈です。

 どの玄孫さんがちょっかいを掛けられたか、聞くのは止めておきましょう。ラッキースケベの神に何かされていた、と聞いて何が起きたのか聞く勇気はありません。

「あ、アレ以来、破壊神様のお身内の方々にゃ手出ししとらんじゃろ、儂ぃ! 血筋のもんにも故意にラッキースケベが発生するような事は一切しておらんぞ。なのになんでまた襲撃に来たんじゃ……!! 身に覚えなんぞ皆無じゃぞ!?」

 全身で狼狽も露わに、じたばたと必死で暴れるオッサン。

 どうやら動揺し過ぎて立ち上がれずにいる模様。

 あ、いえ、よく見たらローブの裾を御先祖様に踏み付けられていたようです。ありゃ立てませんね!

 ……でも、そうですか。御先祖様の血筋には、手出ししないと。

 ということは、私とサルファの出会いは完全に偶然の産物だったということですか。

 ………………もしこの神が何か手を加えていたのなら、私も我慢せずに鬱憤をぶつけていたところですが。そうですか、事故ですか。

 命拾いしましたね?

「……なんぞ寒気が」

「冷え性ですか? お望みならお薬処方しますけど。大丈夫です、誰でもすっきり楽になれるお薬出しますから」

「ひぃっアルカイックスマイル……!」

「安心しろ、エロ爺。今日は制裁じゃなくって兎狩りに誘いに来ただけだからよ。ちなみにお前、強制参加な」

「制裁じゃなくっても明らかに罰ゲーム系イベントじゃああああっ」

「あ、兎ってラブコメの神? のことですので一つよろしく」

「ラブコメの神!? 破壊神様に目を付けられるとは……何をやった、ラブちゃん!」

「それでどうです、ラッキースケベの神さん。素直に参加していただけると、此方も手間が省けて万々歳なんですけど?」

「誰が参加なぞ……! 儂とラブちゃんは親友じゃぞ、それを売る様な真似を誰g」

 何やらいきり立った様子で、拒否の姿勢を示すラッキースケベの神。

 御自身の意思を込めて何事か捲くし立てようとなさったんですが。

 残念ながら、この爺さんが最後まで語りきることは不可能でした。


 御先祖様が、おもむろに手に持っていた牧人の杖を構えて。

 獲物に襲いかかる猛禽のような鋭さで放たれたのは、刺突。

 正面からエロ爺の顔すれすれの位置を走り、そのまま床に突き刺さる勢いで衝突する。

 ラッキースケベの神は勢いに巻き込まれ、後頭部から地面にひっくり返りました。

 仰向けに倒れたその顔面真横に、床との接触面からしゅうしゅうと煙を立てる杖が突き立っています。

 杖を握ったまま、ゆっくりと丁寧な仕草で屈みこみ、御先祖様はラッキースケベの神と視線を合せて囁きました。

 

「協力、したいよな……?」


 そう言う御先祖様の目は、獲物を前にした獣のような光を宿していました。獰猛な緑の目が言っています。

 ハイかイエス以外の返事は認めないと。

 至近距離でギラつく御先祖様の眼差しに射抜かれて。

 喉がカラカラなんだろうなぁと察せる微かな声で、エロ爺は答えたのでした。


「……ハイ」


 御先祖様の説得(・・)のお陰で、ラッキースケベの神は快く協力してくれることになりました。やったね!

 ありがとうございます、御先祖様!





ラッキースケベ「済まん、ラブちゃん……儂、自分の命が惜しい」

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