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ミドとふたりで何とかなっていた初級迷宮だ。四人で集まればもはや作業に近い。
「撃ちます!」
とイリアが力ある言葉を唱えて杖を掲げれば、杖先から水の矢が飛び出して遠くのゴブリンを貫く。
「あたしがやるわ」
とクロエが剣を抜けば、ゴブリンが手斧を振りかぶっている隙に素早く駆け込んで切り伏せる。
「あ、危ないですトモスさまっ!」
とミドが大楯で僕を庇うと、視界がミドと盾で埋まって何も見えず、ゴブリンの攻撃らしい「かんっ」という弱々しい金属音が響く。
そのあと、たぶんクロエが切り倒した音。
「……うーん。やることがない」
僕は一回も剣を抜かないまま、ぼうっと立っているだけだった。
「トモスはヒーラーなんだから、無理して前線で怪我されたら困るでしょ」
クロエが剣を収めながら言う。
たしかにそうなんだけれども。回復役を後ろに下げて守るのは戦いの鉄則だ。とはいえ、ただでさえ他人事のように感じる視界が、ただ眺めているだけだと輪をかけて退屈だった。
「そろそろ休憩しよっか」
村を探索して、見かけるたびにゴブリンを倒している。やることもなく見守っているだけでも時間は過ぎていくもので、そろそろ昼になりそうな気がする。
こうして四人で戦ってみても、特に問題はない。そもそもゴブリン相手に連携とか、補い合いとかいう必要もない。レベル帯が合ってないのだ。ただの作業ゲーになってるよね、これ。
まあ、とにかくこれから支配者に挑んでも大丈夫なんじゃないだろうか。それこそ大量のゴブリンに囲まれない限り、クロエとイリアのふたりでも、十分に支配者を倒せそうな気がする。
いっそこのまま支配者に挑むか、どこか安全な場所を探して腰を下ろすかと考えているとき、イリアが急に「あっ」と声を上げた。
「どうしたの、そんな焦った声をあげ……て……?」
「ああああすみません、ごめんなさい、すぐに何とかしますからっ!」
穏やかな顔立ちに焦りを浮かべて、イリアが慌てて背後に浮かんでいるものを手で隠そうとしている。
「いや、全然隠れてないけど……それがイリアのスキル?」
「……はい」
イリアがしょんぼりと肩身を小さくした。
「なんでしょう、これ。初めて見ますけど、何だか可愛いですね! つんつん」
「あ、ミドさん! だめです! つんつんしないでっ!」
「こらっ、勝手に触ったら危ないってば!」
ミドの無警戒な接触に、イリアとクロエが声を荒らげて制止する。ミドがしょんぼりと「ご、ごめんなさい」と身を引いた。いきなり触りにいく度胸は記憶喪失だからなのか?
僕は「ほほう」と腕を組んだ。爆弾といえば黒い球体から導火線が延びている、というのが定番のイメージなのだが、それはこの世界でも同じらしい。
イリアの背後に、頭よりも大きな黒い鉄球が浮かんでいる。頂点には出っ張りがあって、そこから導火線がふわりと伸び、先端で火が燃えていた。どこからどう見ても爆弾だった。しかもこのサイズとなると、どれくらいの威力になるのか分からない。
ちょっとよく見てみよう。
「えっ、あ!? トモス様!? だ、だめですってば! 危ないですからっ」
「大丈夫でしょ。導火線ついてるし」
「そ、そういう問題ではなくてっ、爆発したらどうするんですか!?」
「これ、勝手に爆発するの?」
黒々とした爆弾を至近距離で眺めながら聞いてみる。
「し、しません! しませんけどっ、危ないですよっ」
イリアが慌てながら、僕の肩をぐいぐいと押す。クロエも参加しようとして、しかし僕に触っていいものかと悩んで困っている。
「まあまあ、落ち着きなよ。これ、イリアのスキルなんでしょ? じゃあイリアの意思で制御できるよね」
「できる、とは思いますけど、わたしにはできないんです! 導火線に火がついたのは消せないし、この爆弾も自分では消せなくて、むかしは何度も勝手に爆発させてしまって、だから、あの、危ないからわたしから離れてください! お願いしますからっ! トモス様に怪我をさせたくないんです!」
そんな大袈裟な、とこっちは冗談めかしているのだけれど、イリアの表情は驚くほど必死で、このままでは泣き出してしまいそうだった。
「分かったよ、じゃあ僕が消しとく」
解体用のナイフを抜いて、スキルを発動する。刃が青く光る。
本体ごと切っても問題はないと思うのだが、念の為、狙うのは導火線にした。この爆弾がイリアのスキルによるものだとしても、ここに実在するのであれば切れないことはないだろう。
宙に浮かんでいる導火線に意識を向けて、ナイフを振った。




