27.勇者様狙撃事件 ~強靭な皮膚貫通伝説~
偶にはせっちゃん視点で書いてみよう!
そんな思いで頑張ったのですが、無理でした。
途中まで、せっちゃん視点。途中から、三人称です。
この作品、リアンカ不在で話を進める難しさをこの前から実感中です。やっぱり「人類最前線」はリアンカちゃんあってこそですね!ついでに勇者様も揃っていれば言うことナシです。この二人、ばらばらにするとボケとツッコミのバランスが……!
――どこぞの魔王が太陽神を相手に大暴れしている、丁度その頃。
どこかの女神の神殿の、そのてっぺんにて――
キラキラお星様こんにちは!今日も元気にせっちゃんですの!
たまねぎみたいなお屋根のてっぺんで、勇者さんとラララ歌い始めて三時間。
勇者さんに人間さんの子守歌を歌ってもらっていたら、眠くなっちゃいましたの。すやすやぐぅ。
ですけど、そうしたら。
「……っ?姫、危ない!」
てっぺんに登ってから初めてのお客様が来ましたの。いらっしゃいませですの!
――魔王妹に、何者かの狙撃!
勇者様が前へ躍り出た!勇者様は魔王妹をかばっている
勇者様に痛恨の一撃!勇者様の右手に矢が命中した
「ぐぅ……っ」
さっきまで違うモノを見ていたはずですのに、今せっちゃんの目の前には何故か勇者様の背中がありますの。
勇者さんの右のおててを、金色の矢が差し貫いて……
「凄いですの! 勇者さんの皮膚を貫通していますの! 凄い威力ですのー……」
「驚くところはそこなのか!? 心配しろとは言わないが、注目点がおかしくないか」
「はっ……そうですの。勇者さん、お怪我しちゃいましたのね。せっちゃん、吃驚しちゃって……勇者さん勇者さん、痛いですの?それともすっごく痛いんですの?」
「姫、俺は大丈夫だから……この程度の怪我、止血していればその内なんとか……ならないんだろうなぁ。貫通しているし。縫わないと駄目かな……」
「すっごく痛そうですの……痛いの痛いの、飛んでけ~!ですの!」
「あ、姫、駄目っ。傷口触るのは止めてくれ。痛い痛い痛いっえぐってる!爪先でえぐってるから!」
「勇者さん、せっちゃんが痛いの飛んでけするのと、リャン姉様にもらった治験薬塗り込むの、どっちが良いですのー?」
「……リアンカ、の…………治験薬……?」
【治験薬】
→ 治療効果を調べている段階の薬剤。
動物実験を終え、臨床試験を行っているときのもの。
つまり開発中のおくすりってことだよ!
まあ、どうしましたの?
勇者さんの全身からぶわぁっと汗が……
「ところで勇者さん、どうして此方を見ないんですの?」
「……この矢を放った相手を警戒中なんだよ。姿は見えないけど、飛んで来た矢の角度的にあっちの方角が怪しい」
「そういえば誰が射ったんでしょうね?不思議ですのー」
勇者さんは真面目なお顔で、なんだか此処ではない遠くを見ていますのー……これを明後日の方を向くって言いますのね!リャン姉様が前に言っていた感じそのものですもの。
でも勇者さん、汗がだらだらですの。
ついでに血もだらだらですの。
「勇者さん、とっても血の気が多いんですのね。熱血ぅ!っていうやつですの?額に赤い鉢巻して、背中が大火事なんですのよね」
「血の気の多さと熱血かどうかは直接関係しないんじゃ……っていうか大火事!?」
「べとべとー、べとー」
「……っいつの間にか、薬を塗られている!?まだ矢も抜いていないのに!」
「あ、リャン姉様のおくすり凄いですの!勇者さん、もう塞がり始めましたの」
「なに!? だからまだ矢を抜いていないのに!」
勇者さんはどうしましたの?
なんだかとっても大慌てしはじめましたの。
「!? なんだこの回復速度! 見る見る治って不思議どころか怖いんだけど! ……っこのままじゃ矢が残ったまま皮膚が癒着してしまう!」
「黒い取引ですのー裏の繋がりってやつですのね!」
「それは別の意味での癒着だな!」
「勇者さんの右のてのひらを透かしてみれば、まあ不思議。何かが内側から蠢くようにしていますのー」
「何かってナニ!? 俺の内側で何が起きているんだ!」
勇者さんはとってもあわあわしていますの。
痛いのが治るのはとっても良いことだと思いますのに、どうしてこんなに慌てていますの? 最初は治っていくのにも気付かなかったくらいだから、痛くない治り方をしているはずですのに。
(※治る過程で痛みを伴う超急速回復薬も取りそろえてございます)
「く……っまずは矢を取り除かないと!」
「引っ張りますの? せっちゃんもお手伝いしますの!」
「止めて! まだこの矢、矢羽根も鏃もついたままだから! このまま引っ張られたら、確実に傷口がずたずたになるから!」
「リャン姉様のおくすりがあれば万事解決ですの!」
「その言葉を否定するつもりはないけど、最初から傷口を広げない努力も必要だと思うんだ!」
せっちゃん、せっかくお手伝いできると思いましたのに……
勇者さんはせっちゃんの手から遠ざける様にして、刺さったまんまの矢の両端をへし折ってしまいましたの。べっきん!
「こうして両端を落としてしまえば……残るは棒が一本」
「蛙っかなー? 蛙じゃないよ、アヒルだよ♪」
「絵描き歌じゃないから!」
勇者さんが呻きながら、傷口をちょっと開いて棒を引っぱりだすのと、傷口がぴったり塞がろうとひっつきあったのは大体同じぐらい。棒も取り残されずに済んだみたいですの。
「か、間一髪だった……!」
「リャン姉様のおくすり、すっごいですの! 効き目は抜群ですの! リャン姉様に凄かったって早く言ってあげたいですの」
「危うく手から矢が分離出来なくなるところだったけどな!」
「そうですか。ところでお二方? いつまで私の存在を無視していちゃついているおつもりで?」
「この様子がいちゃついているように見えるんなら君の目はとんでもない節穴だ!! ……って、あれ!?」
「まあ、びっくりですの!」
なんだか知らない人の声が聞こえた気がしましたの。
そうしたら、振り向いた先に本当に知らない人が……
「もう私のことをお忘れですか? 不愉快です」
「姫……さっき、会っただろう」
「?」
あまり記憶に残っていませんの。でも勇者さんが言うには、さっき会った人だそうですの。
なんだ、知らないヒトじゃありませんでしたのね!
「こんにちは、せっちゃんですの!」
「……ライオット君? 貴方のこの可愛い恋人を一度突き飛ばす許可を頂いても?」
「なんて恐ろしいことを言うんだ、君は!! 俺と彼女は恋人じゃないから。もう一度言う、恋人じゃないから!! それと、姫を突き飛ばすなんて以ての外だからな!? 後で怒れる大魔王に挽肉にされても文句は言わせてもらえないんだぞ!」
命大事に! 命を大事に!
どうしたのでしょう? 勇者さんが同じ言葉を繰り返していますの。
「何度も言わなくっても、聞こえていますのよ?」
「聞こえるだけじゃ駄目なんだよ。ちゃんと理解してもらわないと!」
「なんだか難しいんですのね……」
「……そう言う姫も、理解していないな?」
「せっちゃん、何の事だかわかりませんのー」
「開き直った!!」
とりあえず、せっちゃんでもわかったことが一つありますの。
勇者さんは今日もとっても大変そうでした! ですの。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
自身の胸を掻きむしる様にして、狙撃手は叫ぶ。
「嫉ましい……私達には救済など一切なかったというのに。何故、貴方だけ……貴方、だけ! そんなに愛らしい美少女が我が身を張って救いに来るんです!? 貴方も我ら同様、薄汚れて地の底まで堕ちてしまえば良いものを!」
その目は深淵に堕ちているのか、狂気を宿しているようだ。
「目が完全に恨みで黒く染まっている!? 正気に戻ってくれ、冷静に見ればわかるだろう!? 彼女は、君が言うような健気な幻想なんて一切背負っていないって! 本当に恋人じゃあないんだ!」
むしろ彼女は『魔境の超特大級地雷なんだ!』。
そんな、言葉に出来ない勇者様の声が聞こえてきそうな、必死の声音が空に響く。
そう、勇者様は必死だった。
だって目の前で、勇者様とせっちゃんに相対する彼は……その手に勇者様の強靭な皮膚を貫通し、勇者様の血を流させるという偉業を成した、御立派な弓矢を構えていたのだから。
果たしてアレは神として生きることを強要された青年の持つ、神の御業か。はたまた単純に武器の性能が良かっただけなのか。もしくは、その両方だというのだろうか。
いずれにしろ、二人を狙う弓矢は油断の許される代物ではなさそうだ。何しろ勇者様の皮膚を掌の裏表合せて二枚も突き破っているのだから。
神殿の屋根の天辺も天辺という、空を飛べない勇者様には逃げ場の許されない狭い足場で。
空に浮かび、宙に佇む狙撃手と、此方もふわりと飛んでいる魔王妹と。
……おっと! 逃げられないのは勇者様お一人だ!
万事休すである(※勇者様限定)。
ここで勇者様に巡ってきた幸運にプッツン着ちゃっているらしい哀れな過去の被害者Tさんを上手に説得できないことには、勇者様の全身が蜂の巣になってしまうかもしれない。
そんな未来を回避する為、勇者様は懸命に説得を続けた。
脅迫も裏取引も差し挟まない、誠心誠意の籠ったまさに『誠実』な説得だった。勇者様の潔癖なお人柄が目に見えるようだ。
真心の籠った説得も、相手に余裕があれば心を打つことも可能だったかもしれない。
だが、しかし。
相手は一方的な妬みと、己の身に降りかかった理不尽に対する怨み辛みの捌け口を見つけて理性を失っている状態である。
こんな状態で勇者様に正論で説得されても、イラッとくるだけだった。
自分の同類だと思っていた勇者様の隣に、性格の良さそうな絶世の美少女がいるのだから尚更である。
畜生、高見から見下ろしやがって……!
彼の心情を言葉にするなら、それである。
どんな言葉をかけられても、今の彼には憐れみに聞こえることだろう。
そんな訳で、当然ながら。
勇者様に矢の雨が降り注いだ。
「ちょ……っ!?」
落ち着け、話し合おう!
そう言いながらも降り注ぐ矢を頑張って避ける勇者様。
先程の様な不意打ちの一発とは違い、今度は射かけてくる相手が目の前にいる。相手が一人である限り、降り注ぐといっても連射には限度があった。そして相手の射線から、矢が来る位置を何となく察することも勇者様には可能であった。
結果、降り注ぐ矢の雨に曝されたというのに勇者様無傷。
それがますます狙撃手の苛立ちに拍車をかけるという悪循環!
しかし勇者様には打つ手がなく、悪循環を断ち切る術もなかった。
何故なら今の彼は両手に枷をはめられ、衣服もあられもないことになってしまっているのだから。
そんな状態でどう空中にいる相手を無力化しろというのだろうか?
打つ手を考えるばかりで決定打は浮かばず。
場は膠着したまま、無為な時間が過ぎた。
時と共に消耗品……矢の数もまた、すり減らしていきながら。
このまま時間経過による矢の無力化を狙えるか?
何とも消極的だが確実ともいえる手が、勇者様の積極性を削ぎ殺す。
勇者様も持久力には自信がある方だ。(※人間基準)
相手は神になった男だが……このままイケる、と。
彼の前を照らしたのは果たして希望の光か、それとも虚構の光だったのか。
勇者様の考える通りに、事は運ばない。
矢が尽きたら、相手を無力にすることが出来る?
そんなもの、ただの希望的観測に過ぎなかったのだ。
「く、先程からちょこまかと……このままでは、埒が明きませんね。良いでしょう、貴方を狙っても時間の無駄の様です」
そう言って、構えられた弓は。
一直線に、せっちゃんへと向けられた。
「ちょっと待てぇぇぇええええええええっ!!」
待て、早まるな!
勇者様から、ここ一番で必死な叫び声が発せられた。
某魔王様を目の前にした時、目撃されただけでヤバいことになる光景がそこにある。
己が何をやらかしているのかも、知らぬまま。
男は矢筒から、一本の矢を取り出した。
それは見るからに……他とは違う、特別な物。
取り出された矢は、陽光を弾いて金色に輝いていた。




