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「はぃ!?」
咄嗟に腕で庇おうとして––––いや、両手に生首を抱えているんだった。降り注ぐガラスから生首を守るために懐に抱きながら、とにかくその場から駆け出した。
「あ、待って、ください! 身体がっ、私のっ!」
腕の中でくぐもった声。背後でガラスが地面に降り落ちる甲高い音。
壁まで走りついて慌てて振り返ると、それがゆっくりと降りてきたところだ。
黒塗りの身体。あるいは鎧なのか、それとも甲殻なのか。直線と流線で構成された長躯の背中に、不釣り合いなほどに生々しい皮膜の翼が生えていた。トカゲのような尻尾を地面に引きずって、地面に足が立つ。ガチ、と鉄のような爪が地面に食い込んだ。
「……強制イベントのボス戦? しかも絶対に死ぬやつ」
「おっしゃる意味がよく分かりませんが……あの、私の身体……」
「いや無理無理無理。どう見ても化け物だろあれ」
前世の記憶はなんの優位にも働かず、それどころかこの世界で生きるということに問題を起こしている。現実はどちらかも分からず、常に夢の中か劇場の幕の向こうを眺めるみたいに、人生を他人事のように感じる感覚がへばりついていた。
なのに今ばかりは、垂れ下がっていた幕が開いている。背筋の寒気が止まらない。手足が震えて、頭から血が下がり、呼吸すらままならない。視界がかつてないほど––––世界が、はっきりと見える。自分がようやく一つとして定まっている。
絶対的な恐怖。明確な死が、僕を現実という地面に引きずり下ろしたのだ。
呼吸が荒くなっている。自分は呼吸をしている。恐怖。そして同時に……これは、喜びだった。生きている実感。ずっと離れていたその手触りが、いま目の前にあった。
黒塗りの化け物は僕を見る。しかしすぐに興味をなくしたように首を回し、倒れたままの少女の身体を見つけた。
「お、おい! 待てよ!」
「待って! それは私の!」
呼びかけたのは同時。けれど目的は違った。生首が求めるのは身体で、空虚を抱えた僕は化け物それ自体を。
けれど言葉は平等に無価値で、化け物は少女の身体を小脇に抱えると、その場で翼を広げた。
飛翔。
ガラスと塵が暴風に巻き上げられ、僕は近づくことも叶わない。
来たときと同じように唐突に、そして非情なほど呆気なく、僕に生を刻みこんだ化け物はいなくなってしまった。
「ああ……」
抱えた生首の少女が力の抜けた声を漏らした。
僕らは二人して呆然と、そして名残惜しむ気持ちばかりは共有しながら、ただ天井を見上げているしかなかった。




