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鎧暮らしの首だけ姫〜おひとり様おひとつ限り〜  作者: 風見鶏
第三章「古城ヴィアシェル城下街迷宮でルーンを集めよう」

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「ᛇのルーンが効力を発揮しているあいだは倒せない」

「え? ああ、さっきの話の続き?」

「私の身体に刻まれていたルーン。身体を失って、もう私のものじゃない。私はルーンを操れない。けれど、あなたなら打ち消せる」

「へえ! ……え、なんで?」

「––––あなたには(ジェラ)のルーンが刻まれているから」


 僕は目を見開いた。驚いたからではなくて、さっぱり意味がわからなかったからだ。


「ひとつの身体に、ふたつの魂。それは互いに巡り合いながら循環している。あのᛇは不完全。あなたの方が力は強い」


 なるほど、話は聞いたけれどさっぱり分からないな。

 けれどそれを深掘りするには、状況が切迫していた。空へ上がったグリフォンにイリアが火槍を打ち込み、再び墜落したところへクロエが駆け込む。


 今まさに二人が命懸けで戦っている最中に、謎めいた言葉を並べる不思議少女になったミドと相互理解を深めるつもりはない。

 だから僕は一旦、全てを棚上げする。必要なことだけに集中すればまずはそれでいい。


「––––わかった。僕にはᛃのルーンってやつがある。これを使えばあのグリフォンを倒せる。それで、どうすればそのルーンってやつを使える?」

「”魔法使い”でなければ無理」

「はいもうどうでもいいでーす」


 僕は両手を上げた。はいはい、魔法使いね。なんだよそれ、知らないよ。


 もう投げやりな気持ちで唇を突き出した僕に、ミドが顔を近づける。


「––––私が”魔法使い”。でも今は不完全。だから、あなたの力を借りて、私が力を貸す」

「––––は?」


 硬い鎧甲冑が僕の身体を抱き寄せた。けれど唇に触れた感触はただただ柔らかく、そして暖かい。視界はミドの顔で埋まっていて、目を開いたままの僕を、目を開いたままのミドが見ている。その大きな瞳に反射している僕の瞳すら見えるようで。


 そんな色気も雰囲気も何もない状況で唇を合わせている。愛の言葉とか昂る感情があれば、この白い膜だって一気に晴れて心は打ち震えるのかもしれない。

 けれど、無感情のままに作業的な口付けをされたって、それはただの皮膚や粘膜の接触でしかない。こう言うのは雰囲気とか気持ちが大事なんだよ。つまり興奮がないとぜんぜん盛り上がらな––––うえっ。


 唐突な、それもめちゃくちゃに変な感覚が胸の中で蠢いた。心臓の中で洗濯機が回り始めたような、粘っこい液体が無理やりかき乱されているみたいな、どれほど言葉にしても言い表すのに不足するような不愉快な感覚。


 それは次第に回転を早め、僕の肋骨の中でぐるんぐるんと大きく広がっていき、ついには身体が中から弾け飛ぶんじゃないかって––––。


「コラァ––––! なぁんでこんな時にいちゃついてんのっ!?」

「あっ、手が滑って火槍がトモス様に」


 それは冗談にならないから。

 と言い返したいのだが、肺すら押し潰されるように息苦しく、僕は声すら発せられない。

 そのとき、クロエが鋭く叫んだ。


「––––っ! トモス! 避けて! 風がそっちにいったわ!」


 確認したくてもできない。目の前にはミドの顔が目一杯に広がっている。身体を動かそうにもちっとも動かない。どうしろってんだ。


 命の危機は迫っているはず。けれど身体は動かず、思考は回らず、だったら死ぬことさえまあ、受け入れたっていいかと諦める気持ちも込み上げる。最後に美少女とキスもできたしな、前の人生よりはまあ、マシだったかも––––なんて。


 ミドが唇を離した。僕の胸に右手のひらを押し当てて。何かを握りしめて、そこから引っ張り出すように拳を引き抜いた。


「えええ……?」


 本気で戸惑った時は、どんなに切羽詰まっていても、気の抜けるような間抜けな声が出るらしい。僕は目の前の光景にドン引きしていた。

 自分の胸を見下ろす。僕の心臓のあたりから、碧の剣身が生えていた。

 いや、ほんとに。




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