6
くるりと回って、首が地面から生えたみたいに僕と向かい合う。
長い銀髪が血溜まりのように広がった。髪の隙間から、あまりに整い過ぎた人形のような容貌が見えている。
長いまつ毛に、筋の通った鼻梁。肌は死人のように真っ白なのに、小さな唇だけがもぎたての林檎のように赤々しい。
なんだって首切り死体が教会に?
呆然と見つめる先で、女の頭に異変が起きる。まつ毛がぴくぴくと揺らいだかと思うと、瞼が開いた。
氷灰色の瞳がぼんやりと視線を揺らし、やがて焦点が合う。地面から生えた首と、僕は見つめ合っている。
「……どちら様ですか?」
きょとんとした顔で、首が喋った。こんな状況でなきゃ聞き惚れるような鈴音の美声だったが、それが生首からとなるとかえって不気味さが目立つ。
「それはこっちの台詞だし……つうか、肺と繋がっていないのになんで声が出るんだよ」
声ってのは肺からの空気が声帯を振動させるから……いや、魔法やらスキルやらが存在するとんでも異世界でそんなこと言っても仕方ないのか。
生首の美少女は(美少女の生首でもある)、傾げられない首を傾げようとして、表情ばかりが雄弁に動いた。
「ここは……どこでしょうか? それに身体がなんだか、うまく動かないのですけど」
「ここは迷宮都市の初級迷宮。なんだっけ、アレスト廃村とかいったっけ。あんたの身体はそこ」
僕が指差した方に視線をやって、少女は目を見開いた。
「……私の身体が倒れてる。私、首だけになってます?」
「自分がなんで生首なのか分かってないのか?」
「ええ、自慢にはなりませんが、どうしてここにいるのかもさっぱり分かりません」
「自慢げなくらい堂々としてんな」
「あの、私、ほんとうに首だけですか? 身体の感覚はあって––––」
「うわっ」
言葉が終わる前に、首を失った身体がもぞりと動いた。両手を地面について上体を起こし、その場にちょこんと座る。
「動けました」
「自慢げに言うなよ。怖いよ」
種も仕掛けも見当たらない。生首は生首で意思を持って喋り、身体は身体で無言で行動している。起き上がったことで見えるようになった首の断面は、まるで銀幕を貼り付けたような不思議な色合いで、水面が揺らめくみたいに七色に光っていた。
待てよ、と僕は腕を組む。切り口は滑らかで出血もない。どう見ても魔法による処理は、物理的に切り離したあとで行ったのか、それとも魔法そのものの効果で切り離されたのかは分からないものの、こうして動いているのだから命に別状はない不可思議な状況ってわけで。
「これ、身体に頭を戻したらくっつかないかな?」
「! それは名案です。ではさっそく」
少女がむむむと顔に力を入れた。すると身体のほうがゆっくりと動いて。
「あっ」
バランスを崩してつんのめって転けた。ばたーんと倒れ伏してしまう。
「なにやってんの……?」
「仕方ないでしょう。視界がなくて動かすのが難しいんです。感覚もなんだか鈍いですし……」
「まあ、それもそうか。あっちには頭がついてないしな」
人生で頭のない人間に共感をする日が来るとは思いもしなかった。
「あの、申し訳ないのですが。私の頭を持ち上げて、身体に載せていただけませんか?」
「ええ……」
「生首のまま失礼なお願いですが、どうかお助けください」
少女が生首のまま目を伏せる。困った状況なのは見てわかる。不気味さが漂うとはいえ、断るのも忍びない。
「……分かった。じゃあ持ち上げるぞ」
「はい。お願いします」
少女の生首の前で膝をつき、僕は頭を左右からそっと掴んだ。紗々のように滑らかな髪束の手触りの中に、ひんやりとした耳の感触。
ぐっと持ち上げると、生首から銀の砂が流れ落ちるみたいに髪の毛が長く垂れ下がった。
あとはこれを身体の上に––––そのとき、聖女像の真上の壁に丸く埋め込まれたステンドグラスが弾け飛ぶ。




