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暴風に押し飛ばされて地面を転がる。両手をついて身体を起こすと、隣でミドがただ座っている。風に巻き上げられたのか、兜がどこかに転がってしまって、顔がむき出しだった。
いつもみたいにころころと変わる表情ではなくて、まるで石像のように無表情。ミドのようでいて、ミドじゃない。そんな気配に、思わず背筋が寒くなった。命を脅かす魔物の攻撃よりも、見知ったはずの相手の異変の方が恐ろしい。
「トモス! 大丈夫!?」
「……手を貸してくれる? ミドを起こそう」
駆けつけたクロエと挟んで、力の入っていないミドを引っ張り起こした。
「この子どうしちゃったの? たまにこうなったりするわけ?」
「僕にも知らないことはいっぱいあるんだよ」
ミドは人形のようになすがままだった。けれど視線はグリフォンから離れない。
そのグリフォンは四肢を踏ん張ったかと思えば翼を広げて舞い上がり––––その瞬間、翼に火槍がぶち込まれて地面に墜落した。派手に翼が燃え上がる。
「派手な登場ねイリアっ! 惚れちゃいそう!」
「同じ意見だ」
「はあ!?」
「今のうちに合流しよう」
やっぱり頼りになるのは最大火力だ。遅れて来たことがかえってグリフォンの不意をつけたらしい。階段を上がったところで息を荒くしているイリアに向けて、ミドを引っ張って走る。
「助かったよイリア」
「お、お役に立てて、よかった、ですっ、はふぅっ、ぶはぁ」
「全力疾走のあとによく詠唱できたね」
「がん、頑張り、ましたっ!」
「苦しそうなところで悪いんだけど、もうひと踏ん張りしてもらっていい? あのグリフォンからイワズってのを取り戻さなきゃいけなくて」
「なんですか、そのイワズって」
「それは知らないんだけど」
「ええ……?」
戸惑うイリアの気持ちはすごくよく分かる。僕だってこのままさっさと逃げ帰りたいのだけれど、困ったことにミドがまた動かなくなってしまったのだ。この広場から離れまいとするように階段の前でずしりと重い。
「……ミド。教えてくれないと手伝えない。イワズが何かは別にいい。どうやったら取り返せる?」
ミドは感情の見えない瞳を僕に向けた。
「––––グリフォンの首を落とせば戻る」
「あいつは再生するけど?」
「それがᛇのルーンの力だから」
「つまり取り返すには倒すしかないけど、そのイワズのルーンがある限りは倒せない?」
「そう」
「謎々か?」
「ちょっと、あいつまた戻ってるわよ」とクロエが指差す。
「どうなってるんですか、あれ」とイリアが目を丸くする。
火槍で黒焦げになっていたはずの翼はすっかり元通り。けれどグリフォンの機嫌はしっかり悪化していて、僕らを敵意の眼差しで睨みつけ、苛立ちを示すみたいに尻尾を地面に叩きつけている。
いやあ……勝てるのか、あれ。
「……二人とも、無理しないで。逃げていいからね」
僕が言うと、クロエが僕の肩をぱしんと手の甲で叩いた。
「翼の生えたあいつから走って逃げれると思う? こうなりゃ倒すしかないのよ。上等じゃないの」
クロエがまなじりを鋭くして剣を構える。
「一度は救っていただいた命ですから。トモスさまを置いて逃げることはできません。やりましょう!」
イリアが杖を掲げ、詠唱を始める。
その二人を見ながら、僕は胸が熱くなる––––わけでもなく。
どこまでいってもこの人生は––––トモスのもので、どこか他人事なのは否めなくて。クロエやイリアの覚悟を受けて奮い立つべき感情が、どうしても見つからない。
どうしてそこまで義理を果たそうとするのだろう。置いて逃げたって文句は言わないのに。なんて冷めた思考がある。
ああ、いや、それは僕もか。べつにこだわる必要はないんだから。
ミドを置いて逃げればいいんじゃないだろうか。そうすればクロエもイリアも一緒に逃げられるだろうし……。
グリフォンと戦う理由も、特にはなくて。必死に逃げる理由も、やっぱりなくて。
生きているようでいて、死んでいるようでもあるこの人生に、目的らしい目的は見つからないまま。もしここで終わるならそれでもいい。そんな気持ちが、ただぼんやりとあるだけで。
グリフォンが地面に鉤爪を立てて、今まさに舞いあがろうとしているとき。
ミドが僕の腕にそっと手を添えた。




