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ここは人類最前線8 ~攫われた勇者様を救え!~  作者: 小林晴幸
班別行動1班! ~ナターシャ姐さんの戦い~
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25.ナターシャ姐さん空を往く ~我、イカロスに非ず~




 リアンカちゃん達が鍛冶神様のお宅を訪問しているその頃。

 遠い空の上では麗しの迷子、我らの魔王陛下が立ち往生していた。

 どこにも立ってないけど立ち往生。様子がおかしい。

 一体どうしてしまったのか……。

「……くっそ、どこを探しても方位図が見当たらねえ!」

 どうやら今頃になって、地図が地図として用を成さないことに気付いたらしい。とんだ役立たずだが、既に大分飛んでしまった後だ。

 そもそも美の女神の神殿がどっちにあるのかすら確認せず、勢いで真っ直ぐ長距離を飛んでしまった後で確認するのも明らかにおかしいが。

 失敗の気配に全身を包まれながら、魔王は迷子の自覚を芽生えさせつつあった。

「仕方ねえ。こうなったら誰かに聞くか」

 元来、天界は魔境の民と相性が悪い。

 まあ好戦的で戦闘本能が強過ぎる魔境の民が魔王に率いられてガンガンに攻め立てまくった過去があるので、相性云々以前の話ではあるのだが。

 最後に天界が魔王に襲われてから何百年と過ぎてはいるが、天界に住まう神々は無駄に長命で過去の記憶も盛大に引き摺っている。

 のこのこと魔王が道を尋ねに来ても、果たしてまともに道を聞くことが出来るのか……

 いや、そもそも。

 そもそもだ。

 今の『異様な姿』をした魔王が接近して、平常心を保ったまま応対の出来る神が果たしてこの里にどれだけいるというのだろうか。

 今だって、ほら。

 空に佇む魔王の臀部からふっくらとした曲線を描く、蜘蛛の仕掛け(ギミック)がぎちぎちと効果音を立てている。魔王の意思とは別のところで勝手に蠢いているのだが、魔王は全く気にしない。

 いや、気付いていないのかもしれない。

 しかし気付いていようがなかろうが、異様な姿であることに違いはない。今の彼は、人間にすら見えなかった。

 女郎蜘蛛の化け物に見える。

 その辺り、魔王はあまり自覚していなかった。

 もしかしたら自分の姿がどうなっているのかなど忘れてしまったのかもしれない。

 妹の身を案じるあまり、急いで焦って慌てていたのだから仕方がない。今の彼が、他のことは眼中に入らないことだって仕方がない。

「――よし。とりあえずはあそこに見える神殿(いえ)に立ち寄って道を聞くか」

 心を決めた魔王は、道を聞く為に。

 どこかの誰かのお宅へ向けて、ゆっくりと高度を下げていった。


 その時。


 どこからともなく、襲撃してくる者の姿が……!

「チッ」

 完全に不意を突いて、死角から放たれた光の礫。

 舌打ちを溢しながら、魔王は大きく膨らんだスカートを翻して紙一重で礫を避ける。

 魔王が鋭く眦を吊り上げ、自分を襲った者の姿を目に捉えた。

「そなた、何者だ。この不審者め」

「うっせぇ、誰何も警告もなく攻撃かましてきた野郎にゃ言われる筋合いねえよ!」

 そういいつつも、今の魔王の姿は「不審者」と呼ばれても仕方のない部分がある。いや部分というよりむしろ全身からしてそのまま不審者だ。不審者の見本扱いされても否やは言えない。

 そんな自分を棚上げして不機嫌に(なじ)る魔王。

 相対する者は、そんな魔王を前にして動じることがなかった。凄い。

「今のは警告だ。当てはしない」

「当てなきゃ撃って良いって? 随分と勝手気ままなもんだな、てめぇ」

 皮肉を込めて、魔王が鼻で笑う。

 襲撃者は眉一つ動かさず、魔王の姿を見て厳しい声で問いかけた。

「その姿……貴()は、蜘蛛の魔物か」

 襲撃者の見つめる先では、まぁちゃんのお腰につけた仕掛け(ギミック)の蜘蛛が相変わらずぎっちぎっちと蠢いていた。どこからどう見ても蜘蛛の魔物(アラクネ)にしか見えない。

「はあ? 誰が魔物だ、てめぇ」

 今の魔王は蜘蛛の魔物といわれて納得の見た目をしている。

「魔物ではない? では魔族か。どちらにせよ、何故天界(ここ)にいる。下界との狭間を繋ぐ扉は閉ざされていた筈だ」

「教えてやる義理はねーな」

 そもそもどんな経路でやってきたのか、自分でも把握していないという言葉は最初から呑みこんで居直る魔王。

 男らしい胸(絶壁)が、ドレスのレース越しに堂々と張られている。

 そんなナターシャ姐さんの雄姿(笑)を前に、襲撃者……神々しく輝かんばかりの青年神は、気真面目な顔で頷いた。

「既にこの場にいるものを、細かいことは問質すまい。だが、これだけは聞こう」

「なんだよ」

「貴()が何者であろうと構わない。ただ何を目的にこの空を駆けるのか、この郷で何をするつもりか……それだけはどうあっても語ってもらおうか。この地を守る神の一柱(ひとり)として、返答如何によっては貴()女性(・・)であろうと容赦はしない――!」

「……………………はぁ?」

 魔王は思った。

 ――くっ マジか。マジなのか。

 どうしていないんだよ勇者(ツッコミ)プリーズ!!

 だけど幾ら求めても、勇者はこの場にはいない。肉食女神に囚われているが故に。今頃はどこぞの神殿のてっぺんで愛らしい美少女と二人でよくわからない歌を歌っている。

 だからこそ、魔王は急ぎ駆け付け、彼らを守らねばならないというのに。

 いま、魔王の前に立ちふさがる者。

 黄金の輝きを宿した青年神が、真剣な顔で魔王の進路を阻む。

「どうした。返答を願おう……此方も出来れば女性(・・)に手荒な真似はしたくない。貴()の返答が穏当な物であれば良いのだが」

 ……先程から、あやしいあやしいとは思っていた。

 だがやはり、この青年神は……何をどう判断してそう思ったものか、どうやら魔王のことを 女 性 だと思い違いしているようだ。

 厚化粧に覆われながらも隠しようのない美貌はともかく、こんな男らしいガタイの女装野郎と同視されるのなら世の女性は泣いて良い。

 ああ、果たしてこの愉快な思い違いを現在進行形で爆心させる、とぼけた青年神は何者なのか。

 察しの悪さを含め、到底大物には思えないとも魔王は考えるのだが……だが、青年神の纏う迫力(オーラ)が、その印象を裏切っている。それは、その辺の雑魚が放てるものではなかった。

 性格か、わざとか。

 未だ遭遇したばかりでどちらとも言えないのだが、初っ端から盛大なボケを発揮してくれたこの青年。

「お前、強いな……」

 青年神は、どうやら魔王でも認める強さを持っているようだ。

 それこそ、魔王が手土産アタック一つで翻弄出来た下位・中位の神では及びもつかない程に。

「お前に聞いてやるよ。さっき俺が何者か、お前聞いたよな」

「その後に思い直し、最早何者であれ構わないと言ったが」

「それでも何者か聞いたのは確かだろ。その問い、誰かに放つ時の礼儀ってもんをわかってんだろうな?」

「……つまり、我が名と立場を明かせと?」

「そう、それが順番としちゃ先ってもんだろ。お前がちゃんと順番を守るってんなら、俺だってお前の疑問に答えてやらねぇこともないんだぜ――? 何より、俺だってお前に聞きてぇことがあるんだからな」

 道か。

 美の女神の神殿への道なのか、魔王よ。

 ナターシャ姐さんが迷子だと、果たして目の前の青年神は気付いているだろうか。

 きっと気付いていないだろう。

 だからこそ、ナターシャ姐さんの『聞きたいこと』という言葉に若干の警戒を見せる。でも多分貴方の警戒は無用の長物です。

 その言葉をかけてやれる者は、この場にはいない。

 さほど時間をかけず、青年神は頷いた。

 ナターシャ姐さんの目的が何であれ、それは彼に向けられる問いから察することが出来るだろうと考えたのだ。

 青年神は、ナターシャ姐さんの目的を探る為に名乗りを上げた。

 天界のこの郷において、我こそは――と。

 誰にも(はばか)ることのない、彼にのみ許された称号を掲げて。

「我が名は××××(Pi―――)。太陽のもたらす恵みの光、その化身――陽光の神と下界では呼ばれている」

 神の名に込められた特殊な力か、天界の空気の成せる業か。

 謎の現象によって、魔王の耳に神の名は直接には届かなかった。放送禁止用語のように勝手に伏せられて、何故か良くわからない効果音に音が潰されてしまう。

 しかしその効果音自体も強い力を含んでいた。痒みを感じて、魔王は己の耳に小指を差し入れ軽く掻く。

「……今の、下界のただの人間が聞いてたら耳が潰れる上に発狂してたんじゃねーの?」

 人間でなくとも、魔王の身が魔王でなく、本当にその辺の魔族か何かであったら耐えられなかったかもしれない。

 それ程のナニかが、『神の名』という音には込められていた。

 実際に聞いて、魔王は思う。

 此処に自分の可愛い従妹がいなくて良かったと。ただの人間に過ぎないあの子であれば、きっとこの『音の暴力』には耳も精神も耐えられなかったと。

 勇者? あいつなら大丈夫だろ。多分。

「おい、前以て警告くらいしろや。下手な相手に聞かせたら狂うって自覚あんだろ」

「そなたは『下手な相手』ではなかろう。そのくらいの実力は、私にも読み取れる」

「他に誰かいたら巻き添え食うだろって言ってんだよ!!」

「……そなたに害はなく、この場には我らふたりの他は誰もいないというのに何故怒る。問題はなかったろうに」

「てめぇ……ぶっ殺す。顔面ぐっちゃぐちゃに殴り潰す!!」

「随分と乱暴な物言いだな……言論の自由を否定するものではないが、女性の言葉遣いとしてあまり好ましいものではないぞ」

「擂り潰す!」

「なにを……?」

 陽光の神にとっては、いきなり前触れもなく怒り出したように見えたことだろう。

 戸惑う青年神に、しかし頭に血が上っちゃったらしい魔王は考慮しない。己の激情に従って、闘争心に忠実さを発揮して。

 魔王は、蜘蛛の下半身をドレスから生やしたまま、陽光の神へと拳を向ける。

 今にも殴りかかって来ようとする空気を、神も感じた。

 このまま済崩しに戦うことになってしまうのか。

 戸惑いながらも、陽光の神が宥めるような声音で魔王へと問うた。

「私は答えるべきことに答えた。なればこそ、再度貴女に答えを求めよう。先程の問いに、然るべき言葉を」

「――俺はナターシャ。いまアナタの後ろにいるの!」

「なっ……!?」 

 それは、一瞬だった。

 神の目をしても、捉えきれぬほど。

 瞬きする程の時間もかけず、次の瞬間には魔王の気配が青年神の背後にあった。

 まるで瞬間移動と錯覚してしまいそうな速度。

 青年神の無防備に晒された背中へと――


 神が、反応するより早く。


 魔王の足が、綺麗な回し蹴りを極めた。


 

 流行りのハイヒール(ピーコックグリーン)が、空の彼方に吹っ飛んでいった。

 





 こんな所でいきなり登場、勇者様を加護する陽光の神。

 彼は――とんでもない節穴だった。


 ナターシャ姐さんを見て、女性と勘違いはないよ……。

 胸なんて男の胸筋ダイレクトなのに!

 開いた襟からばっちり見えちゃってるのに!

 周囲に誰かいたら巻き添え必至の『神の名』という嫌な攻撃に、リアンカちゃんが被害にあったら……という心配からまぁちゃんお怒り中。

 しかし勇者様に与えられた加護の中では間違いなく幸運の女神に続いてまともにお役立ちしている加護。

 勇者様の加護で『恩恵』に振り分けられるのは恐らく幸運と陽光だけなので抹殺は思い直してほしいものです。


次回:女装魔王(ドレス装備)vs.元祖Mr.女難(太陽神)

 彼らの勝負の行方は――!?



備考:陽光神の名前

 生まれた時から上位の位を持つ生粋の神。

 その為、名前も天界の……神々の言語でつけられた。

 音の持つそもそもの力が名前には秘められている。

 そして秘匿されていることから名前には神秘性が宿り、更に名前の持つ力は増しているようだ。

 そのあたりは元人間だったりするご先祖様達や、あまり存在に力のない弱い神とは事情が異なる模様。

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