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鎧暮らしの首だけ姫〜おひとり様おひとつ限り〜  作者: 風見鶏
第三章「古城ヴィアシェル城下街迷宮でルーンを集めよう」

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3


「––––来たわよっ! ゴブリン・ガーゴイル!」

「ご、ゴブリンさんが空を飛んでますよっ!?」

「ゴブリンも出世したもんだね」


 ここに来る前に出現する魔物については下調べを終えている。ここには二種類の魔物が存在するが、厄介なのはこっちの方だろう。なにしろ、空を飛ぶんだから。


「イリア、詠唱して準備。周囲に備えて。あれは僕がやってみる」

「はいっ」


 後ろ腰の留め具を外してランタン・ボウを取り、貴重な一本二千円の矢をつがえて弦を引く。


 屋根の上からふらふらとゴブリン・ガーゴイルが迫ってくる。アレスト廃村で見るゴブリンよりも細面で厳しく、手は鉤爪を持って大きく、代わりに足は退化して小さい。コウモリのように柔らかそうな皮膜の翼で羽ばたきながら、不規則に上下動するので狙いづらい。


「もう少し引きつけてから撃つ。ミドは僕の前に、外したらクロエ、お願い」

「もちろんですっ!」

「任せて」


 上空にいるところでも当てられなくはないのだが、頭をよぎるのはもし外したら矢を回収できない、という貧者のセコイ考えだった。


 それでも、僕は矢を無くしたくないんだ––––ッ!


 ゴブリンガーゴイルが真っ直ぐに僕に狙いをつけて向かってくる。十メートルまで引きつけて、僕は矢を放った。空気を裂く音を引いて、矢はゴブリン・ガーゴイルの左の鎖骨下に命中する。ガボガボ、と筒に水が流れ込むような悲鳴を上げて、ゴブリン・ガーゴイルが飛んできた勢いのまま地面に墜落して転がった。

 そこにすかさずクロエが駆け込んでとどめを刺した。


「トモスさま! わんちゃんです!」

「犬じゃなくて鹿ね」


 いや、やっぱり犬なのか?

 脇の路地から飛び出してきたのは四つ足の獣だ。身体は大型の野犬のようだけれど、顔ばかりは人相の悪い鹿に似ていて、額からは枝のように別れた角が生えている。

 エルッグと呼ばれるそれは、命名者も判別に困っていた気配がある。


「ミド! 弾きとばせ!」

「はいっ、ええい!」


 ミドは甲冑を軋ませながら大楯を巨大なうちわのように振るった。飛びかかったエルッグががぁんと叩かれ、宙でぐるんぐるんと回転しながら地べたに叩きつけられた。


 僕が指示するまでもなく、イリアはすでに杖を振るっている。燃え盛る槍が滑るようにエルッグに叩きつけられ、着弾と同時に火が盛った。


 新しく抜いた矢を弦にかけて周囲を警戒する。この迷宮では、上空からはゴブリン・ガーゴイルが突っ込んでくるし、入り組んだ城下町ではエルッグの急襲がいつあるか分からない。


「観光気分なんてとんでもないね。警戒するだけでも疲れそうだ」

「わたしの魔術がもう少し早かったらよかったのですけど……」


 イリアが申し訳なさそうに言った。


「魔術の詠唱が長いのは仕方ないよ。でも、ちょっと火力が過剰かも?」


 火槍が叩きこまれたエルッグはすっかり黒焦げで、身体には大穴が空いていた。


「エルッグもゴブリン・ガーゴイルも硬い敵じゃないし、水の矢の方が手早いかも知れない。詠唱の速さと魔力の消費量を優先するのはどう?」

「そうですね……はい、では次は水の矢を使ってみます」

「イリアの魔術は僕らの中でいちばん火力があるから、いざという時のためにできるだけ温存したいんだ。あんまり無理はしないで、僕らに任せる意識でいて」


 魔術というのは燃費こそ悪いけれど、ここぞというときの打開力は代替が効かない。イリアには常に余力を残してもらっておくべきだろう。


 僕らはゴブリン・ガーゴイルの翼の被膜と、エルッグの折れた角を麻袋につめた。それとそれぞれの魔石も。被膜と角はギルドが素材として買い上げてくれるのだ。ひとつひとつは小さな金額だけれど、これを集めないわけには行かない。


「ミドに荷物持ちを頼むことになるけど、大丈夫?」

「はい! 落とさないように頑張りますね!」


 収穫品用の麻袋を、ミドの背中に背負ってもらう。貴重な資金源だ。頼むぞ。


 それから、僕らは街をぐるぐると歩きながら、出くわすたびに魔物と戦った。どこか目指すところがあるわけではなく、もちろん支配者と戦うつもりもない。新しい環境と魔物に慣れるために、無理をしない程度に探索しているだけだ。だから不用意に遠くにも行かず、いざとなればすぐに戻るために、安全基地から一定の距離を維持している。


 迷宮ごとに人気の違いでもあるのか、アレスト廃村よりも他の冒険者を見かける頻度が高い。遠目に戦っているところを目撃したり、すれ違ったり。そういう時は結構、愛想良く挨拶なんかをするのだが、それは互いに敵意がないと示すためのマナーみたいなものらしい。


「迷宮の中じゃ、いざという時に頼れるのは他の冒険者だけだもの」


 とはクロエの言葉である。

 というわけで、困っている冒険者を見逃すのはマナー違反。僕らは顔を見合わせて意思を確認し、ちょうど目撃してしまったその戦いに首を突っ込むことにした。





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