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クラルスは冊子に挟まれていた紙束を捲ると、指差しながら読み上げていく。
「新米剣士二刀流さん、『我が二刀流の剣技の前に、ウォーリアはなすすべもなく死す』。
すこてぃっしゅ猫さん『当たらなければ問題ないにゃ』。
仮初の勇者さん「ゴブリンだからと甘くみると危険。他のゴブリンと違って戦い方を身につけているし、知性もある。焦らず、ゆっくりと戦う方がいいが、時間がかかりすぎると村からゴブリンが集まってくる。盾役と後衛がいると安心。健闘を祈る』
とのことです」
「ひとりだけめちゃめちゃ良いレビュアーがいる……」
どうやら強いことは強いが、そこまで恐れるほどでもないようだ。ただ、仮初の勇者が言うなら、ゴブリンだからと甘くみるのはやめておこう。
「そういえば、教会って急に別の迷宮の魔物が出るんですよね?」
それはドロップ鑑定人の老婆が教えてくれたことだった。その情報は全然知らなかったせいで、僕はうっかり死にかけている。
クラルスは我が事のように申し訳なさそうに眉を下げて頷いた。
「ええ……本当に不定期で、珍しいことではあるのですけど、なぜかあの教会で別迷宮に存在する魔物が確認されることがあります。定期的にギルドでも調査員を派遣しているんですが、原因も不明ですし、対処法も分からなくて……」
「グレイグってやつと戦ったんですけど、あれは強いんです? 灰色のでかいゴブリンみたいで、右手が鎌の」
「よく生き残れましたね」
驚くでもなく、クラルスはしみじみと言った。老婆と同じ反応だ。
クラルスが目の前の紙束を横に積み上げ、僕を細めでじいっと観察する。
「グレイグの動きは鈍重なんですが、とにかく右手の鎌が鋭くて。冒険者にとってはかなり危険な魔物なんです。ランクは3ですが、新米の冒険者が相手にするにはかなり危ないです」
「……本当に死ぬとこだったのかよ」
「本当に死ぬところでした。むしろ生き残っていることが驚きです。トモスさん、でしたよね? どんなスキルで」
と言いかけて、クラルスが口を押さえた。
「すみません、好奇心で。冒険者の方にスキルを訊ねるのはいけませんでした」
深々と頭を下げられる。
「グレイグと戦える実力をお持ちなのでしたら、ウォーリア・ゴブリンも問題なく討伐できると思いますよ」
「……ども。参考になりました」
礼を言って頭を下げ、僕は立ち上がった。横でずっと「ふんふん」と頷いていたミドも慌てて席を立つ。
どんなところかと不安にはなったけれど、意外と参考になる情報をもらえた。全く未知の相手といきなり戦うよりも、少しでも姿形や事前情報を知っている方が気が楽だ。
「またお困りのことがありましたら、ぜひお越しください! わたしが力になれることでしたら、いくらでも!」
「じゃあ、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい?」
僕はあの黒い魔物について説明してみる。ミドの身体をさらっていった、あまりに歪で異形な魔物。クラルスは真剣に聞いてくれたが、答えはただ首を左右に振ることだった。
「申し訳ありませんが、わたしには憶えがありません……あり得るとすれば、まだ攻略が進んでいない高難度の迷宮の魔物、でしょうか」
僕は礼を言って部屋を出る。
高難度、ねえ。さて、いつになったらそこまでいけるやら。




