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ミドは僕の身体から剣を抜いている。意味がわからないけれど、事実としてそうなのだ。
僕の思考が停止していることに遠慮もなく、ミドはその碧く輝く直剣を引き抜くと、振り返りざまに振り抜いた。碧光の煌めきが周囲に散ったかと思えば、風が頬を撫でた。
ミドがグリフォンの風の魔術を斬って散らしたのだ。
「……いや、ずっる。それ僕がやりたいんだけど」
なんだそれ。僕の中に隠された魔法の剣でしょそれ、なんで僕じゃなくてミドが使ってんの? それ僕のチートなんじゃないの!?
不満と疑念の視線を向けていると、ミドが振り返る。相変わらずの無表情のまま、
「ルーンの具現化は魔法使いのみが扱える技術。他の者には触れることはできません」
「あ、そ。はい。魔法使いの方がチートってことね。じゃあ僕はなんだ? 宝の持ち腐れ?」
「来ます」
不貞腐れる間もない。グリフォンはミドを脅威と見抜いたのか、跳ねるように飛び上がり、翼を広げて滑空するように一直線に向かってきた。
ミドは剣を掲げた。それはまるで魔法の杖のように。周囲に碧の光が破片のように散らばったかと思うと、それは巨大な幾つもの剣の形となる。ミドが剣を振ると同時に、魔法剣が打ち出された。
「……わお」
剣と魔法の、魔法の比重がやけに重いと思っていたこの世界だけれど。魔法使いとか言うのは常軌を逸して人外だ。詠唱が必要というルールすら破って、一瞬で生み出された魔法の剣は、慈悲も手心もなくグリフォンを切り刻んだ。
すれ違いざまに翼を跳ね、脚を削ぎ、身体を断ち、それでもまだ剣は消えずに回転して戻ってくる。ミドが剣を握った人差し指を「くいっ」と上から下に曲げると、剣は上空から真っ直ぐに地面に突き立った。
空中を思うがままにしていたグリフォンが地面に撃ち落とされ、そのまま地面に縫い付けられている。すぐさまに失った脚が再生し、翼が戻り、四肢が地面を掻く。けれど幾つもの魔法剣の鍔が、さながら拘束具のようにグリフォンの身体を押さえ込んでいた。
ミドが怯える様子もなく歩いて行く。そうなると僕もついていくしかない。
目の前まで歩み寄れば、グリフォンは首をもたげて必死に威嚇する。あれほどの恐ろしい魔物すら、こうして縫い留められてしまえば檻の中の猛獣と同じで。
「では、お願いします」
ミドが冷え冷えとした瞳で僕を見る。
「僕なら首を落とせるって言ってたけど、どうすればいいの? その魔法剣、返してくれる?」
「これはあなたのルーンを借りているだけです。私のものではありません。あなたは”スキル”を行使して、このグリフォンの首を落としてください。私がルーンを操作します」
「……はあ。そう言うならそうするよ。いつまでもこのグリフォンを目の前にしてるのも落ち着かないし」
現代機器が便利に使えれば仕組みなど誰も気にしないのと同じように、グリフォンを倒せるって言うならその理屈は後回しでいい。
僕は剣を抜き、両手で握る。隣にミドが並んで、左手が僕の両手に重ねられる。すると碧の光が僕の剣を覆い、擬似魔法剣が出来上がったのだ!
「うわ、かっこいいなこれ」
「? 何がですか」
「男の子の夢なんだよ」
美少女にも命の危機にも鈍かった視界が、少年の夢を眼前にするとちょっぴり明瞭になった。やはりロマンだ。ロマンは心を震えさせる。
僕は剣を振り上げる。
眼前にはグリフォンの首。嘴を開いて必死に威嚇している。お前は僕たちを殺そうとした。だから僕もそうする。それだけのことだ。
剣を振り下ろす。手応えは軽かった。
––––トン。
剣は地面に食い込み、グリフォンの首が落ちた。




