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鎧暮らしの首だけ姫〜おひとり様おひとつ限り〜  作者: 風見鶏
第二章「初級迷宮アレスト廃村でゴブリンを爆殺しよう」

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「ランタン・ボウだね」

「は?」


 僕が思わず訊き返すと、ギルドの鑑定人である老婆は鬱陶しそうに視線をあげた。片眉をあげて僕をじろっと睨んでから、再び弓に視線を落とした。


「これがセソラスなのは間違いない。弓としての性能は詳しかないが、作りからして悪いものじゃないだろうね。この持ち手の裏に”力ある言葉”が刻まれてる。撃ち出した矢に魔術を宿すようにできてる」

「……その魔術というのが?」


 僕がもう一度、訊き返すと、老婆は小さなルーペを机に置いた。


「矢が命中した場所に小さな魔法の灯火を生み出す魔術だ。要するに離れた場所にもランタンを作れる。だからランタン・ボウ」

「……ええと、それが、なんの役に立つんでしょう?」

「そうさね、周囲が明るくなるんじゃないかい? 暗いところで便利だね」

「……ごもっとも」


 僕はため息をついて肩を落とした。

 期待していなかったといえば嘘になる。言わばハンター・ゴブリンはユニークレア的な存在だ。そんな魔物のドロップした弓なら、ちょっとは強かったり、珍しいスキルでも付与されているんじゃないかと考えるのは普通だろう。


「ランタン・ボウ……なんて地味なんだ」

「そうでもないさ」と予想外にも老婆が言う。「魔術師に頼んで武具に魔術を付与しようとすりゃ、馬鹿みたいに金がかかる。普通に考えれば、ランタンを作るなんて魔術をわざわざ武器に付与するやつはいないだろう。そういう意味じゃ、実にセソラスらしいとも言えるよ」

「それ、良い意味ですか?」


 老婆は肩をすくめて、弓を僕のほうに押しやった。それだけで言葉にせずとも伝わるというものだ。


「で、どうする? ギルドで買い取るならこのまま話を進める。どこぞで売るために鑑定書を作るなら別料金だ」

「ちなみに、いくらですか、このランタン・ボウ」

「スキルは実践向きじゃないからね、セソラスの武具として考えてもせいぜい金貨三十枚ってところだろう。武具担当の鑑定士に通せば、弓自体の価値の分だけもう少し値段は動くだろうね。どうせ冒険者には売れないだろうから、美術品として金持ち相手のオークションにでも流すほうがいいと思うよ」

「ご丁寧にどうも……」


 スキルの実用性なし。コレクター向けの珍しい弓として売るしかないとお墨付きをもらったわけだった。

 それでも金貨三十枚というのはなかなかの大金だ。四人で分けても、今月くらいは気楽に過ごせる。


 悩む。悩むが、実用性がないという言葉が、かえって気持ちを固めた。弓としての価値がないなら、いくら使い潰しても値段は下がらないという意味でもある。使うだけ使って、後で売り払えば良いか。


「持って帰ります」

「そうかい。なら、持ち帰りとして記載しておくよ」


 老婆は手元の紙に何やら書き込み、それを僕に差し出した。この査定書を持って受付に行くと、迷宮で手に入れた魔石やドロップ品がお金に変わるというわけである。


「初級迷宮卒業おめでとさん。今度ともがんばりな」


 無愛想ながらに祝いの言葉をもらって、僕は驚きながらも頭を下げて部屋を出た。

 査定書には、ウォーリア・ゴブリンの魔石という一項目がある。


 買取金額は大したものじゃない。弓と比べたら小銭みたいなものだ。それでも、この石が僕らの進級の証なのだ。それはお金よりももっと重要な意味を含んでいた。

 受付に査定書を出してから待合の広場に戻ると、三人がテーブルを囲んで何やら話し込んでいた。


「みんな、ギルドカードを持ってきてくれってさ。初級迷宮を攻略したから、昇級扱いになって書き換えがいるらしいよ」


 声をかけると、三人が僕を見上げた。


「ねえ、ちょっと、トモス、座って」


 クロエが僕の手をぐいっと引いて、無理やり座らせる。


「なに? どうしたの」


 イリアが顔を寄せ、小声になった。


「––––ミドさんから、聞いたところなんです。おふたりが出会った経緯を」


 ああ……と僕は頷いた。それでおおよそ、ふたりの反応の理由がわかった。


「あんたのスキル、どうなってるの? イリアの怪我を治したり、導火線を切ったり、ミドのその––––」


 と、クロエは口ごもる。


「ごめんなさい、トモスさま。勝手にお話ししたらよくなかったですか?」


 ミドがおずおずと僕に言う。もちろん僕は首を左右に振った。


「いいや。ミドの事情だしね。ミドが話してもいいと思ったなら、僕も止めないよ」


 改めてクロエとイリアに顔を向ける。


「ミドにどう聞いたのかは知らないけど、彼女はいま肉体を失ってる。僕が出会ったときから、どうしてか首だけになってたんだ。で、首だけのままじゃ不便だろうから、こうして鎧にくっつけてる。僕のスキルで」

「……訳わかんない話ね。首を鎧に繋げて、どうして動けるの? 身体の感覚はどうなってるの?」


 クロエに訊かれ、ミドは首を傾げる。


「説明しづらいんですけど……自分の身体みたいに動かせて、でも触られても感覚はなくて……ちょっと不便ですけど、快適です!」

「あ、そう。ならいいわ」


 クロエが呆れたように苦笑した。


「でも、ずっと繋げたまま、とはいきませんよね。身の回りのこともあるでしょうし。でも首だけになると……不便では?」

「そうだね。顔を拭いたり、歯を磨いたり、髪を洗ったりは、僕がやってる」

「––––それはいけません」


 予想外にも強いイリアの否定の声音だった。


「やはり異性でやるには差し障りもありますから。ミドさん、良ければ今日からわたしが代わりましょうか?」

「えっ……私は、あの、トモスさまでぜんぜん問題は……」

「いえっ! やはりお互いに気を遣うこともありますから! 七歳にして男女の別を守るべしという教えもあります。男女で同じ部屋で寝泊まりするのも良くないと思います。たとえミドさんが首だけだとしてもっ! そうは思いませんか、トモス様!?」


 なんでそこまでイリアに熱意があるのかは知らないけれども、言っていることは至極まともだった。

 生首とはいえ、普通に異性であるミドの世話をするのに確かに差し障りはあるだろうし、男の僕にはわからない機微というのもあるだろう。同性が担ってくれるというのなら、僕としてはありがたい話だった。


「僕は助かるけど、イリアの負担にならない?」

「同じパーティー仲間として、ミドさんともっと仲を深めたいと思っていたので、問題ありません。この機会にお友達になれたら嬉しいです」

「お、お友達、ですか……!」


 ミドが兜の中で感激した声でつぶやいた。


「ミドはどう思う?」

「……トモスさまにお世話して頂けなくなるのはちょっぴり残念ですが、イリアさんやクロエさんとお友達になれたら嬉しいですっ!」

「クロエはどうかな? 面倒じゃない?」

「別にそんなの構わないわよ。女同士で友好を深めるのも楽しそうだしね」

「じゃあ、お願いしようかな。ミド、良い子にするんだよ」

「はいっ! 良い子にします!」


 大丈夫かなあ。


 それから、とんとん拍子で、イリアとクロエが僕らと同じ宿に移ることが決まった。パーティーとして活動する上では、すぐ話ができる方が都合も良い。


 夜にはギルドカードも無事に書き換わり、僕らはこれで初級冒険者から、第五級冒険者になった訳で。今日の収入を元手に、僕らはギルドの酒場でささやかな打ち上げをしたのだった。


 ……まさか、クロエの酒癖があんなに悪いとは思わなかったな。

 



 第二章 おわり



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