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「いやあ助かった! うっかりエルッグに鞄を裂かれて困ってたんよ! 冒険者様は頼りになる!」
身体も顔も丸っこい、ころころとしたおじさんがぺこぺこと頭を下げる。背負っている鞄には避けた穴が空いていて、そこから転がり落ちた細々とした荷物が辺りに転がっていた。
「……さっさと逃げたら良かったんじゃない?」
とクロエが呆れたように言うと、おじさんは首を左右に振る。
「とんでもない! 見てわかる通りわしは商人。大事な商品を置いて逃げるなんて恥晒しはできん! エルッグの一匹や二匹で怯えてられません!」
「ついでにゴブリン・ガーゴイルも二匹いたけどね」
「いやっ、さすがに肝が冷えましたわ。ほんまに命拾いしました」
はっはっはっ、と笑う顔は朗らかで、本当に肝が冷えたのかと疑いたくなる。迷宮で商人をやるという人間はこれくらい肝が据わっているのかもしれない。
そこに、少し離れたところでしゃがんでいたイリアが、腕に小瓶をいくつか抱えて戻ってきた。
「あの、向こうにこれが落ちていました」
「ああ、すんませんなお嬢さん! 逃げ回ってるときに転がってしまったんですわ。あ、これが傷直しのポーションですな、こっちの四角い小瓶が軟膏。血止めだけじゃなく、手荒れや肌の乾燥に塗ってもええんですわ」
「……はあ」
とイリアが戸惑いがちに頷いた。
「こっちはなんですか?」
と、ミドが茶色い紙包みを三つばかり重ねて持ってくると、おじさんは「おお! それも無事やったか!」とますます声音を明るくした。
「すみませんなあ、おや、獣人族のための鎧とは珍しい! 獣耳の曲線まで仕事が丁寧。こら特注ですか? えらい奮発したでしょ。え? 違う? そら失礼」
おじさんは受け取った紙包みをぽんと叩く。
「これは肉なんですわ。新鮮で上質! 食えば活気、元気、やる気がみなぎり、さあもう一踏ん張りっちゅう気にもなるわけです」
「迷宮に肉を? 冒険者がわざわざ買うの?」
僕が訊くと、おじさんは「おや」と片眉をあげた。けれどほんの一瞬、不快に感じる隙もないほどの目さばきで僕らを見定めると、目尻を柔らかくした。
「ちょいと前に、この城下街から【ヴィアシェル地下水路】っちゅう、別の迷宮が繋がってるのが発見されたんですわ。この地下水路がまあ厄介らしい。暗いわ広いわでややこしいわで、いまだに地図が完成しておらんそうで。未踏の財宝が残っとるに違いないって、冒険者さんらがもう泊まり込みで探索しとる。地上に戻るのも惜しいっちゅう方には、武器やら傷薬は当たり前、それよりこういう食い物が喜ばれるんですわ」
へえ、と僕らは頷いた。迷宮の中に迷宮がある、というのは知らなかった。僕らが情報に疎い駆け出しと見抜いて、丁寧に教えてくれたのだろう。
「その地下水路の迷宮って、あたし達も入れるの?」
それは僕も知りたい。
「この地下街迷宮の支配者を討伐できれば入れますけどね。あんまりおすすめはせんかなあ。何しろ環境が良くない。ろくに灯りもない暗い迷路みたいな場所らしいですからね、ああいうところに長くおると、どうも人っちゅうのはおかしくなりますわ。意気込んだ冒険者たちもこらあかんとすぐ断念してますわ」
「……未攻略って言葉は魅力的だけど、危険も多そうだ。僕らも行くかどうかはよく考えてからだね」
僕の呟きに大きく頷いたのはイリアとミドだった。暗くて狭くて迷子になりそうな迷宮に、乗り気になれない気持ちはよくわかった。
商人のおじさんは、この場で鞄に応急処置をしてから地下水路に向かうらしい。助けてくれた礼だと、商品を無料で分けてもらえた。傷直しのポーションや、軟膏、包帯、剣の手入れ用の油と砥石など、いくらあっても足りないものを補充できて助かる。
「やっぱり人助けはいいなあ」
僕がしみじみと呟くと、クロエは呆れたように、イリアはくすくすと笑う。ミドばかりが素直に「助けられて良かったです!」と大きく頷いていた。
他にも困っている商人はいないかとしばらく探してみたのだけれど、そんなに都合よく商人はいなかった。冒険者達はよく見かけたが、彼らもきっと僕らとすれ違いながらがっかりしたに違いない。




