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「周りのゴブリンはイリアの魔術とあたしだけでもすぐ片付くと思う。ウォーリアは……見た感じじゃ力押しよね。武器も斧だし。剣がどれくらい通るかってところだけど、ちょっと時間かかるかも……」
と、クロエが何気なく視線を僕に向けて、その近さにようやく気づいたという様子で目を丸くした。
「……」
「……?」
「ひゃっ」
クロエがみるみる顔を赤くしたかと思うと、やけに可愛らしい悲鳴をあげて兎みたいに後ろに飛び退いた。
「反応遅っ」
「ご、ごめんっ、気付かなかったの」
「謝られるのは新しいな。普通は罵られると思うんだけど」
意図せず近づいていたときに責められるのは男の役目だと思っていた。気が強い子に見えていたけれど、意外と控え目なところもあるのかもしれない。
ふむ、と頷いていると、イリアが杖を上下にぱたぱたさせながら僕らの間に入ってくる。
「はい、はい! 戦いの前ですからねっ、いちゃいちゃしないでください」
「し、してないでしょ! どう見ても!」
「クロエはどうして顔を赤くしてるの? どうしよう、爆発させちゃいそう」
なるほど、うっかり爆発しそうな爆弾を抱えると言うのは恐ろしいことらしい。他の冒険者たちがイリアを恐れる理由がちょっと分かってしまった。
「冗談はともかく……冗談だよね? 見つけたならちょうどいい。このまま挑んでみよう。ミド、盾の準備はいい?」
「はいっ、お役に立てるように頑張ります!」
ミドはすでに立ち上がり大楯を手にしている。
「ウォーリア・ゴブリンは斧を使うみたいだ。その盾ならびくともしないだろうし、ミドに任せることもあるかもしれない。大丈夫そう? 怖くない?」
「盾を構えていると前が見えないので、怖くないです!」
「それならよかった。イリアには接敵前に一発、魔術を打ち込んで欲しいんだけど、水の魔術で何か強そうなのってある?」
笑顔でクロエを詰めているイリアに話を振る。「え、あっ」と振り返って、表情を改め、
「……あの、実はわたし、適性は火の魔術の方なんです」
「え? でもずっと水の魔術しか使ってないよね?」
「はい。その、火を使うと、爆弾に影響がありそうで怖くて。それに、爆弾が爆発した後に、延焼したりするので、それを鎮火させるためにがんばって水魔術を覚えたんです」
「……大変だったね」
厄介なスキルを持つと歪みがあちこちに出るものらしい。イリアの涙ぐましい努力を思うとつい労わりたくなるほどだった。
「いえ、あの、ぜんぜんっ! それに今はもう、トモス様のおかげで悩まなくて済みますから!」
と両手を振り。
「苦手な水の魔術の練習に時間を取られて、火の魔術はあまり覚えていないんですけど、撃ち込むなら『火槍』が良いと思います」
「うーん、柔らかい笑顔と楽しげな声音で提案するには最高に物騒な言葉だ」
思わず口の中でぼそりと呟いてしまう。
「はい?」
きょとんとしたイリアの顔。
「なんでもない。独り言。それじゃ、まずはイリアに火槍を撃ち込んでもらう。ゴブリンたちが混乱している隙に、僕らが駆け込む。僕とクロエがまず生き残ってるゴブリンの対処。ミドにウォーリアを任せていい? 盾で引きつけてくれるだけでいい」
円陣を組んで三人の顔を見回す。
緊張はしているが、不安や恐れは見えない。……ミドはさっぱり顔が見えないけれど、声は明るいから大丈夫だろう。
「よし。じゃあ行こう。クロエ、外を確認してくれる? イリア、魔術の詠唱を始めて」
クロエが窓からそっとを顔を覗かせる。
「大通りをまっすぐこっちに歩いて来る。数は変わりなし」
「よし。ミド、飛び出す準備。まっすぐウォーリアに向かって」
「お任せください」
ミドが納屋の扉の前に待機する。
僕も剣を抜いて、その脇に構える。反対側にクロエが控えて、剣の握りを確認している。緊張の糸がゆっくりと張られていく中に、イリアの詠唱する声だけが響いている。
「––––……トモス様、準備できました」
「僕とクロエで開ける。先陣はイリアに任せる。ミドは火槍を見てからまっすぐ進んで。3、2、1––––開けろ!」
僕とクロエが、両開きの扉を思い切り押し開けた。眩いほどの青空に透過された光と、埃も土の匂いも混ざっていない澄んだ空気が一気になだれ込んだ。
「––––”撃ち貫け、火槍”ッ!」
イリアの力ある言葉が放たれ、二メートルほどの槍を象った炎が飛び出した。それはまっすぐにウォーリアたちに突き進み––––同時に。
「トモスさまっ!」




