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剣についた血を振り払って肩に担ぎ、灰色ゴブリンを確かめる。もちろん死んでいる。
普通であれば勝てるわけもない相手で、そもそも物理法則的にあり得ない。小柄な僕が振り上げた剣を質量の塊みたいな魔物に叩きつけたって、浅い傷一つをつけるだけで精一杯だったはずだ。
けれど僕の剣は紙を裂くようにあっさりと食い込み、灰色ゴブリンを容易く両断していた。ますます現実感のない光景。けれどこれがこの世界の物理法則であり、魔法だとか、スキルだとか、そういう現実世界とは違う計算式が存在するわけで。
「意外と、強い? のか?」
この世界では十の歳に教会で洗礼を受ける。そこで加護、贈り物、神の痕、魂の声……呼び名は色々あるが、要するに自分に与えられたスキルを知る。千差万別のそのスキル次第で、人の一生は決まるらしい。
僕の場合はど田舎の貴族生活には役に立たなかった。だから家を出て迷宮に来たわけだけれど、こうして巨人を斬り倒せたことを目の前にすると、たしかにこっちの方が向いてるか、と腑にも落ちる。
迷宮に巣食う魔物は、その心臓に魔石を抱えている。それをギルドが買い取ってくれる。それで食い扶持を稼げるわけだ。残った死体に有用な部位があれば、それも買い取ってくれるらしいが、これは結構難しいらしい。
有用な部位を選別する知識や、それを傷つけずに解体する技術、単純に増える荷物を抱えて探索して帰る体力や、荷運び役を雇う資本。
究極の自由業みたいな冒険者であっても、結局は勤勉で努力してスキルを身につけるやつや、金を持っているやつが成功するというわけで。
「……うーん。この腕は持って帰ってみる?」
カマキリのように変形した腕は、見るからに立派だ。死神の鎌みたいだが、加工すれば武器みたいになりそうだし。
魔石と鎌の腕を回収したら今日はもう帰ろうと心に決める。しかし戦闘の疲労もあってやる気が起きず、ぶらぶらと視線を移すと、教会の扉が開いていることに気付いた。
この奥にボスがいるのか、お宝があるのか。疲労は判断力の抑制を甘くする。普段なら怖いから止めとこうと考えるものを、今はつい好奇心に後押しされて、教会の中を覗いた。
明かり取りの高窓からは光が差し込み、それが並んだスポットライトみたいに段々に並んだ長椅子を照らしていた。
静けさと宗教的な独特の空気の満ちる中に、魔物らしい姿は見えない。
そうっと中に入り、長椅子の中央にまっすぐ伸びる通路を歩いて祭壇まで行く。
正面には手を組んで祈る聖女像がひとつあるきりで、それも村の荒廃を象徴するみたいに身も半ばで砕けていた。
その足元に、倒れている少女の姿があった。虫食いだらけの黒いビロードに身体を包んで横たわっている。
「おい、生きてるか? こんなとこで昼寝なんて洒落になんないぞ」
呼びかけても返事がない。しゃがんで、冒険者にしちゃ華奢な身体を揺する。起きない。揺する。強く。と。
ころん。
「––––は?」
少女の首が身体から離れて転がった。




