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人間の強みはなんでも慣れてしまうことだ。ミドとの同室での宿泊も、二回目ともなれば互いに都合がわかって、日常の繰り返しの一部に馴染んでいく。
ギルドからの帰りに買った洗髪剤を使って、ミドの髪の毛を洗い(長くて大変だった)、自分の髪の毛を洗い(短くて楽だった)、娯楽もない夜をさっさと寝て過ごせば朝になる。
僕は新調した皮鎧を。ミドは古びた大楯を背負って。ギルドの集会所で待っていると、約束の時間よりもやや早く、あの二人が姿を見せた。
「ごめんなさい、待たせた?」
小走りにやってきて顔を合わせるなりクロエが言う。
「いや、待ってない。こっちこそ配慮が足りなかった。怪我してたのに昨日の今日で探索は気が早かったかも」
クロエの後ろに、肩の上で揺れる薄桃色の髪の毛の少女が立っている。目が合うと、少女はピンと背筋を正し、深々とお辞儀をした。
「ご挨拶もお礼も遅れてしまい申し訳ありません。改めて、イリアと申します。この度は––––」
「待った。いいから、お礼はもう、充分」
僕が両手を振って言葉を遮ると、目尻の下がった柔らかな瞳に、困ったような色が見える。
「べつに感謝して欲しくてやったわけじゃないし。お互いに無事だったならそれでいいよ。これからはパーティーとしてやってくんだから、あんまり畏まらないでいこう」
「……はい。そう仰られるなら」
年若く見えるけれど落ち着いた物腰で、イリアはもう一度頭を下げた。
「それで、怪我の調子は?」
「はい、もう大丈夫です。お医者さまも、傷がないならやることはないと仰られて。昨日ぐっすりと休んだので、ご心配なく」
「それならよかった」
と頷きつつも、まあ無理はしないほうがいいだろうなと思う。イリアの少女然とした見た目や、手に持った細い杖を見る限り、体力自慢の頑丈さやタフさとは無縁そうだ。あれだけ出血したものがすぐに元通りというわけもいかないだろう。
「一応、お互いに確認しておくべきだと思うんだけど」と僕が切り出して、まずミドを指差した。「この子がミド。外見は獣人族の鎧だけど、中身は女の子。で、武器の扱いには慣れてないから、荷物持ち兼盾役になる」
「よろしくお願いいたします!」
ミドが頭を下げると、クロエとイリアも礼を返した。同い年くらいだし、仲良くなってくれると助かるんだけどな。
「で、僕はトモス。剣は使うけど、ほとんど我流かな。イリアの治療でもう分かってると思うけど、スキルで怪我を治せる。けど治癒魔術みたいに色々できるわけじゃないから、あんまり期待しないでほしい」
クロエとイリアが頷き、「じゃあ次はあたし」とクロエが小さく手を上げた。
「名前はクロエ。剣士として前衛で役に立てると思う。一撃の重さよりは早さと手数で戦う感じ」
言葉通り、クロエの装備は軽装だった。僕の革鎧よりも薄く、胸部を守るだけで、肩当てもない。できるだけ動きを阻害しないようにしているのだろう。
「それから、スキルは”操影”。こんな風に自分の影を操ることができるの」
言うなり、クロエの足元に落ちていた薄い影がうねり、影のクロエが手を振る。
「おお、魔法みたいじゃん……って、いきなり初対面でそんなこと教えていいのか?」
「だってトモスのスキルを知ってるもの。こっちだけ秘密じゃ不公平でしょ。それにどうせ戦いの中で使うこともあるから、教えておいたほうが話が早いわ」
えらくさっぱりした物言いだけど、まあ、冒険者ってそういうものか。貴族なんかはスキルの情報をできるだけ秘匿するからな。兄二人のスキルが何なのか、僕はいまだに知らなかったりするし。
「わたしは水と火の魔術を扱います。実戦ではまだ不慣れなことも多くて、どこまでお役に立てるかは分からないのですけど……それから、スキルなんですが」
イリアは視線を下げ、ひどく言いづらそうにしている。
「言い難いなら無理して聞かないけど?」
「……いえ、ご迷惑をおかけしてしまうと思うので、お話しします。あの、もしお嫌でしたら、パーティーのお話はお断りしてくださって構いません」
「聞くのが楽しみになってきたよ」
スキルには便利なものだけではなく、デバフや呪いのような類もあると聞く。そういうスキル持ちがいるからこそ、貴族や立場ある人間の醜聞に繋がりかねないとして秘匿主義が定まったという面もあるし。
さてどんなスキルなのか、とちょっと身構える。イリアは杖を抱くように両手で力を込め、
「わたしのスキルは”時限爆弾”なんですっ……!」




