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「おや、グレイグの鎌腕じゃないか。あんた、よく生きて帰ったね」
「はあ」
迷宮から戻ると、冒険者の収穫が査定される。専用の小部屋に通されて、丸眼鏡の老婆と向かい合っている。汚れと傷が染み込んだ年季入りの作業台の上に、あの灰色ゴブリンの腕と魔石が転がっている。
老婆は円筒形のルーペで、宝石の等級を確かめるように魔石を見て、手元の紙になにやら書き込んだ。魔石を置いて、くたびれたエプロンから竹串の先に小さな鉄のボールをくっつけたみたいな道具を取り出し、鎌の刃の部分をこんこんと叩いている。
「アレスト廃村の教会前だろう? あそこは前々からどうもおかしくてね。たまあにこうして、他の迷宮の魔物が紛れ込むんだ。その度に初心者が死んでね、他の冒険者が派遣されることになるんだけど。見事に狩り上げたなら大したもんだ」
「いや、そんなこと初めて聞きましたけど。めちゃめちゃ危ないじゃないすか」
「迷宮に危なくない場所があるもんかね。そんなことで死ぬなら、それまでのことってだけさ。現にあんたは生きて帰ってる。そして報酬を得る。それが冒険者ってもんだろう? え?」
非情なほどにすっぱりとした物言いだった。危険を嫌がるようなら最初から迷宮なんて入らなきゃいい、というのはその通りだ。ゴブリンだけじゃないのかよ、ちゃんと管理しろよ、こっちは初心者だぞ、とこちらの事情を振りかざすのは傲慢なのだろう。
なにしろ相手は迷宮だ。理屈も理由も人間には理解できない、異常で組み上げられた超常の存在。そんなものを相手に理不尽だとわめく人間はあまりに矮小で。
血に沈んだ名も知らない冒険者たちの最期と、窓から飛び込んできた黒い騎士のようなボスに思いを馳せている間に、老婆はさっさと査定書を書き上げている。
「全部買い上げでいいのかい? グレイグの鎌は物がいいからね、持って帰って自分の武器に拵えるってやつもいる。良い切れ味の剣になるけど」
と言いかけて、老婆が言葉を止めた。書き込んでいたペンの頭で、鎌腕の切り口をなぞり、下唇を突き出した。
「いや、必要ないか。ここまで綺麗な断面は初めて見たね。スキルか武器か知らないけど、あんたにゃ余計だろう。買い上げで回しておくよ」
僕の返事も待たずに書類を仕上げて、ペンと一緒にそれを僕に突き出した。もちろんそれで僕も構わない。魔物の素材を加工する場所も知らないし、その金もない。なにより、査定書に記された金額がすごく魅力的だった。
「おや、そっちの荷物は良いのかい」
「ああ、これは」
僕は背負っていた包みをそっと隠した。服を一枚使って背負い袋にしている。
「大した荷物じゃないので。これは持ち帰ります」
答えて、受け取ったペンで署名した。




