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鎧暮らしの首だけ姫〜おひとり様おひとつ限り〜  作者: 風見鶏
第二章「初級迷宮アレスト廃村でゴブリンを爆殺しよう」

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 冒険者だから戦うのが仕事、というのは安直な考えだ。どんな仕事にも事前準備というものがあって、おおよそはその準備段階で本番の成否が決まる。練習をしないで試合に臨んで勝てるわけもないし、登山計画を立てないで見知らぬ山に登るのは命知らずだ。


「というわけで、今日は準備日にするよ」

「はい! 冒険にも準備が大事なんですね」


 生首のままのミドの髪の毛をベッドに広げて、それを三つ編みにしながら説明する。ミドの髪の毛はめちゃめちゃに長く、普通の生活にも大変だし、戦いの中で鎧に引っ掛けたり汚れたりすると大変だ。


 不器用ながらにひとつにまとめてから、髪の毛を鎧の中に収めるようにしながら、ミドの首を鎧に”繋合”する。

 鎧の両手が軋みながら動き、拳を握ったり閉じたりを繰り返した。そしてぺこりと僕に頭を下げる。


「お手数をおかけしました。髪の毛もすごく動きやすいです!」

「それならよかった。じゃ、まずは防具屋に行こうか」


 首を傾げるミドに兜を被せ、甲冑をコンと叩く。


「この物々しい金属音をなんとかするための油がいる。それに雑貨を買って、ギルドで情報収集かな」

「はい!」


 と頷く獣耳の兜。見た目は金属製の獣人になったミドを連れて、宿を出た。


 ギルドを中心とした冒険者街は、朝も夜もなく人の往来がある。それは冒険者の迷宮探索が不規則だからゆえの独自の生活様態だ。宿を出て通りを歩けば、今から迷宮に向かう小綺麗な冒険者と、探索帰りの疲れと汚れを纏わり付かせた冒険者がすれ違う。


 そういう冒険者たちが贔屓にする店も朝に開いたり開いていなかったりするけれど、僕らが向かうのはもう決まっていた。昨日歩いた道を辿って、店の様子を伺うと、昨日とほとんど変わらない雑多な様子のまま、店は扉を開けている。


「あれ、昨日の? やっぱ具合が悪かったか? 古い鎧だしな」


 カウンターでぼうっとしていたおじさんが僕らを見つけて声をかけた。


「いやいや、これで全然、もう満足です。今日は鎧の手入れの道具と、あとは盾か何かあれば助かると思って」

「ああ、そういや油もさしてなかったっけ。悪い。油はおまけにしとくよ。盾はそうだな、そこらへんに掛かってる」


 指さされた正面の壁に、数種類の盾が掛けられている。丸型やら、細長いやつやら、やたらと小さいのやら。それぞれに使い方も違うのだろうが、そういうのを気にするのは熟練者の役目で。


「念の為に聞くけど、ミドって盾を使ったことないよね」


 ぶんぶん、と鼻の尖った兜が頷く。まあ、そりゃそうだろう。どう見たってどっかのお姫様かご令嬢って感じだし。

 となれば、ミドに持たせる盾に求めるのは巧みな攻撃捌きができる軽量なものでなく、シンプルに身を守れるものだ。不思議なことに甲冑姿のミドは力持ちになるから、盾は大きくて頑丈なやつでいい。


「ああ、これでいいかも。持ってみて」


 地面に横倒しになっていた大楯を指差す。ミドがよいしょ、と軽々と持ち上げたのは、身体を覆い隠せるような長方形の盾だった。ほとんど真っ黒で、申し訳程度の地味な装飾が描かれ、縁はくすんだ金色。実用性重視って感じが逆に信頼性がありそうだ。


「どう? 重い?」

「いえ、軽いです!」


 ぶんぶん、とミドが首を左右に振って、盾を持ち上げたり下ろしたりする。ちょっと試しに、と借りてみたら、めちゃめちゃ重かった。どうなってるんだろう、その身体。


「……まあいいや。これもらえます? いくらですかね」


 目を丸くしていたおじさんに言う。


「いやあ……売れ残りの在庫だったからさ、持って行ってくれるなら助かる。重くて運び出せなかったんだよ。やっぱり獣人は違うねえ」


 中身は儚げな少女なんですけどね、とは答えず、今回もまた、かなり安い値段で大楯を譲ってもらえた。資金には余裕がないから、本当に助かる。


 おじさんが持ってきてくれた油と古布を使って、ミドの鎧の繋ぎ部分に油をさし、埃やらの汚れを拭い、ベルトを使って大楯を背負うと、傍目には結構、立派な騎士姿が出来上がった。これで武器もあれば頼もしさも一人前なのだけれど、そこまで無理は言うまい。


 しかし立派な騎士の横を歩くのが、冬服で着膨れした姿じゃ見劣りが激しい。ついでに僕も防具を新調することにした。懐は寂しくなるが、明日からは四人パーティーだ。少しは収入に期待してもいいだろう。


 雑多な店内を掘り返すと、胴体を守れる皮鎧を見つけた。肩当てもついているし、厚めの服の上からこれを着れば十分だろう。よほどの大怪我じゃない限りは”繋合”でくっつけられるし。


 ミドのマニアックな鎧や、売れ残りの埃を被った大楯とは違って、実に一般的な皮鎧は普通に高かった。ひとつひとつ職人の手作業で作られるし、命を守るためのものが安いわけもない。値段に文句はつけられなくとも、懐が寂しくなるのは事実だ。


 灰色ゴブリンの報奨金に、家から持ってきた支度金も合わせて、これで財布はほとんど空っぽになった。明日からは毎日を生きるために、迷宮で食い扶持を稼ぐために働くことになる。


 店を出て、冒険者たちに混じりながら歩きつつ、つい腕を動かしたり、肩に掛かる重みが気になって手を当ててしまう。見るからに初心者丸出しだけれど、着慣れない重みが馴染まない。


「ふふっ、凛々しいですね、トモスさま! 冒険者さまですねっ」

「……ミドのほうがよっぽど凛々しいけどね。歴戦って感じ」


 何が楽しいのか、ミドの声音は弾んでいる。しかしその姿は大楯を背負った甲冑騎士で、古びた鎧の気配がかえって古兵みたいな物々しさを感じさせた。


「それで、これからギルドに向かうのですよね? 新しい防具を試しますか?」

「それ、僕がやったら命懸けになっちゃうからね。ずっと試す機会がないままが一番なんだよ。ギルドに行くのは情報収集のため」

「情報収集?」

「そ。次の迷宮に行くためには、支配者(ドミナートル)を倒す必要があるらしいから」


 まあ、要するにボス戦への備えというわけだ。

 


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