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74.そして答えが導かれる

 アルディナ様は順調に巫女の役目を務めているようだ。

 聞こえてくる彼女の仕事ぶりは、どれも素晴らしいものである。もちろん、実際は褒められてばかりいるわけではないだろう。一般の人々の知らないところで、彼女は歯を食いしばり、様々な苦労を抱えているはずだ。


 ――特に、私を呼び出した事実を知る国の重臣達が彼女に向ける目は、依然として厳しいものなのだと思う。


 また挫折するのではないか。

 また逃げようとするのではないか。

 また国を欺く行為を働くのではないか。


 いつでもきっと、猜疑の眼差しを向けられている。

 それを想像しただけで、私はぞっと身を震わさずにはいられない。私には到底無理だ。そんな中で、周囲に認められる働きをひたすら続けることなんて。

 でも、アルディナ様はそれをやると言った。その言葉通り、彼女は今度こそ折れることなく耐え続けている。


(きっと彼女は、認められるだろう)


 そんな予感があった。

 国全体の空気が、アルディナ様を受け入れている。

 今更彼女を引き下ろすことなんて、例え国王であっても許されない気がした。



「なあ、ハルカちゃん。また祭り企画しないのか?」


 食堂でせっせと料理をカウンターへ運んでいる最中、常連の若い兵士がそんな風に声を掛けてきたので、私はぱちりと目を瞬いた。


「祭り、ですか?」

「前の、アルディナ様の巫女就任二周年祝いみたいな感じで。楽しかったし、またああいう企画があったらいいよなって思ってるんだ」

 確かに、とか、いいねえ、なんていう声が後続の兵士達からも上がる。

 そりゃあお祭りは楽しいだろうけれど、たまにやるからこその祭りなのではなかろうか。

「今度はどんな名目でやるんですか? 特別何かあったとは思えないんですけど」

「んー、アルディナ様の巫女就任二年と六か月記念……とか?」

「刻み過ぎですよ」

 バッサリ却下すると、今度は兵士達からブーイングが上がった。


「あっ、そうだ!」

 その時、いいことを思いついたというように、別の兵士がポンと手を叩く。

「アルディナ様の二年六か月記念はちょっとムリがあるかもしれないけど、確かその頃は、『異界の巫女』様がこの世界に現れた時期だったよな! だったら、『異界の巫女』様ご降臨記念ってことでどうだ?」

「おおっ、いいな!」

「えっ、良くないですよ!」

 思いっきり否定してしまってから、私は集中した視線にうろたえた。

「いや、だって。今はアルディナ様がいらっしゃるのに、そんな、もういない前の巫女のお祝いの祭りをするだなんて……」

 しどろもどろにそれらしい言い訳をしてみるが、兵士達の心には響かなかったようだ。それどころか、もっととんでもない発言を彼らから聞く羽目になった。


「『異界の巫女』様がこの世界に舞い戻ってらっしゃるって噂もあるくらいだし、いいじゃないか。アルディナ様はできたお方だから、きっと異界から来られた前任の巫女様にも敬意を払っていらっしゃるだろうしね」


「え、え、え! ちょっと待って! 何ですか、その噂って?」


 聞き捨てならない。

 これだけは、絶対に聞き捨てならない。


「知らない? 実は『異界の巫女』様がこの世界で密かに暮らしていて、俺達を見守ってくれているんだって噂。『異界の巫女』様によく似た女性を王宮で見かけたって人もいて、時々話題になるんだよな」

「そんな噂が……」

「ま、ただの噂話だけどな!」

 あっけらかんと兵士は笑ったが、私は笑うどころではない。


 ――やっぱり、隠し通すことはできないのだ。


 どうしたって、いつかは明るみに出てしまう。

 今は、ただの噂話。けれどいつかは、それが真実であると知れてしまう。


「おーい、早く進んでくれよ」


 列の後方から、また別の声が上がった。

 あまり並んでいないと思って話し込んでしまったけれど、その間に次のお客さんが来たようだ。


「腹が減って死にそうだ」

 ん、待って。今の声は。

 はっとして顔を向けると、今しがた声を上げたのは、なんとアルスさんだった。ちゃっかりトレーを持って食堂の列に並んだりして、この人は一体何をしているのか。


 私の目の前までやってきたアルスさんは、にっと笑い、「ライスでよろしく」と告げた。

 追い返すわけにもいかず、私は言われた通りライスの乗った皿を手渡す。

「俺、ここで食べるの初めてなんだ。評判いいから前から気になっててさ」

「へえ」

 絶対に、ただ食事をしに来たわけではないだろう。そんな思いを込めてじとりとアルスさんを見据えれば、彼はますます笑みを深めた。


「ハルカちゃん、もうすぐ仕事終わりだよね?」

「……なんで?」

「仕事が終わったら、別館入り口の階段のところへ来てくれるかな。話したいことがある」


 おおっ、と周りから囃し立てる声が聞こえる。いやいや、そういうのじゃないから。

 心底嫌そうな顔でアルスさんを睨んでみたが、それで引くような人ではない。それに、当然ながら仕事絡みなのだろうし、無視するわけにはいかないだろう。


「待ってるよ。じゃ、また後で」

 私の答えなんて聞きもせず、アルスさんは「旨そうだ」なんて気の抜けた声を上げながら、メイン料理の乗ったトレーと共に、その場から去ってしまった。


・   ・   ・


 別館付近には、人気ひとけがほとんどなかった。

 別館と言えど、魔術研究所と同じように、こちらもメインの建物とは廊下で繋がっている。あちこちに伸びる廊下や階段の複雑ぶりは、王宮に不慣れな人間にとっては嫌がらせのように感じることだろう。


 重い足取りで指定された階段まで行けば、踊り場の大きな窓から外を眺めているアルスさんの姿をすぐに見つけることができた。


「あ、ハルカちゃん。来てくれたんだね」

「だって、しょうがないじゃない」

 周りを見回し、人がいないことを確認してから。

「……巫女絡みの話なんでしょう」

「えー? 俺からの熱烈な告白かもしれないとか、ちょっとは期待しなかった?」

「全くもってそんな想像はしていないのでご心配なく」

 つれないなあ、とアルスさんは笑った。

 その笑みがわずかながら陰っているようにも見えて、少し不安になる。

「何か、よくない話なの?」

「ん?」

「アルスさん、いつもと少し雰囲気が違うから」

 そうか、とアルスさんは頷いた。

「君には分かっちゃうんだね。うん、実は俺も少し緊張してるみたいだ。――アルディナ様の進退について、国の方針が決定したんだよ」


 ――まさか。

 私はその場で固まった。


「でも、まだ約束の一年は」

「一年を待たずして、ってことは、つまり、そういう判断が下されたんだろうね」


 ――アルディナ様の続投が、決まった、と。


 そういうことなのだろう。

 私が一年という期間を提案したのは、フラハムティ様が――国が、アルディナ様を巫女の座から下ろすことを検討していたからだ。彼女を続投させると決めたならば、「一年」という期間に何の意味もなくなるいうこと。


(それじゃあ、私がもう一度巫女になる可能性も、なくなったんだ)


 頭がそう理解すると、全身から力が抜けていくようだった。

 へなへなと、その場に崩れ落ちそうになる。


「フラハムティ様や、その他の関係者から、正式に君に伝えたいんだそうだ。この先の部屋で、彼らが待ってる。そういう訳だから、一緒に来てもらいたい」

「う、うん」


 まだ頭の中の整理が追い付かないが、それでもどうにか頷いた。

 これで全てが終わるのだと思うと、何だか拍子抜けしてしまうくらいだ。

 どことなく居心地の悪い思いをしながら、歩き出したアルスさんの後について行く。道すがら、アルスさんは口数も少なく、どうやら騎士モードに入りつつあるらしいことを感じた。


 アルディナ様が巫女を続ける。つまり私は、「自由」になるのだ。

 その「自由」をどうするべきか――。

 

 ああ、まさかこんなに唐突にその時がやって来るなんて思ってもみなかった。あともう少しだけ、時間が残っているはずだったのに。

 逆に、アルディナ様にとっては喜ばしいことなのには違いない。どんな判断が下されるのか、彼女は毎日怯えながら過ごしていたはずなのだから。少しでもその苦痛を味わう時間が短くて済むのなら、それに越したことはない。私の人生を賭けた「一年」という歳月は、彼女にとって、あまりに重い時間だったことだろう。



「さあ、ここだよ」


 やがてアルスさんは足を止めた。

 完全に人影の途絶えた長い廊下の真ん中、やけに仰々しい両開きの扉が私たちを待ち構えている。

 隣のアルスさんを見ると、彼は頷いて一歩身を引いた。私が行けということだろう。


「失礼します」


 フラハムティ様に会う時は、いつだって緊張する。

 少し上ずる声で断りを入れて、私は扉に手をかけた。

 

 きしむ音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。

 部屋の中は薄暗い。カーテンで窓を塞いでいるらしい。日差しの代わりに部屋を照らすのは、ぼんやりとした魔道具の光。――なぜ、部屋をこんなに暗くしているのだろうか。

 その異質さに気づくと同時に、部屋に集まった顔触れにも違和感を覚え、思わず眉をしかめた。


「お待ちしておりましたよ、ハルーティア様」


 いつもと変わらぬ様子のフラハムティ様。

 彼の側に控える、見知らぬ数人の男の人達。

 そして――。


「ルーノ、さん?」


 深い笑みを浮かべたルーノさんが、部屋の最奥に佇んでいたのだ。


 まるで、しかけた悪戯が成功した時の、子供のような無邪気な笑顔。

 それでいて、瞳は妖しげな輝きを湛えている。


「いらっしゃい、ハルちゃん」

「どうして……、ルーノさんがここに?」

 一歩彼に近づくと、共に部屋へ入ってきたアルスさんに、扉をしっかりと閉められしまった。


 ――嫌な予感がする。


「どうしてって、そりゃあ、僕の力が必要だからさ」

「それってどういう……」


「ハルーティア様、まずは、ご報告差し上げたいことがあります」


 私とルーノさんの間に割って入ったのは、フラハムティ様だ。


「アルスから概要は聞いておいでですかな。アルディナ様の進退に関する件です。この一年近く、我々は彼女の巫女としての素質を一から見直してまいりました。その結果、今後も彼女に継続して巫女の任を務めて頂くということで、国としての結論が出た次第です」


 それは予想の通りだ、全くもって異論はない。

 異論があるのは、今この目の前の状況についてである。

 何が何だか、全然分からない。


「どうして私だけを呼び出して知らせたんですか? この顔ぶれは何ですか」

 焦るな、落ち着け私。またフラハムティ様のいいようにされてしまう。

「――まさかまだ、私に何かさせようっていうんですか」

「いえいえ、とんでもない」

 フラハムティ様はあっさりと否定した。


「ハルーティア様には感謝しております。我々の危機を二度も救って下さった。一度目は、『異界の巫女』として。そして二度目は、アルディナ様の心の支えとして」


 そんなしらじらしい謝辞が欲しいわけじゃない。


「今後は、国を挙げてアルディナ様を支えて参ります。ですから――」


 その次の言葉を聞くのが、怖かった。


「あなた様には、元の世界にお帰り頂きます」

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